耽美幻想の家:トイレには行かない方がいいんじゃないかなぁ、というお話

 トイレには行かない方がいいんじゃないかって話なんですけどね、存在しないトイレには行かない方がいいんじゃないかと思うんですよ。

 話を持ってきたのはA君男性で、その界隈ではちょっと名が知られているんですね。
 そのA君のブログに目をつけた人が
「うちに来て欲しい、見てもらいたいものがある」と連絡がありまして、ちょっと遠いんですが交通費も宿泊も面倒みるから来て欲しいと。
 依頼主のことを検索しても情報がないんです、まぁ行くんですけど警戒して周囲に「ここに行ってくる」と触れ回りまして、何かあったときのために備えます。
 朝一番に電車に乗ってお昼前に最寄り駅に着くってときにD君からメールが来まして
「お前、あそこに行くんだって?」
「ああ、もうすぐ着くよ」
「前から行きたいと思っていたところなんだよ!これから行くから俺も入れるように言ってくれよ!」
「やだよ、仕事だよ」
「頼むよ!さもないと!」
 A君の恥ずかしい話をみんなに広めると言います。
 ウンザリしてやりとりを切りまして、駅から依頼主の家に向かうんですけどね、近づいて解る、豪邸なんですよ。
 門をくぐって玄関までもきちんと整備されていて、気を配っているお金持ちだと解ります。
 ベルを鳴らしてメイドさんに名乗りまして、家主と挨拶を交わして、今晩泊まる部屋に連れて行かれまして荷物を降ろしましてね、
 荷物を解いているときにD君からまたメールが来まして、D君がこの家に来たがっている理由、雑誌の一ページが送られてきました。
 スマホでは見づらいので持ってきたタブレットに転送して読んでみますと、この家で真相不明の人死にがでたという記事です。
 この家まえ来る道の、切りのいいところから門まで、門から玄関まで、玄関から入ってすぐ見える部屋まで詳細に書かれていまして、なるほど書いた人はここを知っているようです。
 昔この家のトイレで人が死んで、自殺か他殺か謎だという未解決事件だという内容です。
 その死に方も、首つりで、発見されたときは死体が左右に揺れていたというんです。
 D君から送られてきたのは一ページだけで、記事はその後も続いているのですがA君にはそれ以上のことは解りません、この家のトイレで絞殺された人がいた、それだけで、真相を究明をしたい理由も次のページに書かれているのでしょう。
 見出しのところにライターの名前は書かれてますが特徴のない名前なのでこの雑誌の常連でなければ誰だか解らないですし、このページ一枚しかないので雑誌の名前も解りません。
 タブレットをしまい、見てくれと言われたところに連れて行かれるんですけど、招待された人はA君だけではなく、他にも何人もいるんですよ、紹介されて挨拶していると、この家の娘さん二人もやってきて紹介されました。十歳と五歳の美少女で、十歳は黒いゴシック服を、五歳は赤いドレスを来ています。
 二人とも、お付きのメイドさんの監視下で、客から要望を受けてポーズをとっての撮影会が始まります。
 昼食の時間になり、食べ終えますとメイドさんに呼ばれまして
「A様のお連れ様がお見えになりました」
 D君の到着です。
 D君を引っ張って庭に出て
「本当に来たのかよ」
「迷惑はかけないよ、問題のトイレを撮影したらすぐ帰るよ」
「カメラは胸ポケットか。でそれ以外は手ぶら?」
「駅前に車を置いて、その中だよ。この屋敷からティーカップとか皿とか盗むんじゃないかと疑われたら困るからな、最初から手ぶらだったらそこは安心だろ」
「けどな、お前、あの記事はおかしいだろ、間違いだろ」
〝この〟家にはトイレがないんです。
 好美のぼるという人が描いたマンガで「あっ!この家にはトイレがない!」という作品があり、映画化もされましたがそういうことではなく、
 A君の呼ばれた理由を種明かししますと、この家の主人は代々人形収集をしていて、アンティークドールや現代作家の優れた人形を集めているんです、そういうコレクターって人形のサイズに合わせた家具も集めて、人形の日常のように撮影をすることがあるんです、この家はお金持ちですので小道具にもお金をかけて本格的なんですが、今の当主はさらに進めて、人形の部屋を現実の人間用に再現した部屋を集めた家を庭に建てて再現したんですよ。
 人形がポーズをとっている部屋と全く同じ実寸版の部屋にあって、娘さん二人が順番にポーズをとって撮影されるんです。もちろん値打ち物の美しい人形と、よく出来た人形の小道具と実物のアンティーク小物、部屋の作りや雰囲気センス、そして美少女二人という、なかなかの、重層している幻想耽美の世界です。
 一階は玄関プラス三部屋、居間とダイニングと浴室、二階は四部屋、書斎と寝室と子ども部屋二つ、合計二階建て七部屋です、それぞれの部屋で人形世界が再現されているんですけど、トイレはないんです、幻想耽美の世界に浴室はあってもトイレを採り入れるのは難しいでしょう、それにもともと人を住まわせるための家ではありませんのでトイレは必要ないし、電気ガス水道も敷いていません、本当に趣味のための家なんです。
 それをその道では名の知られているA君や他のコレクター達に見てもらって意見(という名の賞賛)を言ってもらおうという趣旨なんです。
 なので「この家のトイレで縊死した人が」って、母屋だったら解るんですが、来るまでの道のり、門からの見晴らしだけでなく、玄関を入ってから見える描写がこの人形世界の家なのですから、人死にの現場が母屋というのはアンフェアでしょう、なので実際にここに来たA君にとって、この記事はおかしいと言わざるをえません。
 しかしD君、それを言われてもニヤリと笑って
「お前に解ることで俺には解らないことがあるように、俺には解ることでお前には解らないことがあるんだよ」とうそぶきます。
 へーと思って二人してまた人形の家に入るのですが、D君迷わずに階段を上がります、A君もついていこうとしたんですが他の客から話しかけられまして、そっちに応対しましてね、十分二十分で話が終わって二階に行くんですが、D君、どこにもいません。
 身を潜めるところなんてないんですよ、押し入れなんてありませんし、タンスも成人男性が入れるものではない、ベッドの下にもいません、どこにもいません。
(あれ?外に出たのかな?)と庭を見てもいませんし、外に出て門の方を見てもいません、
(あら)と思って電話しても出ませんし、メールを送っても返事が来ません。
 どうしたんだろう?と思うのですが、どうしようもありません。
 また人形や調度品の観察に戻りまして、外もだんだん暗くなってきます。
 そういえば奥様が
「今の時期はこの部屋から見える日の入りが綺麗なんですよ。今日は天気が良くて、運がいいですね」と言っていたのを思いだし、他の客が皆母屋に行ったので一人で日没を見ましてね、
 日が完全沈んで、この家には電気が来てないんです、暗い部屋から暗い廊下に出たら、向いの部屋からの灯りが足下を照らしましてね、見ると十歳の娘さんとランプを持ったお付きのメイドさんが出てきます。
 娘さんは黒いゴシック服を着ているので暗闇に黒かと戸惑っていたんですが、人形を三体抱いているのが解りました。
「あぁ、どもども」と言いながら、
「人形を部屋に連れて行くのですか?」と聞いてみましたらメイドさんが
「泥棒に入られたら困りますから仕舞うんです」。
 なるほど。
 ついでだとばかりにメイドさんに
「私の連れを知りませんかね」と聞きましたら、メイドさんが口を開く前に娘さんが大声で

「ぶーらぶら!」

 と言って、小走りに歩き出すんですけど、階段を上がっていくんですよ。メイドさんも会釈して二階について行きます。
(え?泥棒に入られたら困るんじゃないの?)
 電気が来てないのですから防犯設備もないと思うのですよ、監視カメラならバッテリー式のがあるでしょうけど、窓ガラスを割られたら警報が鳴るとか警察に連絡がいくとか、そういう設備は電気が必要だと思うのです。そういうのはないと思うし、泥棒が手を出せない堅牢な箱もなかったような気がするのですよ。
 解らないのですけど、付いていくのも変だし、ランプも懐中電灯も持ってないから見えないしで、そのまま母屋に戻りました。
 時間が来て夕食をご馳走となり、他の客と一緒にコレクションや調度品や家の感想を言って、ご主人もご満悦なんですが、まさかあの記事のことを聞くわけにもいきません。
 そのまま就寝となり、朝になり、朝食をご馳走になり、また人形の家に入ってメイドさん達が準備していた人形を見て、それで解散となりました。
 それ以来D君とは連絡が取れなくなり、行方も解りません。

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