百鬼夜行?:トイレには行かない方がいいんじゃないかなぁ、というお話

 トイレには行かない方がいいんじゃないかって話なんですけどね、百物語をやっている最中にトイレには行かない方がいいんじゃないかと思うのですよ。

 話をもってきたのはA君男性で、学生の暇をしていた時の話だっていうんですよ。
 当時A君はネットの怪談サークルに入っていまして、出来のいい話悪い話を問わず楽しんでいたんですけど、主要メンバーの一人B君が突然
「親戚が牧場持ってた」
って言いだしたんですよ。
 かなり胡散臭い仕事をしていた親戚が突然死してしまい、その遺産を調べていたら、辺鄙なところに牧場が登記されていた、調べに行った人曰く、動物がいた形跡は一切無し、建物はきちんとしていた、たぶんだけど牧場にまつわる詐欺をしようとしていたんじゃないかと。
 そんな場所誰も欲しがらないし、二束三文でも売れなくて、当然税金もかからないしと押しつけられた人も放っておくことになった、と聞こえてきまして、
「ここで何かイベントやらない?」
となりまして、やるとなれば百物語だろうと。
 結構盛り上がりましてね、A君も参加を表明して、計画が立てられました。
 実際計画を立てると、百物語ですから百話話すわけで、一人五分で間断なく続けても五百分かかります、六十で割って8.33時間かかる、夜の八時に始めて早朝四時半、他にも細々することがあるでしょうから九時間以上必要なわけです。
 それだけ保つロウソクも必要ですし、食べたり飲んだりしたトレイやビニール、ペットボトルを回収する袋だのを計算したり見当をつけたりと幹事を引き受けた人は大変だったでしょうが、それでもみんななんやかんやとがんばりまして、当日を迎えました。
 車を出す人が乗せる人を担当したり、ルートが合わない人は交通機関を乗り継いで駅で集合したりして、みんなお昼に集まりました。
 細く未舗装の山道を数時間掛けて登り、特に問題もなく牧場に到着します。
 まず大きな建物があって、事務仕事をしたり来客を迎えるためのようで、かなり立派です。その前に広場みたいな駐車場があってみんなそこに停めるのですが、まぁ牧場を建てるときの工事車両も来ていたのでしょう、何の問題もありません。
 建物に入り反対側の扉を通って、正面が牧草が生い茂げり遠くに見える山、左側に従業員が寝泊まりする建物があり、厩舎は正面を十分ほど歩いたところにある、そこで百物語をやると説明されました。
 このイベントのために、この日と次の日の二日間だけ電気と水道を通し、トイレは寝泊まり建物か母屋を使うことになります。気分が悪くなったりした人は雑魚寝だけど従業員用建物で休むことになります。
 と説明を受け、数十人がぞろぞろと厩舎に向かい、百物語だけでなくバーベキューとか準備をして、日が落ちて暗くなり、先に花火なんてやったりして、
 いよいよ百物語が始まりました。

 具合が悪くなる人はいなかったようですが、トイレにはちょくちょく行く人がでます。
 夜も深くなりA君もトイレに行きたくなって従業員用建物に向かうのですが、厩舎から母屋に歩く途中、左手に電気が見えました。
 従業員用建物は右手のはずですし、見えているのはそんなに大きい灯りではありません。来たときに何かあったっけ?見落としていたか?と近づいてみますと、トイレなんです。
 大きさは小さめの公衆トイレで、こんなところにあったっけ?と不思議に思うのですが、A君もそれなりに怪談を見聞きしています、警戒心が起こりましてね、とりあえず入り口まで行こうと近づくのですが、なにやら嫌な雰囲気がぷんぷんするんです、
(これ、入ったらヤバいやつだ)
と心の中ではっきり言うほどのヤバさを感じまして、そのぷんぷんぎりぎりまで行き、中を見ますと、見える部分は普通にトイレなんです。
 しかし雰囲気はどんどん強くなってきて、踵を返し、従業員用建物に行きました。
 トイレで用を済ませて建物を出るのですが、もう灯りはどこにもなくて、やっぱり怪異だったのかと。
 厩舎に着くと、なんだかみんな騒いでいます。
 A君がトイレに立った後、B君がトイレから戻ってきたんですけど、無茶苦茶臭くてみんな驚いたんです。
 そしてB君が。

「トイレに行きたくなって母屋に行ったら、左手に変な灯りが見えた。行ってみるとトイレなんだけど、そこの電気は通してもらったつもりはなかった。電力会社に頼んだのは母屋と従業員用建物の二メーターだけで、ここは関係ないと思っていたんだけど、そうでもなかったのか解らない。
 今晩ここの管理は俺の責任だから、中が変になってないか確認しなければいけないと入ってみたら、別に何もない。
 じゃいいかと個室で用を足し始めたら、突然臭い臭いが起こって、扉の前を何かが歩いている音や気配が始まったんだけど、これが十人や二十人って感じじゃないんだ、行列がずっと続くし、足音も一人一人が普通に歩くんじゃない、不自由なリズムや引き摺っているような足音で、臭いと相まってこれは絶対に見ちゃいけないものだと鼻を摘まんで臭いや怖さに耐えてじっとしていたんだけど、十分か二十分か、時計も見ていなかったから解らないんだけどピタッと音がしなくなって、臭いのほうは鼻が駄目になっているから解らないんだけど、もう大丈夫かと出てきたんだよ。電気もスイッチを切ったら消えたし」
 みんなにしてみれば本当のことかはともかく、B君の体に染みついた臭いが本当なのは解ります、女性達がみんなポーチから香水を出してB君にかけて、香水の複合の香りを押しのけてA君にも解る臭さです。トイレに関する臭さでなく、モノが腐ったような臭いでもなく、一体何の臭いなんだろう?とみんなひとしきり言い合うのですが、百物語の続きに戻り、B君も離れたところにいたんですが、終わる頃には臭いも消えていました。
 B君が怪異に遭った前後にそこを通ったのはA君だけのようで、みんなにとっては
「なんだったんだろうね?」
程度ですが、A君にしてみれば
「あのとき見えなかっただけで怪異は自分に迫っていたのか、もう少しそこにいたら行列に遭っていたのか、どっちなんだろう」
と我が身の幸運に安堵したそうです。

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