正確と違いのグラデーションについて:トイレには行かない方がいいんじゃないかなぁ、というお話

 トイレには行かない方がいいんじゃないかって話なんですけどね、はっきりしない、不安定な友達の家のトイレには行かない方がいいんじゃないかと思うんですよ。

 話を持ってきたのはAさん男性で、小学生のときのことだというんです。
 小学生の時、クラスの友達で、仮に斉藤(サイトウ)くんとしますけど、普段サイトウくんとは全然話をしない、お互いに接点がなかったんですけど、あるとき休み時間中にいつも仲が良い友達にマイナーな特撮ヒーロー物の話をしていたらサイトウくんが
「お前も知ってるのか!」と話しかけてきましてね、少し話をしてみたらとても詳しくて、その後の休み時間中もずっと話していたんですけどまだ話したりなくて、サイトウくん
「うちに来いよ!本いっぱいあるんだ!」と言ってくれました。
「行く行く!」と即決し、家までの行き方を聞きまして、一旦家に帰ります。
 お母さんに
「今日サイトウの家に泊まる!」と許可をもらいまして、今の若い人は知らないでしょうけど、当時は緊急連絡網の他に、全生徒の名簿が配られていたんですよ、みんなの電話番号だけでなく住所も書かれていたんですけど、改めて名簿でサイトウくんの家の住所を確認して、お母さんに行き方を詳しく教えてもらったんですが、そのときお母さんが
「ふうん、お金持ちのところなんだ」と言いましてね、Aさん出発しました。
 ちょっと離れているので自転車で行きまして、どんどん進むとやはり子供でもお金持ちエリアだなというところに入りまして、あとはサイトウくんから言われた道順を思い出しながら進んで、
「おぉ!お金持ちの家だ!」と到着しました。
 ベルを鳴らしてサイトウくん出てきまして、
「よぉ、入れよ」と中に入れてくれます。
 中ではサイトウくんのお母さんが歓迎の準備をしてくれていまして、美味しいお菓子を食べながら自己紹介だの学校でのサイトウくんを言ったりしまして、と言っても仲良くなったのは今日ですから視野の片隅の印象を好意500%増しくらいにして言うんですけど、子供のことですからそれでオッケーなわけです。
 ただ、おかしなことに、お母さんはサイトウくんのことを〝ケンタ〟って言うんです。サイトウくん、名前は健一(ケンイチ)のはずなのにずっとケンタと言っていて、サイトウくんも普通に返事しているんです。
 お母さんとの面接も終わってサイトウくんの部屋に行きまして、サイトウくんが本棚から出した特撮ヒーロー設定集を出してくるんですけど、まず名前の〝ケンタ〟について確認をしたんですよ、すると
「母さん昔からああ呼ぶんだよ。前は違うって言ったんだけど、もう諦めたよ」とのこと。
 それを聞いて、家族間での愛称みたいなものかな?と思って、ようやく二人で設定集を読み始めましてね、サイトウくんの解説を聞きながら凄い凄い言ってたんですけど、さっきジュースをガバガバ飲んだからトイレに行きたくなりまして、部屋を出てトイレに行きましたら、お母さんがトイレのドアの前に立ってぼんやりしているんです。
(あれ?どうしたのかな?)と思ったんですが、お母さんもすぐAさんに気がついてニコッとして向こうの部屋に行きまして、そのときはそれ以上思わなかったんですけど、また二時間くらいしてトイレに行きたくなって行ったら、またお母さんがトイレの前に立ってるんです。
 お母さんまたAさんを見るとニコッとして向こうに行くんですけど、(なんか変だな?)と。
 夕方になって夕ご飯ご馳走になって、サイトウくんが持っているヒーローのDVD を見まして、またジュース飲み過ぎてトイレに行きましたら、またお母さんトイレの前に立ってるんです。
 さすがにおかしい、なんか嫌だなとは思うんですが、ひょっとして自分のトイレの使い方に神経質になっているのかな?と思って、だったら申し訳ないなと思う反面、嫌だなぁと反発する気も押さえられなくなるんですけどね、さすがに友達の家ですからそんなことを言うわけにもいかず黙っていたんですが、泊まって、真夜中にトイレに行きたくなって行ったらまたお母さんが立っている、
(うえぇっ!怖っ!)と思うんですが、お母さんのほうは嫌な顔一つせず、ニコッとしているんですよ、嫌なことを言うこともなく。
 自分を歓迎してないのかとネガティブな方向で訳が解らない。
 朝になりまして美味しい朝ご飯をいただきまして、もう帰るだけだとトイレには行かず、サイトウくんに送られて家を出たんですけど、自転車で帰る途中忘れ物をしたことに気がつきまして、引き返したんですよ。
 もうすぐ自分の家に着くというときに忘れ物に気がついたんで、引き返してサイトウくんの家に戻ったのはもうすぐお昼になるかという時間で、到着したらちょうどお母さんがどこかに出かけるようで、家から出てきたところだったんです。
「あらAくん、どうしたの?」
「すいません、忘れ物をしたんで取りに来ました!」
「あぁ、やっぱりあれAくんのだったのね、ちょっと待っててね」
とお母さんまた家の中に入って忘れ物を取りに行ってくれたんですけど、そのときAくん、無茶苦茶変なことに気がついて、目を見開いたんですって。
 来たときには気がつかなかったんですよ、その家の表札、解りやすい白地に黒い字じゃなくて、塀と同じ濃い灰色の石に薄い灰色の文字が刻まれていたからぱっと見では解らなかったんですが、「佐藤」と刻まれていたんです。
 いや、これでもサイトウと読むのかもしれませんけど、学生名簿には斉藤って書いてあって、普段みんなが呼ぶのもサイトウです、
(え?どういうことなの?佐藤が正しくて斉藤は間違い?え?え?)と混乱していたらお母さん忘れ物を手に戻ってきまして、渡してくれたんですけどね、
 渡してくれて、Aさんの顔をじっと見て、
「ケンイチはね、流れて行っちゃったのよ」って言ったんです。
 Aさんゾゾーっとして大声で
「はい!そうなんですか!」とだけ言って、忘れ物を籠に入れて、自転車をダッシュさせて家に帰りましてね、翌日サイトウくんに会ったとき
「お前、サイトウだよな?」と大声で確認して、
「え?当たり前だよ、何言ってんだよ」と言われて、
「うん!なんでもない!」と言って、で卒業するまでもうサイトウくんの家には行かなくて、中学生になってまた疎遠になって、何が何だか解らないままなんだそうです。
 サイトウくんは学校で自分の名前を書くとき斉藤と書いていますし、郵便や宅配で表札が佐藤でも斉藤宛のものは問題ないのかもしれませんし、佐藤 方 斉藤となっているのかもしれません、そういう詳細不明な友達の家に行ったとき、トイレにさえ行かなければ何も不思議に思うことはないのかもしれません。
そういう不安定な友達の家では、トイレには行かない方がいいのでしょう。

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