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とある元メイド喫茶常連の忘備録<その28>

国領氏一行と別れてから再び店の前の行列に並びなおした。二巡目には入れなかったので三巡目の入れ替えの回で再度入店した。

飲み物が客に大体生き渡ったぐらいだろうか、おもむろにたなかメイドがホールにおいてあるホワイトボードの板面を回転させた。

そこには意味深な文字が書かれていた

「芸能十……? スポーツ二十……?」

クイズグランp……そのまんまだぞ! ちょっとは捻ろうと感じた。

どうやらこの回はクイズをやるらしい。

「皆様、本日はご来店いただき誠にありがとうございます。お食事、ご歓談楽しまれていますでしょうか。この回はクイズ大会を開催致します! 司会はわたくしが務めさせて頂きます。たなか、一七歳です」

「おいおい!」
ちょっと待ってくれ……突っ込んだの自分だけか? みんな井上喜久子お姉さんを知らないのか?

「ダダ滑りは回避できて一安心です!」
十分滑ってると思うが……

そんな事を考えていると店の入り口から大きなカメラを肩に担いでいる大柄な男、大きなマイクを持った細面の人と高そうなスーツでしっかり決めた三人が入ってきた。

「この回のクイズコーナーはなんと! テレビ番組の取材が入ります!! ここまで大きくなりましたメイド喫茶業界! 弊社!! ありがとうございます!! ひとえに皆々様のおかげでございます!」
自然と拍手が起こった。

「というわけで、大人の都合でクイズにはテレビにお顔が出ても良いよというお客様でお願いいたします。ガッツリ! お顔が!! 丸出し!! 衛星放送の番組!! でございます」
衛星放送ーとはいえテレビ番組の取材が入るとは……本格的に世間から見られていくんだなと感じた

「それでは回答者のメイドさんに登場して頂きます! まずはこの方!!」せりメイドがキッチンから登場した。

せりメイドはカードゲーム好きであった。オタクではない客に対しては主に遊戯王好きを前面に出すが、純粋にゲームとして好きなのはマジックザギャザリングらしい。学生時代にマジックザギャザリング同好会の強引な勧誘が入口だったと語っているが、どう考えても彼氏の影響であることは明白だった。

「マナコストの申し子、せりです! よろしくお願いします!!」

以前は遊戯王のMADムービーで有名な「ずっと俺のターン!」が口上だったが「それどこでも言ってないよね?」と返されることが度々あり、何とも言えない空気になるので今の口上に落ち着いたらしい。

「のっけから一部の人にしか通じないネタですけど、今日はお客様感謝デーみたいなイベントなんで良しとしましょう!」

それではせりちゃんと一緒にクイズに参加したいお客様は挙手願います!」

一人の青年が一番早く手を挙げた。埼玉アレキ氏である。氏は人気サッカーチーム「埼玉アレキサンドライツ」の熱心なサポーターであることから「埼玉アレキ」と呼ばれていた。同時に複数のカードゲームの名手でもある。せりメイドと話が合うのか、普段からよく店では談笑している。この場だと一番角が立たない人であろう。

「アレキさん早かったですね! 他の方もいないようですし決定で! では前のほうにお越し頂きましょう!」
少々照れくさそうに埼玉アレキ氏が前に出てきた。

「意気込みなどあればお願いします!」
「今日はもう一人のボクの気持ちで望みたいと思います!」
「AIBO~!」
二人は相変わらずニコニコ動画にアップロードされているMAD動画を見ていないとわからないネタばかりを擦っていた。これはカットだな……

「もう一人の回答者はこの方です! どうぞ!!」

「ぎんれいです。学はありませんが頑張ります!」
キッチンからぎんれいが出てきた。その場の空気が変わった。ぎんれいはほぼ平日の昼しかいないのである。土日祝しか店に来られない常連にとってはこれほど嬉しいことはない。

「さて、ぎんちゃんとクイズを一緒に頑張ってくれる国際警察機構の方は是非挙手を!」
何故この店のメイドはジャイアントロボのネタばかり擦るんだ? 静止してるのか……?

しかし誰も手を挙げない。常連の顔は曇っていあた。クイズには出たいが顔は出したくないという想いが周囲に蔓延していた。

当時は今ほどサブカルに明るい時代では無い。メイドカフェ常連としてテレビに出ると言うことはかなり勇気の必要な行動だった。

テレビの取材が多く入る店だったが、客にインタビューするシーンも撮影する際は、事前に店側が客に依頼をした人にインタビューしていた。ヤラセになってしまうが、そうでもしないと常連へのインタビューが撮れない可能性があったためそうするしかなかった。

たなかメイドが無言で周りを見渡し始めた。

このままじゃ収録が進まないんだよと言わんばかりだ。

一瞬目が合ってしまった。

藤木源之助が鼻血を出しながら火鉢で熱っされた鉄串握っているシーンの岩本虎眼の様な満面の笑みだ。

自分がいくしかないのか……

「じゃ……自分が」
仕方なく手を挙げた。そもそもぎんれいは尾崎氏のお気に入りだ。
「常連仲間のお気に入りとは適度に距離を置くべし」
という暗黙のルールがあった。もちろんお気に入りか被っている同士とは仲間にならないのが鉄則。所謂「同担拒否」というやつだ。全ては妬み妬まれることや争いを発生させない為である。もちろん店側は知るよしもない。尾崎氏にどう思われるかわからない。

「さあ諸星さん! 前へどうぞ!! 意気込みをお願いします!!」

「新潟でコシヒカリを作り続けて二〇年……やっと巡ってきたチャンスを物にしたいと思います!」

「はい! ありがとうございます!! ここはカットですね……」
ボケたんだから少しは拾ってほしいんだが……

クイズはたなかメイドの軽快ないじりと仕切りで面白おかしく進行していった。

結果は自分とぎんれいメイドのコンビが勝利した。

クイズが終わった後、収録スタッフの一人の背広を着た男性が笑みを浮かべてたなかメイドと談笑をしていた。最低限番組として成立するようにはなったという事か。

自分のこの回を最後に仕事へ向かった。

夜勤を終え、家に帰り一息ついて某SNSを眺めていたら、尾崎氏が日記を更新した。

「客を余興に参加させていじり倒すとは理解に苦しむ。クイズに参加させられた客は九〇分二〇〇〇払って恥をかかされたことになる。これが常連への感謝の為の催しでやることなのか」

自分は興味がないと言っていたイベントの筈なのにずいぶんとお怒りである。公式サイトのメイドの日記には最低限の情報しか書いていない。クイズをやったことはせりメイドとぎんれいメイドが書いてはいるが、客とコンビを組んだとは一切書いていない。自分がたなかメイドにいじり倒されたことも誰かに聞くしかないのだ。何故興味がない筈のイベントの内容誰かに事細かく聞いているのか……しかも日記の閲覧設定が全体公開だ。

程なくして桶川氏から携帯メールが届いた。

「尾崎君の日記見た? とりあえずあたる君は抑えてほしい。俺が話を聞いて冷静にさせる。日記も見なかったことにしておいてもらえると嬉しい」

「ぎんれいとコンビを組んでクイズに参加してしまった事は軽率でした」
恐らくこれが尾崎氏が憤っている理由である

「それって誰も立候補しなかったからたなかちゃんに指名されたみたいな流れでしょ。全部状況は知ってるから」

あの場に桶川氏の知り合いはいなかったが……何故知っているのだろうか。とにかく自分は黙っておけばいいということか……変に首を突っ込む必要はない。夜勤明けということもあり、就寝することにした。

起きた頃には尾崎氏の日記は削除されていた。それから数日経過したが結局尾崎氏から話は何も振られなかった。尾崎氏は自分が参加出来なかった店のイベントの詳細をかなり聞いてくる。普段の店の雰囲気が好きだからイベントにはあまり興味がないといいつつ毎回の様に話を引き出してくるが今回はそれすらない。不気味であった。

この時感じた不気味さは、間違いではなかった事が後に判明する。

<つづく>

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