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カメカブリ八幡

カメカブリ八幡 大町町の伝説
 奈良時代のこと、養父郡の領主であった壬生春成は夢の中で神の言葉を聞いた。
「西の肥前には分霊が奉安していない。そこで大・小のつく地を探し、大の字のついた村を選んで分霊を奉安すべし」

 春成はしたがって探し始めた。
「わたしは養父郡の壬生春成というものですが、この近くに『大』と『小』の字がついた村がありませんか。」
 出会った人に尋ねると男は頷いた。
「わたしは、あなた様が来られるのを今か今かと待っていました。今日で3日目です」
「わたしがここに来るのを、どうして知っているのですか。」
「ここは、杵島郡の大町という村です。北には花山という所がありますが、そこに四、五日前から白い旗が8本立っていました。もしかすると、花山に八幡宮の霊を祭るために壬生春成様が来られるのではないかと思っていました。それで案内しようと思い、待っていたのです。」

 春成は夢の内容を話すと、男は大町という村と、小田という村があるのを教えてくれた。
 春成は、夢に見た神様の言葉通りこの村に間違いないことを確かめ、宇佐八幡宮の霊を祭った。

 現在、下大町、馬田橋の北東の道沿いに御神体と地蔵らしい二体の仏像が置かれている。八幡大明神の分霊を逃がさないように村の人たちが大きなカメをかぶせたという話が伝わっている。それで、この辺りを「カメカブリ」と呼んでいた。

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