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ミセス フレッチャーの読書クラブ 前編

Mrs Fletcher's Book Club           

息子が小学5年生に進級する数日前に1通のメールが届きました。それは息子への「読書クラブ」のお誘いでした。差出人は小学校の図書館司書、ミセス フレッチャー。なんでもクラブのメンバーは2週間に1回、授業が始まる前の早朝あるいは放課後に図書館に集まり、毎回違うテーマで1時間かけて本にまつわるディスカッションをするとのこと。さらに文末に「当メールは一部の生徒にのみ送信しています」とあり、息子の学年の招待された生徒名一覧が書き添えられていました。

息子は当時ロンドンにあるプレップスクール(私立の男子校)に通っていました。以前親子で車に乗って放課後に学校近くを通ったとき、「あっ、お母さん、あのひとがミセス フレッチャーだよ、図書館司書の」と息子に教えられた、白髪をなびかせて颯爽と自転車をこいで帰る女性を思い出しながら私はうーんと首をかしげました。

「どうして読書クラブへのお誘いが来たのかな。招待された子とされなかった子の違いは何なんだろうね」と息子に聞くと、「僕が本が好きだからじゃない? ミセス フレッチャーとはよく本の話をしているから」と意外な答えが返ってきました。

息子は公共図書館へ連れて行っても本より映画のDVDを借りたがるタイプで、学校から課題図書で与えられている本は読み終えるのに毎回時間がかかっているようでした。夏休み前の期末テストで国語(つまり英語)の読解問題であまりよい点がとれなかったのを担当教科の先生から指摘されたばかりで、もしかして学校側からの配慮なのだろうか、と私は思ったのです。

私と夫は日本で育った日本人で家では日本語のみで会話しています。息子は赤ん坊の頃からイギリスで暮らしていますが、小さい頃から日本の絵本にたくさん触れてきたのもあり日本語は流暢です。ただ、そのぶん英語の語彙や読書スピードはすこし気なるところがありました。いずれにしても本にもっと触れられる機会があるのはありがたいこと。息子本人は「読書クラブ、僕は入るよ」と言うので、私はミセス フレッチャーに参加申し込みの返信を送りました。

9月に入り新学年になりました。息子は読書クラブの朝の部に参加することになり、部活動がある日は7時15分に登校しました。生徒たちが読書クラブを楽しみにする理由のひとつは、毎回参加者の保護者がもちまわりで用意する「ブレックファースト」でした。(放課後の部は、「ティー」と称してスナックと飲み物がつきました。)図書館にあつまってテーブルの真ん中に食べものや飲みものを置き、読書クラブのメンバーはそれらをつまみながら好きな本などについて語り合うのです。学校側はオレンジジュースとクロワッサンを提供してくれましたが、男子小学生の朝ごはんはそれだけでは足りず、保護者が準備したサンドイッチ、ドーナツ、フルーツなどが追加されました。

部活動が始まって私と夫が驚いたのは、ミセス フレッチャーから送られてくるその日の活動報告メールです。まず、朝ごはん担当者がどのメンバーの保護者だったか、どんなメニューだったか、それに対してのお礼のコメントに始まり、どの本についてディスカッションを行ったか、ユニークな意見を述べた子どもがいたら名前とコメントを載せて褒め、次回は何のテーマにするか、それまでに読んでおいてほしい本は何か、時には学校外の読書感想文のコンペや、本の著者本人に読書クラブに参加してもらうスペシャルイベントなどの案内がずらずらと長い帯のように書かれていました。ミセス フレッチャーの英文はとても明瞭でウィットに富んでおり、長くてもさっと読めてしまうくらい楽しいものでした。充実した読書クラブの様子が目に浮かぶ、細部まで気配りの行きとどいたエネルギッシュな活動報告メール。何よりミセス フレッチャーの本と子どもへの愛情がひしひしと伝わってきました。

結局、息子は次の学校へ移るまでずっと読書クラブのメンバーでした。その間メンバーの皆で読んだ本は数しれず。相変わらず国語の読解問題は苦手なようでしたが家庭で本の話をする機会が増え、彼の本に対する好奇心、本を好きだと思う気持ちは明らかに高まったのが感じられました。私は息子が学校を去る前にどうしてもミセス フレッチャーにお礼を伝えたく、また、ご本人にインタビューをしたくてアポイントメントをとりました。

後編はミセス フレッチャー登場です。

(つづく)

Text by Ayako Iseki      Photography by Akemi Otsuka  


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