禍話リライト「死んでいくビデオ」

 話を持ってきたのは伊藤さんという女性なんですけどね、大学生の時、嫌な思い出があるっていうんですよ。
 サークルが、上級生のパワハラが結構あるサークルだったんですって。
 いろいろ楽しいことをしようっていうサークルだったんですけど、どんなパワハラがあったかというと、先輩達、残虐系の映画が大好きだったんですよ、「デス・ファイル」のような、本物の死体を映しているような映画を飲み会に持ってきて後輩に見せるんです。
 肉を食べているところにそういう映画を見せる。
 さらに西暦2000年頃と言えばネットも過渡期で、過激な動画もあって、それをダウンロードしてコレクションする人もいて、そういうのを見せてくるんですね。
 テロリストが銃殺される動画を肴にして、後輩が辟易するのを
「そんなんじゃダメだよ~」って。
 別に残虐映画同好会じゃないんだから勘弁してくれよと思うんですが、押し切って見せてくる。
 今だったら海外のサイトに探しに行かないと見ることができない動画も、当時はちょっと探せば見つかるところにあって規制も緩かったんで、大量に集められたんですね。
 さらに2000年頃はレンタルビデオ屋さんに「デス・ファイル」が目に付くところに置かれていて、安価に叩き売られていましたし。
 伊藤さん、「デス・ファイル」シリーズはほぼ全て見せられたそうです。
(やだなぁ……)とは思っていたんですが、それだけ見せられると、だんだん慣れてきたっていうんですね。
 そりゃ(グロい!)とか(ひどい!)とか思うんですけど、量を見せられていくうちにパターンがあることが解ってきて、全く知らない人がただ死んでいく動画を見ても、ただ肉の塊になっちゃうんだなと思うんだそうです。
 知り合いがそうなっちゃうんだったらまた違うんでしょうけどね、国も違うと、服とか体格とか違って、感情移入がなくなっていって
(死んだらこうなっちゃうのか……)としか思わなくなってきて、瞬間的なグロさはあっても、見終わったらお終いって感じになってきました。
 慣れてきたのは伊藤さんだけではなく、後輩一同みんながそうでしてね、リアクションが薄くなってきたんで先輩達も
「ちょっと待てぃ!」と意地を張りたくて、後輩達に意見を聞きまして
「なるほど、人が死ぬという結末があって、こうなるまでの経緯があるのならいいんだな」となりまして
政治家が日常生活を送っていて暗殺されるとか、悪人が改心して真っ当に生きようとした矢先に殺されちゃうとか、スタントマンが記録に挑んで失敗するやつとか、登山家が道具を使わずに崖を登って落ちちゃうとか、そういうのを見せてくるようになったんですね。
 そうなるとドラマがあるわけですから、みんな結末が解ってきて
(あー、人生うまく行かないんだなぁ)とか
(この人朝起きたときはこんなことになるとは思ってなかったんだなぁ)とかそういう方向で〝哀しい〟んですけど、これ、先輩達の本来の目的とは違ってきてるわけですよ、まぁ見させられることは続いたんですけど。
 で、どんどんそういうのを見せられ続けて、先輩も弾がなくなってくるんですよ、有名どころはほぼ見ちゃって、始めは「デス・ファイル」だったのに今じゃ「衝撃の決定的瞬間!」になっちゃって、もう先輩が持ってくるのってテレビで見たことあるなぁってものばかりになってしまって、残虐さがなくなって衝撃もなくなってきたんです。
 かといって、スナッフビデオですと、もう露骨に作り物感ありありで、本物を見まくったせいで
「いや、こうはならんだろ、反応が不自然だろ」って突っ込みを入れられるようになって、醒めちゃうんだそうです。
 ここまでくるとサークルのテーマが
「グロとはなにか、真の恐怖動画とはなにか」の追求になっちゃって、なんか変なことになっちゃったなぁと。

 そんなある日。

 当時は今のようにケータイだのメールだのとリアルタイムのやりとりがなく、何時何分に部室集合とあらかじめ決まっていて、下級生達がだんだん合流して部室に向かって、
「今日も鍋か」「またなんか変な動画見せられるんだろうな」と話し合って部室に行ったら、部室に灯りが点いてないんですね。
「あれ?まだ誰も来てないの?」「先にどっかに出発した?」と鍵を開けようとしたら、開いてるんです。
 開いたら電気が点いてなくて真っ暗で、三人四人いてお通夜状態、みんなうなだれている。みんな先輩なんです。
「どうしたんですか」と電気を点けたらそれに反応して、一人が
「俺、よくないと思うんだ」。
 電気点けたことが?と思ったけどそうではないようで、他の先輩達も
「そうだな、よくないな」と同意するんです。
(え?なに?)と思って室内を見回すと、テレビがついているんですが、画面には何も映ってない、ビデオデッキの電源が入っていたんで、何かを見終わったのか、また先輩達、新作を持ってきて見てたのか……とは思うのですが、残虐映画の猛者達がここまでにヘコむ作品って、なんだ?
 よっぽどすごい映画?でももう手に入る作品は見尽くしたでしょ。
「どうしたんですか?」と訊ねたら、他の後輩達もどんどん集まってきて
「どうした?」「いや、先輩達が異状にヘコんでいて」「(あ、OBの先輩までいる)」
 で先輩達もようやく
「いや、こういうのを追求するのはよくないんだな」
「もう堅気として生きよう」なんて言い出した。
 後輩達は声に出さねど(そりゃぁいい!)と大賛成ですよ、アニメとか普通の映画とか見ればいいんですし、鍋食べながら音楽流して楽しいサークルにしましょう、残虐映画を見せられなくなるのはいいんだけど、

 なにがあった?
 どうした?

「いや、これは見ない方がいい」
「え!そんなにグロいんですか?」
「いや、グロくはないんだけど」

「やばい」

「は?」

 昔は裏サイト、アングラサイトっていうのがあって、異常に濃い人たちが集まって情報交換していたもんなんですけど、そのうちの一人から格安で〝やばいビデオ〟を譲ってもらったっていうんです。
 ハンドルネーム「サカイ」さん。郵送してくれたんですけど、封筒に送り主の記載はなく、先輩の住所氏名だけが書かれています。
「個人売買なんて誰も保証してくれないから、そもそも送られてこないかもしれないなと思っていたんだけど、とりあえずビデオテープは送られてきた、内容は全然違うものかもしれないから、それならそれでネタにしようと、みんなで見ようと持ってきたんだよ、まず俺達だけで見ようってな」
「……これは見ない方がいいよ」
「こりゃダメだ」
 そう言われると逆に興味がわいてくる。
 伊藤さんは後輩の中でも平気な方ですから
「ちょっと見てみたいですねぇ」
「いや、本当にやめとけ」
「一生こういうの見なくていいやってなるぞ」
 伊藤さん、そりゃそれでいいやと思って
「じゃ見たい人だけ見ましょうよ」っていいまして、見たくない人は買い出しに行こうと決まりましたら、先輩達まで買い出しに行っちゃったんです。
 先輩達ヘコみが続いて
「今日俺が出すわ」「酒を飲まないとなぁ」と出て行って、残ったのは伊藤さんとあと二人。十何人もが買い出しに出て行って、
「……じゃぁ、見よっか」と巻き戻しボタンを押したんです。

 ワゴン車の中の映像から始まっています。
 山道を走ってまして。
 人数は六、七人いましてね、撮影者は一番後ろに座っているんです。
 乗車している人たち、全く会話が弾んでいなくて、みんなコンビニ袋みたいなものを持っていて、その中に入っているメモを読みながら黙々と復唱しているようなんです。
 カメラマンの横に座っている奴が
「ずっと撮らなきゃいけないんですか?」
 すると助手席に座ってる女の人が
「いや、○○さんが、こういうのは全部記録して残さなきゃいけないんだって言うんだよ」
「そうなんですね」
 ○○さんって名前が出ると納得するらしくて。

 伊藤さんたち
「なにこれ?ヘンな宗教なんじゃないの?着てる物だって、なんとなく普通の人が着るものじゃないし」
「研究員と、病院に入ってる人の中間?」
「気持ち悪いね」

 ワゴン車の中では、運転してる人、助手席の人、カメラマン以外の人たち、なんか地図を見てるんですね。それをずっとカメラで撮してまして、定期的にその人達の顔を順繰りに撮しています。
 助手席の人が一人に
「Aさん、もうすぐですよ。あと二回曲がったら、Aさん降りるとこですよ」と呼びかけて、Aさんも
「はい、はい、はい」と返事して、続けて
「これ、ウーロン茶で飲んで大丈夫なんですよね」
「ええ、一気に飲んだら大丈夫です。ぜんぜん苦しくないです」

 伊藤さん、
「ちょとちょとちょと、これ、集団自殺かなんか?」
「え」
 コンビニ袋から出た物が映されて、大量の薬に見えたんですよ。
「え?集団自殺?」
「自殺斡旋?」
「なに?なに?なに?」
「そういう感じ?」
「なにこれやばくない?」
「記録で撮ってるなんて、やばい団体だろ」

 車は進んで一回曲がり、二回曲がって
「ここら辺でお願いします」って声があがって、
「はい解りました、ここをまっすぐ行って、大きな木があって、その横でいいんですね」
「はい、そこでお願いします」
「はい、解りました、今までありがとうございました」
「いえいえいえ、全然なにも出来なくて」
「がんばって!」
「はい!」
 Aさん降りて、ガードレール超えて、山の中にまっすぐ進んでいって。
 また車が走り出して、みんなもくもくと地図を読んでいるんです。
 それぞれ降りる場所が違うようで、次のBさんに
「じゃBさん、もう少し行ってからでぇす」
「はい、はい解りました」
 でその場所に着いたんでしょう、Bさんも
「はい、それでは、ありがとうございました」と降りていきまして、そんな感じで一人ずつ降ろしていくんですよ。

 この人たち、死んじゃうんでしょうね、薬の量とか話しぶりとか、目もちょっと普通じゃないというか。
 よく解らないんだけど、どうも自殺幇助団体なのかヘンな宗教なのか、ずっとやってるようで手慣れているんです。
 これ本物かどうか解らないけど、確かに気持ち悪い。伊藤さんの隣で、見ている女の子がガタガタガタガタ震えてるんですよ。
「え?どうしたの?大丈夫?」と声をかけたら
「気づいてない?気づいてない?気づいてない?」
「え?」
「女がいる。女がいる。女がいる」
「え?なにが?」
「助手席の人?」
「違う違う違う違う、ほら、最初のAさん、お、降りるときさ、」
 映像は夜じゃないんですよ、昼間から夕方になろうって時分なんです、風景がはっきりと見えるんですけど、
「あ、Aさんが降りるところおりるところオリルトコロ」って言うんで巻き戻してみると、その巻き戻る映像も見るのが嫌だって女の子「うーっ!」って下を向いてるんですけど、Aさんが降りるところになって伊藤さんが
「で、なに?」って聞いて、
 カーブが二回あって、
「ここがAさんが降りるとこですよ」って助手席の女が言ったとき、女の子が
「その二回目のカーブのとこ、二回目のカーブのとこ見て」
「ん?」
 ワゴン車が二回目のカーブを曲がったところの山道で、そこ人なんか来られないところだと思うんですよ、特に歩きで来るなんて。
 歩行するスペースすら無いようなところなんですけど、その白線ぎりぎりのところで山肌に向かって、ワゴン車に背を向ける格好で女性が映ってたんです。
(うわっ!映ってる!こえぇ!)
 そこを曲がってって、Aさんが
「じゃ、がんばってきます!」って降りていったら、ワゴンのみんなも
「がんばれー!」って。
「え?女性いたよね?女性いたよね?女性いたよね?」
「え?これ心霊動画?なに?なに?なに?」
「女性映ってたけど、こんな所、昼間だって人いないよね」
「車避けたにしても、いや、なんか、そんな、おかしいよね」
「車に背向けてね」
「ちょっと、マジ?これ」
 見つけた女の子に
「……え?ずっと震えてるけど、これ?」
「いや、だから、だから、び、BさんときもCさんのときも、そうじゃん」
「え?」
 テープを進ませてよく見たら、Bさんのときは山肌じゃなくて原生林の中で、ガードレールの向こうでこっちに背を向けて立っていて、たぶん同じ女なんです、絶対無理なんですよ、そんな一本道で先回りなんて出来るわけがないんです、
「え?なんで?なんで?なんで?」
 格好は似た感じなんですよ、 
 Cさんのときは、もうCさんが降りてガードレール超える、その近くにいるんです。
 その横に電信柱みたいなものがあって、そこにもう女がワゴンに背を向けて立っている。
「……え?仕込み?なにこれ?」
「いや、……仕込みじゃない、だろ……」
「Cさんとこもう一度」
「……合成じゃないでしょ?」
 よく見ると、女の肩が上下している、呼吸してるっぽいんですね。
「え……これ、生きてる人?」
「え?あ、う、うーん」
 たとえばヘンな話、これ、カルト教団だとして、本当に死んでるか確認するために似たような姿、形をしている人間を配置してるんだったら、それはそれで怖いじゃないですか。
「えー、ちょ、もーやだ」
「でも最後まで見よう?」
 見てますと、中の人どんどん降りて行きまして、その度に女がちょこちょこ映ってたんですけど、確認したくなくて。
「あー、もう嫌」
「早送り早送り」
 どんどん降りて行って、結局みんな降りて行ってしまって、カメラマンと、運転手と、助手席の女だけになった。
「じゃ、そろそろ。もう今日は終わったんで帰りましょうか」
「はぁい」
「次は半年後に」
 とかなんとか言って
(半年後にやるんだ、また……)
 山道を戻り始めまして、無言なんですけど、それでもカメラは廻っているんです。
 ここでAさんが降りたなぁとかの感慨もなく、もう何度もやっていて感情も無くなっているのかなと。
 特に何もないし怖いしで1.5倍速くらいの再生速度にしまして見てましたら、全然関係ない、そこで誰も降りてないってところで
「あ、ちょっと止めてもらっていいですか」ってカメラマンの声がして
「はいはい」とワゴン車が止まりまして
「どうしたの?トイレ?」
「ええ、ちょっと行ってきます」とガードレールを越えて、カメラを持ったまま奥に行くんですけど、おしっこするのかと思いきや、何もしないんです。
 ちょっとした空き地があって、ぐるりと廻るんです。廻って、
「あれ?」。
「あれ?俺、なんで降りたんだっけ?」
「え?あれ?なんだっけ?」って言っている。
 自分でトイレって言ったくせに覚えてない。
「ん、ま、いっか」って言いながら戻るんですよ。
 戻ろうと思って、ガードレールが見えて、ふと見ると、車の自分が降りてきたところ、乗っていた座席を外から覗き込んでいる奴がいるんです、こっちに背を向けて。
 女なんです。
 ずっと映っていた女なんです、覗き込んでいるんです。
 はっきりと両手を窓ガラスに当てて覗き込んでいるから、運転手と助手席の女は解っているはずなんです。しかし何もせず、車は止まっているままなんです。
 カメラマンは初めてその女に気がついたようで驚いているんですが、
「あんた!なにしてんだ!」って言ったら、その女は両手を後部座席の窓ガラスに貼り付けていたんですけど、右手をぎゅっと握りしめましてね、コンコンって叩いたんですよ。
 普通山でヘンな奴に会ったって窓ガラスなんて開けないし、話なんかしないだろと思ったのですが、窓ガラスが開いたんですよ、女は上半身を中に入れて何やら話している、
 カメラマンは驚いてそれを見ているんですが、中で冗談でも言っているのか、運転手と助手席の女は笑い声をあげて会話をしていて、カメラマンはもう手が震えて撮影しているんですが、声も震えて
「なにしてんの?なにしてんの?」と繰り返す、するとガチャッとドアが開いて、女が中に入って、車が出発したんですよ。
「ちょ!ちょ!ちょ!なに!」とカメラマンは道に出て、
「△△さん、××さん!」って運転手と助手席の女の人の名前を言ってるんですけど車はどんどん行ってしまう、
「え?おい!え?え?え?」
 そこで一旦画面が終わったんですよ。

「え、終わった、え?なにこれ」
 ザーって画面になって伊藤さんたち
「怖い・困る・怖い」って見ていたんですけど、どうも送ってきた「サカイさん」が編集しているようで、ちょっと経って、カメラマンが愚痴りながら歩いている映像が始まって、しばらく歩いていたんでしょう、疲れた声で
「なんなんだよなんなんだよなんなんだよ誰だよあの人」と、歩かなきゃ仕方がないから暮れてきた山道を下ってるんですよ、灯りもほぼ無くて、
「なんなのかなあなんなのかなぁ」。
 もう何キロか歩いた後なんでしょうね、疲れて持てなくなったか画面のアングルも下になって、地面が映っている。
 ぶらぶら揺れながら
「これもう記録なんてよくね?なになになに、冗談じゃないよあれあの人なんなの。俺が○○さんに試されているってことなの?なんなん?なんなん?教祖だかなんだか解んねぇけど、○○さんなんなん?でも今までこんなこと一回もなかったけどなー、なんなんだろーなー、えぇ?試練?」
 とか声が入っている。
 すると
「何々君」っていきなり右の方から声がして、
「おぅ!」ってカメラ持ってそっちを向いたんですけど、どうも助手席にいた女性の声っぽいんです、ガードレールの向こう側から聞こえてきて
「え?なんすか?なんすか?」って探して、カメラに付いているライトを向けて照らすんですけど、誰もいないんです。
 でも確実にすごい近いところから何何君ってカメラマンの名前なんでしょう、を呼んだ声がして、
「え?え?え?ちょと、××さんも降ろされたんですか?え?ちょっと?ちょっと?」
 と声をかけるんですが、その奥に雑木林みたいのがあって、そこをスッと女性がよぎった気がした、
「あ!××さん、××さん、どうしたんですか!やっぱり××さんも降ろされたんですか!」って言って、斜面を降りて行ったんですよ、画面も揺れて、
「え?え?でも××さん、××さん、呼んだでしょ?あれ?間違いなく××さんだったけどなぁ今の声。え?どうしたんですか?どうしたんですか?」と言ったら、ちょっと奥の木々の向こうから、足が見えてて、え?と寄ってみたら、死んでるんですよね、たぶん、その人。
 助手席の女性なんですけど、たぶんですけど、だらーんとした感じで木に背中を預ける感じで座っている。
「え!え!え!ちょと!××さんはそういうことしない、そういうことをする役割じゃないんじゃないですか?」ってカメラマンが動揺して。足元に薬がいっぱい散乱して。ペットボトルも転がっていて。
「え?ちょ、なんでなんでなんでなんでなんで?××さんはそういう役割じゃないでしょ」ってずっと言っている。
「え?おかしいって、おかしいって、なんでなんでなんで?今日に限ってなんで?いやちょっとちょっとちょっと、やだやだ
「やばいやばいやばい、ちょっ、戻って連絡しなきゃ、これはおかしいよ、××さんはそういう役割じゃないんだから、××さんが死ぬのはおかしいよ」って言いながら急いで戻って、走って、道路に戻った、
「え?え?え?どうなってんのどうなってんの」
 それで道路のちょっと先を見たら、向こうに自分たちが乗ってきたワゴン車が止まっている、
「あ!止まってる止まってる!大変です!大変です!」って車に近づいたら、運転席に人が座っているのが見えたので
「大変ですって!やばいんですって!」と窓ガラスをガンガン叩いたら、窓ガラスが開いて、運転手が
「どうしたの」って普通に話しかけてくる、
「いやどうしたのじゃないですよ!××さんが死んでるじゃないですか!」
「え?死んでる?なんで?」
「な、なんでって!なんでって!いや薬飲んで死んでるんですよ。たぶんあれ、あれでしょ?何かあったときのための予備の薬でしょ?あれ飲んだんでしょ?あれ飲んで死んじゃってますよ、おかしいですよ、確か教祖の○○さんの説明では、女性は、そういう役割じゃないから、そういうのは一切ない、死なないって、ずっと導く役だって言ってたじゃないですか、ナビゲーターみたいなことだ言ってたじゃなないですか、おかしいじゃないですか、死んでましたよ、何があったんですか」
「え?え?嘘だろ、そんなことないよ」
「いやそんなことないよって、現に車を降りてるし、降り、え?」

 助手席に、全然知らない女がいるんですよ。

 その女が、座ってるんですけど、顔だけ向こうに向いている、カメラに対して、後頭部を見せている。
「え?ちょっ、ちょっと、ちょっと、その人、その人、誰なんですか?」
「え?あ、この人?この人はさっき、道に迷ったんだって。だから困ったときはお互い様だから、こうやって乗せたんだけど」
「え?は?ん?それで?助手席にいた××さんは?」
「え?何言ってんの?お前」
「いや、何言ってんのはあなたですよ。だから、その人を乗せたのはまあいいですよ、だから××さんをいつ降ろしたのかとか、そういう記憶は無いんですか?」
「……お前、何言ってんの?おかしくなっちゃったの?お前記録係だろうが」
「は?」
「だから、お前記録係なんだから、最後まで撮らないといけないだろうが!」
 そこで車がバーッと走り出してバーン!って木にぶつかるんです。
「うわっ!ちょっ、は?へ?」ってカメラマンは
「は?へ?は?ちょ、え……」ってなって。
 もう木にぶつかってますから運転席が滅茶苦茶になって、助手席には誰もいないんです。
「ふあ、はぁ」ってたって、仕方がないのでもう「だれかー!」って大声出すんですけどそんな山の中誰も通らない、

 そこでまた画面が真っ暗になって。

 伊藤さんたち、
「えー、これどうなんの」って見てたらまた始まりまして、カメラマン、そこで待ってるんですね、警察かなにかに連絡したのか。
「どうなってんのか解んねぇよぉ」、カメラマンの嘆きの声がしたら、遠くからパトカーや救急車の音がして、こっちにやってきている、
「あぁよかったよかったよかった」ウーウー
「あぁこれどうしようかぁ、○○さんにどう説明すりゃいいんだろうなぁ、訳わかんねんぇなぁ、どうしたらいいんだよぉ」
 そこで明かりも多くなって、あぁよかったよかったと。警察も救急もわーっとやって来て、
「あぁ、よかったよかった」って言って、そこで初めてカメラを自分の方に向けて、
「これでちょっと、撮影を終えようと思います」
 プツ、シャーって画面がなって、終わった。

「えー、なにこれ」と伊藤さん、気がついてるんですよ、
「いやいやいや、見た?みんな、今の、最後のところ」
「見たよ、パトカーと救急車が」
「いやいやいや、ちょっちょっちょっ、見なよ」
 巻き戻して見せた。
 カメラマンが自分を撮して
「これでもう今回ちょっとすいません、終わらして、後でいろいろ話をしたいと思います」って言ったとき、カメラマンの真後ろに背を向けた女がいるんですよ。
 真後ろですよ。
 たぶんこれ、体当たってるはずなんですよ。
 でプツッと終わったから、これ普通に終わったのか解らない、
「え?え?え?え?え?」ってなって。
 みんなが
「え?え?え?は?お?なに?」って。
「なんなのこれ?」
 みんな気持ち悪いんですね、
「え?マジなの?やらせなんじゃないの?」
「いやこれ合成でやるの難しいよ、車マジでぶつかったもの」
「いやいやいやいやいや」
 買い出しに行ったみんな帰ってきた。
「おー、おつかれ、どうだった?怖かった?」
「怖いですよ!」
「え?これ、嘘でしょ?その「サカイさん」って人がスタントマン雇って作ったんじゃないんですか?」
 先輩達、すごい静かになっちゃって。
「いやぁ、そのぅ、その、カメラマンな」
「へ?」
「最後に顔が映るだろ、カメラマンの」
「あぁ、最後の最後に映りますね」
「あれ……あれ、うちのサークル出身者なんだよ……OBの人で」
「え?え?」
「いや、あのぅ、ちょっと、まぁなんていうか、その、ヘンな宗教みたいのに入っちゃって、まぁ、ちょっといま、全然行方とか解ってないだけど……最後にその人が映ってるしさ……」
 シーンとなって。
「え?ん?行方不明ですか?」
「うん、あの、びっくりして、ビデオ見て知り合いとかにもその場で、あいつどうなってんのって電話したら、解んないって。そのヘンな宗教に入ってから、その宗教自体も解散したとか言われたし……」
「その「サカイ」って人は、なんで送ってきたんでしょうね」
「いや、たぶんなんだけどな、こいつね、カメラマンだった奴なんだけどね、履歴書に全部書く奴だったと思うんだよ、どこの大学のサークル入ってましたとか。で俺も、その、やべぇ掲示板で会話してるとき、たまたま俺はこの△△大学のサークルのOBで、後輩とかと見てるんだけど、って書いたときに、あぁこいつ、(カメラマン)の知り合いなんだなーって思って俺に送ってきたんじゃないかなってね、その「サカイ」って奴は」
「「サカイ」って奴はやばいよ。何持ってるか解らないよ」
「ねぇ」
「だから俺はもうこういったアングラの世界には一切踏み入らないよ。これは合成かもしれないよ、がんばれば出来るから、あるいはいろいろ仕込んでやったかもしれない、でも俺はもういいよ、これ以上真偽は確かめないよ、俺はもうこういう残酷映像とか心霊映像とかの世界から足を洗うよ」
「足を洗いましょう!」

 もんのすごい健全なサークルになったそうです。

禍話 「THE禍話 第12夜」2019/10/09で語られている「死んでいくビデオ」を朗読しました。喋りやすいように内容を少し変えています。
https://youtu.be/diBwX9vhRjE の原稿となります。
twitcasting版
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/571508182 の55分あたりから、 YouTube版
https://youtu.be/C_FihUkUPm4?t=3342
YouTube単話版


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