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ミセス フレッチャーの読書クラブ 後編

Mrs Fletcher's Book Club

ー 今日はお時間ありがとうございます。息子は家でミセス フレッチャーのことを「スーパー ライブレイリアン」と呼んでいます。「本のことを何でも知っていて、どんな質問にも答えてくれるし、いろんな面白い本を勧めてくれるんだよ!」って。読書クラブは毎回楽しそうに通っていました。本当にありがとうございました。

そんなふうに言ってもらえて嬉しいです。私の読書クラブのメンバーは、今年、彼みたいに他の学校に移る子が多くてさみしいです。

ー 読書クラブのメンバーはどのように集められたのですか? 私は、息子が読解問題が苦手だから国語の先生からの推薦だったのかな、と最初は思ったのですが。

ちがいます。彼が読解問題が苦手だなんて、私は今日まで知りませんでしたよ。読書クラブは私が普段生徒たちと接していて、よく休み時間に図書館に来てくれる子や本に強い興味があるのだろうな、と感じた子にだけ声をかけているのです。招待されていないけれど入りたい、という子がいれば、もちろん歓迎します。他の学年の読書クラブも別の曜日に主宰しているので、私が担当できる人数に限界があって、生徒全員に参加を呼びかけることはできないのですが。

ー そうでしたか。それなら、全学年の読書クラブの活動報告メールを書くだけでも大変なのでは。

そうなんです。できるだけ偏らないように、いろんなメンバーの素晴らしいところを保護者に伝えたいし、次の回の連絡事項も書いていたらどうしてもメールが長くなってしまってね。でも、これは私にとってこの上なく楽しい作業です。    

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※ ミセス フレッチャーが常駐しているのは、中・上級生(10歳〜13歳)のための図書館。撮影時はお昼休みで、図書館にいた生徒数は20人ほどだった。

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ー ミセス フレッチャーはどういった経緯でこの学校の図書館司書になられたのですか? 学生時代に図書館司書になるための資格コースなどを履修されていたのでしょうか。

いいえ、実は、私は図書館司書の資格は持っていません。大学ではマーケティングを専攻していて、卒業後は本の出版社のマーケティング部門で働いていました。

ー そうなのですね。マーケティング部門というのは具体的にどういうお仕事内容なのでしょう。

要するに、新しく出す本の宣伝のために、いろんな戦略を練るんです。新聞や雑誌に「ぜひレビューを書いください」とお願いしたり、著者のイベントを企画したり。多くのひとに読みたいと思ってもらえるように、その本の魅力をアピールする仕事です。しばらくその出版社で働いたあと、ジャーナリストの夫がアメリカに転勤になったので私は彼についてアメリカへ引っ越しました。アメリカ時代に私は子ども向けの書籍により興味を持つようになりました。イギリスのアズボーン社の児童書籍をアメリカで販売したり、フリーランスで校正や編集の仕事をし、自分の子どもが通っている学校で本に関するボランティア活動を行いました。ですが、図書館司書の仕事をしたことはありませんでした。

ー では、この学校の図書館司書になられたきっかけは?

イギリスに帰国してしばらく経ったころ、この界隈の他の小学校で図書館司書をしている古い友人が私に知らせてくれたのです。「あそこの学校が図書館司書を募集しているわよ。あなた、やったらいいじゃない」って。「でも私、司書の資格持ってないわよ」って言ったら、「あなたが出版社でしていた仕事は、まさに図書館司書の仕事と同じ。対象が、子どもたちになるだけよ」ってね。確かにその通りだと思いました。

ー それで採用されて、今に至るのですね。生徒に人気の本の著者を学校に招いてワークショップを開催したり、読書クラブのメンバーに本のレビューを書かせるための会員制のウェブサイトを立ち上げたり。ミセス フレッチャーのアイデアの多さ、行動力に私はいつも感銘を受けていたのですが、いま納得がいきました。

最初の頃は、月曜から金曜まで午前中だけのパートタイムで働いていました。7年間そうやって続けていたら、新しい校長先生が当校にやってきました。

ー 今の校長先生ですね。

そうです。ある日、彼が私のところへ来て「君はパートタイムではなく、フルタイムで働くべきだよ」と、言ってくださったんです。以来、10年間私はここでフルタイムで働いています。

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※戦時中の本校の生徒の名札や、実際に使われていたガス攻撃を知らせる警報具を展示。第一次、第二次世界大戦がテーマの小説等も本棚に多く並んでいる。

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※本に登場するキャラクターの絵を描いたり、談笑してくつろぐ生徒も。

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※吹き抜けの2階はビーンバッグやソファに座って本を読むことができる。

ー この学校は他にも図書館司書はいらっしゃるのですか?

いいえ、ずっと私ひとりです。責任重大。でもね、この図書館にやってきた1日目に、私はすでに感じました。「この仕事、なんて楽しいのかしら。私にとっての天職じゃない」と。今でも夫が、「君みたいに熱血な図書館司書、イギリスじゅうを探してもきっといないよ」って言ってくれるんです。そろそろ定年退職の年齢だけれど、「まだ退職したくない!まだやれる」って思っています。

ー 子どもたちのために、ミセス フレッチャーにはずっと図書館司書を続けていただきたいです。

ありがとうございます。

ー あの… うちの息子は英語のほかに日本語を話すのですが、2つの言語間で戸惑っているのが分かるときがあります。複数の言語を同時に学びながら成長することの難しさを親として痛感する日々です。それに、彼は英語の読書は好きなのに不思議と読解問題は苦手で。読書クラブで楽しそうにしている姿を見るのはとても嬉しく、救われる部分がありました。

本が好きなのに、読解問題が苦手という子どもはたくさんいます。私はしょっちゅう保護者から相談を受けます。私は日本語がどんな言語なのか知りませんし、きっと原因もひとつだけではないでしょうが、あくまで私個人の経験から言うと、そういうタイプの子は、普段からスキムリーディングをしている可能性があります。つまり、わからない単語が出てきたらそれをどんどん飛ばして読むわけです。逆に、ひとつひとつの単語に立ち止まっていると疲れて読む気が失せてしまうから、その中間くらいがほんとうは理想的です。私は普段、読書クラブで生徒たちにその中間の読み方を勧めています。アドバイスするとしたら  1)読むスピードをいつもよりスローダウンしてみる。 2)全部の単語を理解しようとせず、知らない表現が出てきたらその言葉の意味を文脈から想像して「響き」や「使われ方」を楽しむ。 といった2点ですね。でも、ワイドリーディング(広く浅く読むこと)も悪いことではありません。それも最終的には文章の理解力へとつながっていきます。私は教師ではありませんし、教師の立場からはまた違った見解があると思いますが。

ー ミセス フレッチャーご自身は、子ども時代、どんなふうに本を読んで育ったのですか。

これは、私がよく生徒に言うことですが、私の子ども時代は今と全く状況が違っていました。雨が降ったら家でボードゲームをするか、本を読むか。選択肢がそんなにないから、本を読むにしても集中力を妨げられることはありませんでした。古臭い考え方と言われてしまうかもしれないけれど、パソコンや携帯電話の普及で現代の子どもたちの集中力のレベルというのは、昔より低くなっていると私は思います。私が子どもの時は、非常に分厚い本を休日の2日間で一気に読んでしまう、なんてことはざらにありました。ソファの上に寝っ転がって本をお腹に置いて、まったく身動きもしないでね。そういう読み方はきっと集中して文章を深く読む力を養ってくれたと思います。

ー 携帯電話やインターネットは、もう子どもの日常で当たり前に触れるものになっていますしね。

ええ。それに私がひとつ懸念しているのは、国語のテスト問題の形式そのもの。10分でこれ読んで、5分でこの問題解いて、って繰り返しやらせるでしょう。授業でも受験対策で抜粋された短い文章をたくさん読ませて、それを分析させて。それは本当の意味での「読解」ではないと思うのです。保護者から相談を受けると私はいつもこう言います。「国語のテストは、理解力をはかろうとする『道具』にすぎません。本をたくさん読んで楽しむことで、理解力はちゃんと育っていきます」と。

ー 私の夫は、息子が読解問題で正解を得られないのは「模範解答とは違った息子独自の文章の受け取り方があるからではないか」と、ある時言っていました。一方で、ロンドンの他の小学校で働いている私の友人は、「11歳という年齢は子どもの感受性の成熟度にまだ大きな個人差があるから、物語の登場人物の気持ちを想像してみてと言われても、大人の求める視点で分析できないこともある」という意見をくれました。私は、それもそうだなと思いました。

それらの意見は非常に的を得ていると思います。私はAレベル(大学進学を希望する生徒が在学中に受けるイギリスの共通試験。科目は選択式)で国語をあえて選択しませんでした。本が大好きだったから、自分の国語の回答を採点され、優劣をつけられたくなかったんです。だから、よくわかります。きっと息子さんには、彼なりの考えがあるのでしょう。

ー 大勢の子どもを見ていらっしゃるミセス フレッチャーからそう言われて安心しました。一番大事なのは、本が好きという彼の気持ちを大切にしてあげることなのではないかと最近は思っています。似たような悩みを持っている保護者が日本にもいらっしゃるかもしれません。ミセス フレッチャーのご意見は参考になると思います。ありがとうございました。

Text by Ayako Iseki      Photography by Akemi Otsuka

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