禍話リライト「山の喪服」

 山に使われなくなった、廃トンネルがありまして。
 そこを脱けると、いよいよ使われなくなった道に出まして、元は林道、昔は使っていたようで、奥に作業場の廃屋も見える、林業か鉱業か解らないんですけど、急に辞めるって事になったんでしょう、その道を誰も通らなくなって、もともと私道だったんですけど、トンネルも栄えていた頃は使っていたんでしょうけどボロボロになっていて、今では「そこは絶対にダメだ」と言われるようになりました。
「死ぬ死なないとかじゃなくて、行ったら怖いことが起きる」と言われている。
 だったらいいじゃないか、わぁ!と驚くくらいだったらいいじゃないか、と思う者もいるのだが、地元の人たちが頑なに
「あそこに行ったら怖いことが起きるから止めなさい」と繰り返すんです。
今で言えばガチヘコみ、鬱々、心が折られるなどなど多くのボギャブラリーが適用されるようになるのでしょう、
 言われれば言われるほど行きたがる者が出てくるのではないかと思われるのですが、しかしそういう場所に我先に行きたがるような人たちが真顔になって
「あそこに行くと怖いことが起きるから止めろ」と止めるんです。
 それでもなお行こうとすると厳しい縦社会の制裁がくだされ、物理的暴力で止められる。
「怖いから止めろって言ってんだろーが!」
 しかし時代は変わり、そこまで強固な縦社会に属していない者が行ってしまうのですね。
「そんななぁ、悪しき因習だ!噂だ!」
 ということになり、行った者が出ました。
「俺はそうやって殴られた先輩を見たことがあるんだけど、もうそんな時代じゃない、まぁそういう昔のやり方を否定するために行くわけじゃない、これから行くって奴を殴るために、どれだけ怖いことが起こるのか確かめにいくってわけでもないんだけどな」
「え?!いま、その山に向かってるんですか?」
 車の助手席に乗せられた後輩が驚きます。
 夜ドライブに連れ出され、美味しいラーメン屋に連れて行かれ、その後(どこ行くんだろうな?)と思っていたときに山の話を聞かされ、なんだか解らない決意を言われたんです、不運な後輩は。
 驚くんですが、しかし山道はそんなに上り坂という気がしない、標高がそれほど高くないのでしょう、道もきっちり舗装されていたのでそれほど重大なことだとは思わなかったんですが、いよいよそこへの入り口だってところを境に突然真っ暗になり、街灯はないわ月明かりもふっと消え、カーナビも今現在道を表示してない、ヘッドライトに照らされたところだけが全世界の場所を走っています。
「まぁなぁ、半私有地みたいなところらしいからな」
「それ犯罪じゃないですか!」
 会話の間にも車は進みます。
 やがて道幅も狭くなり、もうそろそろ車で進むにはキツいなというところまできまして、なんとかUターンはできそうな場所を見つけ、降りて進むことにしました。
 二人で大型の懐中電灯を持ってしばらく歩きましたら、先ほどの「ヘッドライトに照らされたところだけが全世界」が「ライトに照らされたところだけが全世界」に視野が狭まりまして、虫もライトを持った二人に飛び込んできます、
(うわぁ!最悪だ!)
「先に言ってくれたらそういう準備をして来ましたよ!」
「ごめんごめん」
 それでも歩き続けますと、ボロボロの、手掘りで作ったようなトンネルに着きました。
 車を降りて歩いてくる道中も車一台が通れるかどうかぎりぎりな道でしたが、車が枝なんかに当たって小さな擦り傷が出来る悲しみはあるでしょうが、脱輪とかは大丈夫でしょう、しかしこのトンネルは、岩にガリガリと削られる恐怖を覚悟して進まないといけないでしょう、それくらいギリギリの幅です。
「ここを通る車があったんですねえ」
「向こうに作業場があるんだろう、慣れりゃ大丈夫だろうし、傷が付いても構わないボロ車とか、あと対向車両は来ないだろう」
 先輩がいろいろ言います。
「で、行くんですか?」
「おう、行こう」
 この先輩馬鹿だ、と思いながら一緒に進みます。
 てくてく歩いてもうすぐ出口だというとき、後ろからブルブルと大きな音がしてきました。
(え?)と振り返ると、軽トラックが来たんです。
 もう出口だってときでしたからさっさと出てトラックを通しましたが、これが中頃だったら危ないというか運転手をイライラさせただろうなと迷惑をかけた感じになったんで、頭を下げ気味に通り過ぎるトラックの下を見ていたんです。
(まだ会社はやっていて、作業しているのかな?)なんて思ってやり過ごしたんですが
「先輩、この先、Uターン出来るところ、あるんですかね」
 なんとなく出来そうには思えなかったんだけど、出来るのかなぁ。
「先輩、俺、俯いて下しか見てなかったし、ライトも下を照らしていたんですが、下半分だけでもやけにボロボロの軽トラでしたね」
 車体がギリギリ形状を保っていられるかって程度のボロボロさで、塗料の剥がれ具合さび付き加減だけでもランクがあって、一目で(よく動くな)と解るほどだったそうです。
「うぅん…うぅん…」
 先輩は「うぅん」を何度も繰り返します。
 急に声の勢いが落ちて、後輩の頭は止まります。
「おかしいな…おかしいな…」
 先輩のわけが解らない呟きを聞きながら進んでいくと、もう一つトンネルが見えてきました。
 仕方がありません、第二のトンネルに入りますと、さっきのトンネルよりは短く、早く出口にさしかかります。
 しかし先輩はさっきから「うぅん…うぅん…おかしいな」を繰り返していて、
「やめよっかな、これ以上は」
 急にどうしたんだろう。
 そういえば、自分はさっきのトラック、下しか見てないんですけど、先輩は素知らぬ顔で前を見ていたなと思って
「先輩?止めます?」
「いや、うん…トラック見える?」
 え?あ、そういえばもうそろそろ終点だろうからさっきのトラックが見えてもおかしくないのに見えないな、奥どうなってるんだろう?
「見えないですね、明かりも点いてないみたいですね」
「うん…止めとくか?やっぱり…やっぱり、止めようか?」
どんどん勢いがなくなっている。
 そう言われると後輩も、せっかくここまで来たのに何言ってんだと抵抗する気持ちになってきて
「もう少し行ったら終わりじゃないですか?」
「うん、もう少し行ったら突き当たりのはずなんだけど、止 め よ う か ?」
何言ってんだ。
 二個目のトンネルを出ました。
 出たとき先輩は
「ごめん、ほんとごめん、もう少ししたら終わりと思うんだよ、話を聞いたぶんには、止 め よ う か?」
「なんですかあ」
トンネルを出たところで先輩が立ち止まったので後輩はもう少し進んで
「あのねぇ、先輩」と振り返って先輩を照らしたら、ま、先輩の後ろにあるトンネルにも懐中電灯の光が行きますわね、
 誰かが歩いてきているんですって。
 二人くらい。
(え?)と思って。
「せ、せ、先輩、先輩、こっちに来なさい」
 強く先輩に言います。
「え?」
 親子連れなんです。
 それも喪服を着た二人なんです。
 お母さんと男の子みたいなのが、手を繋いで歩いてきたんですって。
 真っ暗な中ですよ。
 人だったらあまり照らすと悪いのですぐ外しましたが、その二人は会釈して、手を繋いだまま二人の横を通り過ぎました。
 二人が角を曲がったところで小声で
「先輩、先輩、お知り合いではないですよね?仕込みじゃないですよね?」
 先輩は顔面蒼白で何も答えません。
 えらく顔が白いです。そして
「帰ろう」。
「帰ろう。やばい。帰ろう」
「いや、まぁ、帰りたいですよ。だって、ねぇ、いま、角を曲がってったけど」
 と行った角にライトを向けたら、角に服の切れ端が見えます。
(うわぁ!そこに立ってる!)
 二人のどちらかは解りませんが、そんなことは関係ありません。
「帰りましょう、帰りましょう、あれ、角曲がったらいますよ」
「うん、かえろ。かえろ。かえろ。かえろ」
 声に力がありません。
 後輩は、自分と同じものを見ているのに、えらく弱気だなと思ったのですが、とりあえず何も言わず二人でさっさと引き返します。
 先輩も小走りをしながら「かえろーよー」と情けない声を出しています。
走って走って車に戻り、二人して「早く!早く!」と車を出し、軽くあちこちこすりながら急いで町を目指します。
 とにかく山を出て平地に出たところで先輩は車を停め
「うぅーわぁー、こえー」と大きくため息をつきます。
 ハンドルを抱きかかえるようにして全身に力を込め、改めて身震いしています。
「こえー」
 後輩も怖いかったことは怖かったんですが、そこまで怖さは感じていません。
「どうしたんですか?そんなに震えて」
「さっきの山道ではこえーって言えなかったんだよ、言ったら怖さに飲み込まれると思って言えなかったんだ」
「え?なんですか?」
 確かに訳の解らない、喪服みたいのを着てた二人組は怖かった、ひょっとしたら人間じゃないかもしれない、建物だってボロボロだったし。
「いやあれは人間じゃないよ」
 先輩が断言します。
「え?なんでですか?」
「トラック通ったろ?」
「ええ、トラック通りましたね」
「お前下見てたけどな、俺運転席見てたんだよ。たまたま。素知らぬ顔で」
「はぁ」
「運転席にいたのってな、あの女だったんだよ」
「はぁ?」
「あの女だったんだよ。真っ黒い服着た女が運転席にいたからおかしいな、 不釣り合いだなと思って。しかも変なことにな、どう見てもハンドル握って なかったんだよ。そんなことできないだろ?特殊撮影でなければできないだろ?おかしいなこれは帰ろうかなと思ったら、後ろからまたその女がまた来るじゃねぇか、だからもう帰ろうって言ったんだよ」
「……そりゃそうですねぇ!」
 ということで二人とも二度とその山には行かなくなり、後日この話を仲間にしたら先輩はさらに上の先輩に呼び出され、死ぬほど殴られたそうです。
その山に行くと何が起こるか、いろいろなパターンがあるそうです。
 そして何かの恐怖症になり外に出られなくなる、そんな人が続出したので「その山には行くな」と言われるようになったそうです。

 かぁなっきさんにこの話を教えた人は、山に纏わる禍々しい話、禍マウンテンをいくつも語っている人で、その人が
「今まで提供した話で禍話でも語られたどこかの山と同じ山らしい。地方とか聞いたら」
「えぇ!」
「何と同じかは、言うなよ」
……何か心に浮かぶことがあっても、声に出したり文字にしては、いけません。

ザ・禍話 第五夜2020/04/11
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/605583654 38:02あたりから

YouTube単話版


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