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【これでお終い】とある元メイド喫茶常連の忘備録<その33>

※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。時は過ぎ二〇一一年。あれから店には行っていない。しのぶは新人研修を終え実家の大阪へと帰っていった。

ちなみに城田氏は店に嫌気がさし、元々塞ぎこみがちだったのもあり実家に帰ってしまったらしい。その後のことは誰も知らない。

東北地方太平洋沖地震が起きた。自分は仕事明けだった。原発は散々なことになりこの世の地獄を見た気がした。ほどなくして戸松氏に秋葉の喫茶店に呼び出された。飲み物を受け取り、先に客席にいた戸松氏と合流した。

「久しぶり。地震の時どうしてた?」

「家にいましたね」

「ケガとかはなかったみたいだな。生きた心地はした?」

「しなかったですね」

「そうだろ? 俺は今回の地震で人生観が変わったよ。人間明日にでも人生が終わるかもしれない」

「それは自分も痛感しました」

「閑話休題だが、尾崎と話すれば? 遺恨を残したままはよくないよ尾崎と会って言いたいこと言って全部終わらせた方がいい」
何を言い出すんだこの人は……

「彼と建設的な会話が出来るとは思えませんね」

「や、建設的かどうかだなんて関係ないんだよ。言いたいこと言うだけなんだからどうなったのか聞かせて貰うからさ。じゃ、今日はこの辺で」

「はぁ」
相変わらず強引な男だった。

さてどうするか。尾崎の連絡先は全て消してしまった。仕方がないので尾崎のブログのメッセージ機能で連絡を取ってみることにした。

「久しぶり。色々俺に言う事があると思う。会って話してもらう。忙しいなら何年でも待つ」

今思うと大概な文章だった。すぐに尾崎から返事が来た。

「ずっとこうしなければいけないと思っていました」
じゃあすぐお前から連絡してこいよ……しかしなかなか返事は返ってこなかった。

「で、どうするの? いつ暇?」
痺れを切らしメッセージを送った。

「一五時からだったらいつでもいいですが」
うん、それはわかった。どこで会うんだよ? お前が原因で話し合うことになったんだからお前が全部決めろよ……。なんで率先して自分で決めようとしないんだ?

「そう。じゃあ今日の一五時に君の最寄り駅の近くのコーヒーチェーン店でいいかな。悪いけど心の準備はさせない。言葉もあらかじめ用意させない。君の本音を聞きたいから」

「わかりました」

なんで自分が段取りしなければいけないんだという理不尽さを感じつつ急いで尾崎の最寄り駅へ向かった。

尾崎の最寄り駅のコーヒーチェーン店へ着いた。かなり人は多い。コーヒーを注文し受け取って席を確保した。ちょうど一五時になったが尾崎は来ない。これに関しては諦めていた。彼は時間を守る事のが少ない。

「お久しぶりです」
一五分程立った後尾崎が着た。

「よく逃げずに来てくれた。早速本題だが、俺にしてきたこと、店にしたこと、メイドにしたこと。どう思っている?」

「どうもこうも……当時自分の何が悪かったかいまいちよくわからないんですよね」

おいおい

どういうことだ?

彼はぴんくメイド関係の騒動で送ってきた某SNSのメッセージにこう書いてあった。

「ようやく原点に戻って自分達の最初の間違いに気付く事ができました」

お前自分の間違いに気づけたんじゃじゃなかったのか?

思った通りだった。フカシもいい所だ。

その後は当時江川が自分を孤立させようと暗躍していたこと証拠を突きつけ、君がこうさせたんだ。どう思う? と聞いたが特に驚く様子もなく「江川はあのように突っ走ってしまう男なんです。いい所もあるんですが」などとほざき倒した。何故驚かない? 江川から全てを聞かされていたんだろう。

この後は何を聞いてもぼかしぼかしの返事しか返ってこず。謝罪の言葉はなかった。というか終始寝起きのような、頭が一切回転してないような態度だった。まともに相手してられないよみたいな感じだった。

「そろそろお開きでいいですか?」
尾崎氏がけだるそうに言った。暖簾に腕押しというやつだ。

「はぁ……いいよ。これ以上は意味ねえよ」

「じゃあ諸々の一件はこれで終わりという事で」

「そんでいいよ。というかもう先なんかないでしょ」

自分の方から席を立った。ただただ無駄な時間を過ごした。

「最後にいい? お前、やっぱ謝る気ないな」

「いやだからそれは……」

「なぜこんな人が多い時間帯のコーヒーショップを場所に選んだかわかるか? プライドの高いお前ならこれだけ人のいる場所で頭を下げることは耐えられないだろ? 謝る気があったら場所を変えてくれというんじゃないか? はなからそのつもりだったってことだろ。というか、開口一番が謝罪じゃなかった時点でありえないから。ウソップだったら船下ろされてるからな?」

尾崎は苦虫を嚙みつぶしたような表情だった。

「フカシは君の得意技だろうが、そうそう通じないぞ。あ、これコーヒー代ね呼んだのこっちだから払わせてもらうよ。」
千円札をテーブルに叩きつけ、店を後にした。

始める前から結果など分かっていたようなものであった。

後日に戸松氏を秋葉の喫茶店呼び出し、事の顛末を話した。

「見下げ果てた奴だな」

「やっぱ加害者意識なんてなかったんですよ」

「いや……俺とか国領さんグループの連中とかメイドにはちゃんと謝ってんだよアイツ」

「え?」

「浅田君が間に入って仲直りさせようとしてたらしいじゃない? あの時点であらかた謝罪し終わってんだよ。君がわからず屋で話を聞いてくれないとか尾崎が浅田君に言ったかもしれない。君の印象を下げるためにね。しかし浅田君の行動は想定外だったんだろう。だから尾崎は浅田君が間に入ったときは沈黙を貫いたんだろう」

「俺には何年も頭を下げに来なかった癖に……」

「んー。尾崎の中ではまりさの一件の犯人は君だと確信してるからだと思う」

「は?」
何を言ってるんだこの人は……

「まぁ落ち着けって。そう仮定したら、君に直接謝らないのが合点がいくだろ? そもそも犯人だと思っている奴に謝罪など出来るわけないじゃん? メッセージ来たんだって? あれもポーズだよ。俺は謝ったのに、あの人は聞いてもくれないって文脈に持っていけるじゃない。尾崎の印象操作で君が犯人だって思ってるメイドはかなりいるよ。それにみんな乗っかったのさ。もうそれで納まっちゃたんだよ」

「なんでだよ! ありえないでしょ!!」
怒りが爆発した。もう限界だった。周りの客の視線が自分の方に集中した。

「尾崎はあれでメイドから好かれてるんだよ。女ってダメな男好きだしな。実際ぴんくちゃんの一件では本来出入り禁止になるはずだったが、かなりのメイドがオーナーに懇願してお咎めなしになったらしい。オーナーも優しいよな。」

「あんな営業妨害に等しいことしてお咎めなしなんですか……」

「もっと言えば桶川さんは最古参の早田さんグループの人だし。その桶川さんの傘下の尾崎も厚遇されるよ。というかまりさちゃんの一件で桶川さんは尾崎と絶縁するつもりだったらしいんだ。君も巻き込んだし。当然だよな。元メイドとはいえ客と関係があるなんて隠すべきなんだ。君達はそう教えられていただろ? けど店が異例のお咎めなしで終わらせちゃったから、桶川さんは手のひらを返したんだと思う。店が尾崎の肩を持つなら味方するさ」

ありえないだろ……

「そんなこと言ったら俺だって桶川さんの傘下の人間ですよ。本当に仲の良い人にしか教えない職場のお店にだって行ったんですし」

「んー君は店から見たらどっちかというと国領さんの傘下なんだよ。国領さんちょっと説教臭いし、君もちょっと愚痴っぽいじゃん。まぁ避けられ気味ではあったよ。メイドだって人間さ。好き嫌いはある」

「客に貴賤ありですか。もう何も信じられません」

「あるだろ…黙ってても客が来る店さ。殿様商売ってやつ。ま、俺もおかしいことだとは思う。ただこれだけは覚えておいてほしい。店があのように納めることにしたら、俺たちがどうあがいても覆りはしない。個人が組織には勝てないんだ。じゃあ俺は失礼するよ。これコーヒー代と交通費ね」

そういって戸松氏は千円札をテーブルの上に置き店を後にした。

相変わらずの正論ばかりの冷たい男だった。

あの店では自分は仲間を裏切った奴で通っている。無実だが有罪になった人間だ。そんな状態で周りが庇い被害者として納めた尾崎が肩で風を切っている店になど行けるわけがない。こうしてメイドカフェ常連としての自分は終わった。

「ここで終わりか……高い授業料だった」
としか思わなかった。しかし悲しくなかったのだ。「楽しい」がないと「悲しい」はやってこない。いつの間にかメイド喫茶通いは楽しい物では無くなってしまっていた。だがその事実が悲しかった。

<おわり>

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