禍話リライト「井戸っぽいもの」

 行きたくもない山には行かない方がいいんじゃないかって話なんですけどね、言いだしたのがみんなから(うわ、またこの人かよ)と思われている先輩が言いだしたことなら、なおさら行かない方がいいと思うんですよ。

 話を持ってきたのはA君、大学生なんですけど。
 大学のサークルってのは真面目なサークルと真面目でないサークルとがあって、この真面目でないサークルもまた、名称ははっきりしているんだけど実態がただのお遊び程度だというのと、名称からしてなんだかよく解らない、そして何やってるかもよく解らなかったり、そのときそのときのノリで真面目にやるってものとがあるんですが、
 後のほうの真面目でないサークルってのは入るときも辞めるときも届けなんて出さない、なんとなく足を踏み入れて嫌でなかったらまた来る、それがずるずる続いてメンバーと見なされるとか、辞めるときも「よし、辞めよう」だなんてことよりも、他に用事があったり、なんとなく行かなくなってそのまま疎遠になることがよくあって、まぁ一番素朴な人間関係のありかたに近いですな。
 こうなるとサークルに入ったというよりも、たまり場に通うようになったというのがより正確なのかもしれません。
 A君が足を運ぶようになったサークルはその類いのものです。

 ある日A君が部室に行くと、先輩が一人だけいてA君の顔を見るなり
「よし、行くぞ」と言いだした。
 なんのことか全く解らないA君が聞き返しても、先輩は山に行く山に行くと繰り返すだけ。
 もうこの時点でおわかりでしょうが、この先輩、みんなから
(まぁたこの人だよ)と思われる人でして、なんとか
(まぁたこいつだよ)とまでは思われないギリギリの先輩扱いをされている。
 それでも迷惑がられているのは変わらないのですが、本当に用事があるのでなければ突然「行くぞ」と言われて断れないA君、渋々、思い切り嫌そうな表情をするんですが、
(もぅしょうがない)と諦めの境地で付いていく、そういう先輩なんだそうです。
 で山に着いたのですが、その山がどんな山なのか、どんな行く価値があるのかは一切説明されず、
「大丈夫大丈夫、俺はここに詳しいんだ」と説明にならない説明で打ち切られ、A君心の中で(そういうところだぞ)と毒づいている。
(やだなこの人)(言い方ってものがあるだろう)
 到着して、観光地なんで置かれている地図を手にして、とりあえず見晴らしのいいところまでどれくらいかなと見ていると、先輩が脇道を指さして
「こっちが近道なんだよ」と言い出す。
 ホントかよと地図を見ると、確かに近道といえば近道っぽいので反論ができず、ぞろぞろと脇道を歩くのですが、だんだん藪っぽくなってきて(獣道か?)とウンザリしながら歩き続けると、「あれ?」思わず声が出た。
 地図にはこの先に井戸みたいなマークがある。
 え?なに、建物でもあったのかな?んー、解んねぇな。
まぁともかく、井戸みたいなマークがあるってことは、井戸みたいなもんがあるってことかね?
 井戸のマークってこんなんだっけ?
 地図の記号を知らないA君は疑問なんですが、
「ねぇよ」
 先輩が言う。
「この辺に井戸なんかねぇよ」
 そんなにキレなくてもいいだろうに。
 確かにこんな藪の中で地図を見ているから別の形なのかもしれない、違うマークなのかな。それに遊歩道を外れてショートカットしていて、地図の今歩いているところに道の表示がないんだし、自分の地図の読解能力だって怪しいもんだし。
「でもやっぱり井戸のマークに見えるけどな」とA君が独り言を言って、もう一回
「でもやっぱり井戸のマークに見えますけどね」と先輩に言うと
「井戸はねぇよ」。
 先輩はとにかく「井戸はない」にこだわる。
 古い地図なのかな?いや、この地図って遊歩道の入り口に、ご自由にどうぞって置かれていたものだから、古くはないだろう、それに井戸のマークがあったら井戸があるってことだろ。
 後になって思えば、正規の遊歩道から外れているところに井戸があるというのがおかしい、登山中喉が渇いたとしても、わざわざそこに行って水を飲む人もいないだろうに、そのときは気がつかなくてただ(なんだろうなぁ)と不思議がるだけで。
 それを先輩が
「ねぇよ」と頑なに言ってくる。
「この前来たとき、一ヶ月前はなかったよ」
 へぇ、来たのか。
「来たときはなかったし、カード入れも落としてねぇよ」
 ……ん?なんか変なこと言ったな?
 井戸はなかった、まではいいんだけど、カード入れを落としてないってなんだよ。なので
「どこに?」と聞くと
「なにが?」と先輩。
「先輩、いま訳の解らないこと言ったじゃないですか。井戸はなかったまではいいですよ、でもカード入れ落としてないってなんですか」
 すると先輩
「あー!」と面倒くさそうな大声を出して話を打ち切ろうとする。
 これ、相手がA君より年下だったら
「お前、主語と述語と、5W1H をちゃんと入れて話せ」と言えるのだけど先輩だからそこまで言えない、脱力して(もー)と心の中で思うだけでこれ以上話を続けない。
 ところが目の前に井戸が現れた。
 超井戸、誰が見ても井戸、地面から突き出している円柱の物体、これを井戸と言わずして何を井戸と言うのか…とは言い過ぎで、地面から突き出た円柱の物体を遠くから見ているだけなので、中に釣瓶があるのかとか、水があるのかまでは確認ができない、確認ができないうちは、ひょっとしてゴミ捨て場とかゴミの焼却設備かもしれないし、単に土管が刺さっているだけかもしれない。
 思考を良識的に働かせているA君の頭には可能性一覧がちらつく。しかし先輩にウンザリしているので、
「井戸あるじゃないですかー!」と大声を出した。
 しかし先輩
「あれは井戸じゃねぇよ」と一蹴し
「なんでお前はあれが井戸だと思うんだよ」。
「いやどう見たって井戸に〝見える〟でしょ」と半笑いくらいで呟く。
「あれは井戸じゃねぇし、俺はあの中に物は落としてないから」
 先輩の否定に(何言ってんだこいつ)ともう内心でもこいつ呼ばわりを始めたA君、(あ、カード入れって、そういうことかな)
「じゃ井戸かなと思ってあそこを覗き込んで、そのとき物を落としたんですか?先輩は実際に見て井戸じゃないって解ったんですか?」と聞くと…でも答えてくれない。
「行くぞ」とだけ言って先に進もうとする。
 もううんざりするのだけど、さらに先輩、帰りも正規の遊歩道ではなくここを通ろうと言い出す。
(嫌だな)と心の声。だんだん日も落ちてきたし、目的地に着いたらもっと暗くなるだろうし。
 勘弁してくれよと思いつつ、帰りもこの井戸らしき物を見ることを考えると一段と正体を知りたくなった、先輩は井戸らしき物を見たときから「そっちには行くな」と言わんばかりに距離を取ってショートカット先に進んでいたのだが、A君井戸らしき物に近寄ってみた、
 先輩は「おい、よせ!」とか言ってるんだけど無視してばーっと走ってフチを覗いてみると、

 井戸ではなかった。

 地面が見える、それも浅くて、円柱が突き刺さって地面に手が届く。やっぱりゴミ捨て場だったのか?知らんけど。
ともかく井戸ではない。カード入れだかなんだか知らないけど物を落としてもすぐ拾えるだろう。
「先輩、確かに井戸じゃないですね」
 顔を上げて言うと先輩ドン引きしてA君を見ている。
 え?なんで?と思って
「だから地面の中掘られてなくてすぐ地面が見えるし、先輩もカード入れ拾えたんでしょ?そんな訳の解らない言い回しをすることないじゃないですか。井戸だと思ったら井戸じゃなくてびっくりした、というだけの話を、なんでそんな遠回りに言うんですか」
「え……ほんとに…井戸じゃなかったの……」
 急に敬語だか丁寧語になる先輩。
「井戸じゃなかったの……いどじゃなかったの……」
「井戸じゃないですよ!だって、中を見てから改めてこれ見ると、井戸じゃないの解るじゃないですか。これコンクリだし」
 しかし先輩子供みたいなことを言いだして
「でも、ぼくはおとしたんだ」
 なんで〝ぼく〟とか言い出してんだ。
「ぽちゃんっていったんだよ」
「いやいわないでしょ、滅茶滅茶ぬかるんでたって水音はしないでしょ、なん、え?」
「いや、ぼくはおとしたんだよ」
 いやいやいやいや、何言ってんだ。おかしくなってきた。
「解りました解りました、いいからいいから、行きましょ行きましょ行きましょ」
 ちょっと歩く。先輩の肩を押して促す。ちょっと歩いた。
五メートルくらい歩いたら、井戸の中から何かぼそぼそって声が聞こえた気がして、二人とも恐怖に駆られて走って逃げた。
 その声、先輩の名字だったんです。
 そして井戸らしき物の中から先輩のフルネームを呼ぶ声がしてきたんです。
「うわーっ!!」と二人して逃げて、遊歩道に合流して走るのを止めてたが先輩は何も言ってくれない。
 なんにも言ってくれない。
 何も言ってくれなくて、先輩、そのまま遊歩道下って行ってしまった。
 なに!ここで解散?!
 驚いていたら、時間的に山に登っていた人が降りて帰ってくる時間だったようで、上から何人も降りてきた。
 話し好きの感じがする人がA君を見て
「あら、あんた、上で会わなかったね」
話しかけてくるので
「いや、変なとこ通ったんですよ」と脇道を指さすと
「いやここは通っちゃダメだよ」と言い出す。
「あそこ公園を作る予定だったんだよ、人がもっと来るように集客の施設作ろうって。展望台だっけな、でも子供が何人もいなくなっちゃったから作るの止めたんだよ」
 気持ち悪いこと言うなー。
「子供が何人かいなくなっちゃって、解らなくなっちゃって、もうずいぶん前に建設中止になったんだよ」
 A君地図を出して
「あの、このマークって、いったい何なんですか?」
 藪を出てよく見たら、井戸のマークじゃなかった。米印、※だった。
「え?あ、※か、なんですか?この※」
 聞くと、
「あー、それ、そこが一番危ないってことだよ」
「ちゃんと書いてくださいよ!」
「うーん、時々行っちゃう人がいるんだよねー」
「はい!」

 それから先輩はA君を連れ出さなくなったそうです。

 ……土管…地面に突き刺さった土管…
禍話リライト「水の祖母」
https://note.com/tiltintinontun/n/n3b1c027b621a

twitcasting版
シン・禍話 第二十八夜(没ネタも話しちゃうよ)2021/09/25
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/702819147 11:32当たりから

YouTube単話版
【井戸っぽいもの】出典👉シン・禍話 第二十八夜没ネタも話しちゃうよ 禍話 @magabanasi ツイキャス
https://youtu.be/4G94iHOK58c

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