禍話リライト「川原で焼いた何かが思い出せない話」【忌魅恐】

 吉田さんの高校生の妹さんの話なんですけどね、クラスに馴染めなくていじめにあっていたようで、学校に行けなくなってしまって。
 ご家族も気を遣って休学させることにしました。
 しかし人の心というのは難しいもので、周囲が気を遣うと、気を遣われる側に負担になるし、今まで通りに接するのが一番だとは思うのですがなかなか難しい。家族だからと踏み込んだことを言ってしまうこともある。
 お互いに距離の取り方を探りながら生活することになりまして。
 家で勉強はしていたんですが事態打開には進展がない日々の中、妹さん、散歩はちょくちょく行ってました。
 秋になりまして。
 その日も知り合いに会わないように注意しながらマスクなんかして散歩に行きまして、いつもなら近所を歩いて一時間くらいで帰ってくるのに、なかなか帰ってこない。
「今日は遅いね?」
「新しい道でも歩いているのかね」
 一時間半経っても帰ってこない、心配になって携帯電話に掛けてみたら二階で着信音が鳴る、持っていかなかったのかとさらに心配になるのですが
「誰か知り合いに会って話しているのかな?」
「騒ぐと却ってこじれるかもしれない」
「もうちょっと、もうちょっと待とう」
「警察に行こうか」
「警察もちょっと帰ってこないだけだったら動いてくれないよ」
「ちょっと探しにいってみよう」
 心配する中時間は進んで、
「とりあえずこういうことになってる、という記録としてでも警察に言っておこうか」なんて言っているううちに、三時間くらいして帰ってきた。
「ただいま」
 ここで責めるとよくないと自制して、努めて明るく
「どうしたの?友達にでも会ったの?」と訊ねると、両手、火傷してるんですよ。そんなに酷い火傷ではないんですが。
「どうしたの!」
 けど妹さん、特に痛がってるふうでもなく
「いや、別に」
「いや別にじゃないでしょう!何があったの!両手を火傷するなんて、普通じゃないでしょう!」
 妹さん、返事をせずにうがいをして、薬を出して両手に塗っているのだけど、両手以外にも薬を塗り始め、あちこち火傷してることが解る。
「ちょっと!どうしたの!変なことに巻き込まれてるんじゃないの?」
「……今日は言いたくない」
「……じゃあ、明日は話してくれるの?」
「うん、明日話す」
 そう言われて、もう追求もできない。お父さんお母さんも気にしているので
「明日あたしに話すと言っているから、それまで待って」
 見た感じで他に異常はなさそうなので、うむ、と。
 何があったんだろうと想像してみるのですが、転ぶなり殴られるなりされても両手に火傷というのはどうも解らない、家庭用軟膏で大丈夫くらいの火傷なのがまた不思議で、なんとも想像がつかない。

 で次の日。
 お父さんとお母さんは仕事で家にいないので、吉田さんは仕事が休みなので妹さんとじっくり話ができる。
 デリケートな話になっても誰にも邪魔されない、よりそって聞いてあげようと。
 妹さん昼過ぎに起きてきて、また火傷の薬を塗って、ずいぶん広範囲な火傷だなあと見守り、済んでから
「で、どうしたの?」
「あたしさ、あんまり見ず知らずの人と話したりってしないんだけどね、昨日散歩してて、川原を歩いてたの。遊歩道を歩いていたら、いつもはジョギングしてる人とか犬の散歩させてる人がいるものなのに、誰もいなかったの。だから(誰もいないなぁ)と思いながら歩いていたんだけど、その遊歩道からもう少し川に近いところに、もう一本狭い道があるのが見えたの。こんな道あったのかって歩いてみたくなって、そっちを歩き始めたの。
 舗装されてなくて砂や石や土でごつごつして、道じゃなくて獣道かなって思って歩いていて、誰もこんなところ通らないよねって一人で寂しく思って歩いていたら、全然知らない女の子達がいたの。
 三人、道を塞いでて、避けなきゃと思ったんだけど道が狭いでしょ、避けられないしあの中入っていくの嫌だなって思って、近づくにつれて(引き返そうか、道を空けてくれるか、避ける幅ないか)って思っていたら、その子達、私と同い年くらいで、どこかの学校の制服を着てるの。鞄を置いて何かを囲んで座っているの。
 私のことに気がついて、こっちを見て
「一緒にやる?」って聞いてきたの。楽しそうな声で。
「え?なにを?」って聞いたんだけど、そういうの久しぶりに話すんで声がこもっちゃって。
もう一回「なにを?」って言い直したら、
「面白いよ」ってだけ言うの。
 こういうふうに言ってくる人って初めてだな、三人とも学校にいたら明るいクラスの中心人物だなって思うんだけど、真っ暗で藪に囲まれた獣道でしょ、しゃべってる感じと場所が全然合ってなくてどう返事したらいいか解らなくなったんだけど、それでも
「一緒にやろ」って誘ってくるの。
「何をしてるんですか?」って聞いたら
「焚き火焚き火」
 焚き火?って、まだ焚き火にはちょっと早いかなって思ったんだけど、そうなんだ…焚き火やってるんだ…って思っていたら
「寒くなってきたから」って、いや寒くはないだろうって、ますます何も言えなくなっちゃって、えーって思ってたら
「やろうやろう」って。
 一人が周囲から枯れ葉とか枯れ枝とか集めて、もう一人が鞄からライター出して準備して、
「ねぇ、あったかいからさ」
「楽しいよー」。
 たのしいか?と思ってると
「たのしいよー」
「座わんなさい座んなさい」って、強引じゃないんだけど流れで巻き込んできて、
「え?あぁ、じゃぁ…」って三人の輪に入って、
「ほら、やってみ。騙されたと思ってやってみ」
 火が付いて
「ほらほら火がついた」
 って言うんだけどすぐ消えちゃって、
「あ、消えちゃった、火つけるの難しいね」
「弱いと風で消えちゃうよね」
「もっかいもっかい」
「また消えた」
「がんばらないと」
 見ているうちにだんだん楽しくなってきたの。三人は火がつくのを楽しんでいるし、笑いながら一生懸命だし。やっとついて
「やったー!」って。
 よくよく考えると楽しくなんてないのよ。全然知らない人たちだし。でもそのときは、なんか面白いなって思えて、友達じゃないのに一体感があって。
 やってて、だいぶ火が大きくなって
「おー、いいねいいねー」
「あったかいねー」ってやってて、私もそんな火を間近で見るなんてないから見とれていたら、一人が
「もうそろそろだね」って鞄の中から何か出したの。布の袋に包まれた一抱えくらいの大きさの。
 鞄に手を入れていたときは焼き芋でもやるのかなって思ったんだけど、その何か包んだ布を出して、そのまま火の中に放り込んだの。
 二人も
「いま入れちゃう?」
「もう入れちゃう?」って盛り上がって、最初の子が
「入れちゃうよー!」って。
 食べ物かな?後でどうにかして取り出すのかな?ずいぶんワイルドな焚き火だなって思っていたら、二人が
「入れた入れた!」
「いま入れた!」って盛り上がるの。
 その様子を見ていて私も面白くなってきて
「何を入れたんですか?」って聞いたら
「いやいやいや、それはお楽しみ!」って笑っているの。
 別に嫌な笑い方じゃなくて楽しんでる笑い方で。
 これ、焚き火がなければ昼休みの女の子のたわいのない会話なんだけど、後で考えたら変でしょ、でもそのときは全然変だと思わなくて、食べ物かな、私にもくれるのかな、大きさからして焼き芋くらいかなって考えていたの。
 火を見ていたら焚き火のはぜる音がして
「あ、やっぱりあれかな、水分含んでるから厳しいかな」。
 水分?焼き芋に?と思っていたら、ぐちゃぐちゃぐちゃって火の中から何か飛び出してきたの。びしゃって」
 吉田さん、そこまで聞いて
「……何が出てきたの?」
「中の物が、布が破けて、出てきて、……なんにんかは生きて動いていたの」
「は?」
「……」
「なんにん?」
「……」
「え?あの、え?生き物が入ってたってこと?」
「うん、だから、何人かがワッと飛び出してきて、熱い熱いって、で、で、何人かは生きていたんだけど、その子達だめだめだめってつかんでまた放り込んで、また火の中に入れて」
「何を言ってるの?え?動物?動物?蟹?じゃないか、いや、蟹でもいいや、その辺にいる蛙とか虫とか入れてたんじゃないの?」
「…いや、……小さい人」
 大丈夫か?この子。
「何言ってるの?あんた」
「…ちいさいひと…服着てないし、小さいから性別もよく解らなくて…あ、でも解りそうだな…ちょっと待って…」
 何を待てばいいんだ。
「女の子達、そっちにも逃げた、早く捕まえないと逃げちゃうよっていうから捕まえてパッと火の中に投げて、結構逃げるから、そいつら、だから捕まえて火の中に投げるんだけど、それがどんどん楽しくなってきて、夢中になってやったのよ、そうしたら、そいつらって火の中から逃げ出してきたから、もう焼けてるのね、それを捕まえるから掌を火傷しちゃうんだけど、逃げ切られると拙いっていうから頑張ってみんなで捕まえて、最終的にちゃんと焼き尽くして、それで両手火傷しちゃったの」
 このこなにいってんだろう
「ちょっと待ってね」って話を続けて
「せいべつがおもいだせない…ちょっとまってね…せいべつ…せいべつ…やってるときはわかったんだけどね、ちょっとまってね」
「いや、あんた、そういうことじゃないの。なに言ってんのあんた。大丈夫?」
 学校にいかなくなってからこれは言っちゃいけないよなと思ってたけど流石に今の話を聞いて
「あなた、大丈夫なの?」と心の底から言ってしまう。
「ねぇ、そんなことあるわけないじゃん。小さい人を焼いた?何言ってんの?自分と同じくらいの年齢の女の子達が?河川敷で?焚き火して?小さい人を焼いて?焼き尽くした?で焼き殺したの?おかしいじゃんそんなの。ねえ。現実的にあり得るわけないじゃん」
 でも妹さん全然聞いてない。
「あ!思い出した思い出した、お姉ちゃん!あれね、女だよ!女!」
「女?」
「そう、女。はは!おんな!はは!おんなだったぁ!そっかそっか、おんなだおんなだ、ごめんごめん」
 何も悪くない。
「ごめんごめん、そうだそうだ、おんなだおんな。ぜったいおんなだ。とちゅうねぇ、なんかねぇ、それがさぁ、くらすの○○と○○みたいなかんじがしてさぁ、すごくいいなぁとおもって、あたしも火にバァンと思いっきり、あいつに似てるなぁと思ったから、バァンと火に叩き込んで、投げ入れ方が、あっはっは!そしたら女の子達が凄いねぇ、何か恨みでもあるの?って聞いてきて、凄い盛り上がったの!思い出した!そうそうそう!」
 火傷した両手を叩いて大笑いする。
「そうそうそう!あれ女だよ!女!」って言う。
 こえぇ!
 自分の妹だけど、こえぇ!
 吉田さん、なんとか
「そうなのか、そうなのか、そうのか、ぇ、でも、ねぇ、もうそういうことしちゃいけないよ、やっぱりねぇ、生き物を殺してはいけないよ」諭すように言う。
 そうしたら
「まぁ、まぁ、そうだよね、ストレス解消にそういうことしちゃいけないよね」
 生き物を殺しちゃいけない、というところで落ち着いた。
 妹さんも、生き物をそういう理由で殺しちゃうのはダメだ、自分のエゴだと言い聞かせている。
 その女の子達、ここいらに住んでいるわけでもないようで、二度と会えないかもしれないけど、妹さんまだ
「あれ面白かったなー」。
 うわぁ……。
 両親に話すと約束していたから、ものすごくものすごく言い方を考えてオブラートに包んで話して、
「疲れてるんだろうし幻覚みたいなこともあったんだろうし、まぁ変な話ストレス解消になったのならいいのかな悪いのかな」と言葉をごろごろ転がせて、
「ちょっと怖いから、しばらくあの子を観察するわ」
 そりゃそうだよねってことになって。
 それから。
 火傷は残ったんだけど、そういうことがあったら、人間って悪いことをしたらちゃんとしなきゃと思うのか、妹さん、見た目には精神状態も回復して、学校に行けるようになった。

 よかった?

 戻ってもいじめてきた連中、大丈夫かなと心配で、妹さんの登校初日、心配だから会社を休んで家で待機したんだそうです。
 そうしたら普通に帰ってきて、家の前まで友達も一緒にいて、明るく話ながら「じゃーねー」「またねー」とか挨拶してる。
 あれ、普通に帰ってきたって思って、
「ただいまー」って明るく家に入ってくる妹、昔の妹に戻ったのか?
「お帰り。おぉ、大丈夫だったか、よかったよかった、あんた今日行ってやっぱりやっぱりダメだった、あいつらがいるから帰ってきたってことになったらどうしようかと思っていたよ、そうか、クラス違うんだっけ」って言ったら
「いや、それがね、クラスは違うんだけど、あたしもあいつらを見たらやっぱりダメになるのかなって思っていたら、なんかいないんだよね」
「あ、いないの?」
「そうなのよ、あたしもね、いないならいないで逆に気になっちゃうから聞こうと思って、そっちのクラスの人に○○と○○と○○ってどうしたの?って聞いたら、みんなね、はっきりしたこと言わないのよ。ごにょごにょ言って、それでいないってだけ言うの。なんなんだろうね」
「…いない?いないってどういうこと?転校したの?」
「いや、在籍はしてるってことなのかな?でももうなんだっていいや。もうあたしとは会わないらしいから。よかったよかった」
 ……なーんか気持ち悪い。妹の、よかったよかったと言いながらの笑い方が気持ち悪い。本当は何があったのか知ってるのに、わざと知らないふうに言ってる感じがする。すっとぼけを感じる。
 昔妹の誕生日にサプライズを計画して、ばればれだったんだけど知らないふうを装ったときの顔になっている。
 知らないふりをしたときの顔。
 追求したら教えてくれるかもしれないけれど、しないほうがいいような気がして、聞くのはやめたそうです。

 その後河川敷に行ってみて、遊歩道があって、確かに細い道、獣道があって、そっちを進んで、何かを焼いたってどこだろうと注意してみたら、とある一画だけ石灰が撒かれている。大量の石灰。
 それも一回二回ではなく、何回も何回も撒かれている感じがする。
 なんで?
 そこから先は何もない、普通に獣道で、工事が始まるようでもない。ただその一画だけに石灰が撒かれている。
 なんでここだけ石灰が撒かれているんだろう。
 それから何日かして、気になるのでもう一度行ってみたら、やはり石灰が撒かれている。前に来たときに撒かれた石灰ではなく、新しく撒かれた真新しい石灰。
 おそらく女の子達が焚き火をしたと思われる一画だけ。
 誰かがそこに石灰を撒きに来ている…消毒をしている?気持ち悪い!
 それでもう行くのを止めたし、どうなったか聞くこともしていない。
 吉田さんは私の前にも話したことがあって、聞いた人たちも、何か変な団体がいるのか、カルト的なことをやってる連中がいるのか調べてみたようなんですが、解らなかったんですって。
 その女の子達、悩んで苦しんでた妹さんを助けたことになるのか、利用したってことになるのか、悪いことに誘おうとしたことになるのか、どうなんでしょうね。

2020年12月31日
年越し禍話 忌魅恐 vs 怪談手帳 紅白禍合戦
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/659295248
1:10:31あたりから

YouTube単話版
禍話【川原で焼いた何かが思い出せない話】出典👉年越し禍話 忌魅恐 vs 怪談手帳 紅白禍合戦
https://www.youtube.com/watch?v=zYUIRN4-5M4

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