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心の空洞の声

聖書には「人は神のかたちに創造された」と記されています。「神のかたち」とは外見のことではありません。私たちの内面のことです。私たちの内面が“神のかたち”なのです。

 では、内面が“神のかたち”であるとは、どういうことでしょうか?携帯電話には電波を送受信する機能が内蔵されていて、電波さえ飛んでいれば地球上のどこに住んでいる人とも話しができます。

同じように、私たちの内には神とやりとりできる送受信機能が内蔵されているのです。勿論、その機能は機械ではありません。それは私たちの存在の本質である霊です。この霊は、私たちがこの地上で生きている間は、肉体という服をまとっています。やがて地上の生涯が終わるときに、肉体という服を脱ぎ、私たちは霊の存在なります。この霊が神と響き合い、神の思いや言葉を受信する働きをするのです。

 神は時に、私たちに“言い知れぬ不安”や“言い知れぬ空しさ”を与えることで語りかけることがあります。申し分ない環境と立場で生活していながら、心の内にそういう不安や空しさがいつもある。“何か空しい”“何か足りない”という感覚です。もしかしたらそれは神からの知らせであるかも知れません。

 あなたの霊の部分が飢え乾いているのです。身体や心が満たされているけれども、あなたの本質である霊が満たされていないのです。別な表現では「永遠を思い、永遠への渇き」と言えるかも知れません。

いにしえの哲学者パスカルの言葉。

「人の心の中には、神が作った空洞がある。その空洞は創造者である神以外のものよっては埋めることができない。」

そうです。“何か足りない”“何か空しい”という感覚は、心の空洞の声なのです。そしてそれは神にしか埋めることのできない空洞なのです。

 そんな感覚を心のどこかで感じ続けているなら、是非、自分の人生を見直してみてください。あなたを創造し、あなたに命を与えられた神を求めてください。そこからあなたの新しい人生が始まります。

***参照聖句***
主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。創世記2章7節

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