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お綱門

お綱門  博多地下鉄で回る伝説スポット
 
 

 江戸時代の事、藩主が采女という美しい女を大阪から連れてきた。しかし、諫められ城に入れることができなかった。そこで、配下の浅野に預けることにした。
 浅野は妻子を下屋敷に送り、殿様からの預かり者だと本宅に采女を置いた。
 いつの間にか浅野は采女とねんごろになり、下屋敷によりつかなくなった。気づけば采女は正妻のように振る舞うようになっていた。
 
 仕送りも滞るようになり、妻のお綱は娘のひな祭りのために仕送りを頼んで下男を差し向けた。断られ、下男はお綱に合わせる顔がないと首をくくった。
 もう限界だったお綱は娘を刺し殺し、なぎなたを片手に本宅に向かった。

 本宅にいったものの登城中で浅野はいなかったが、お綱のたたならぬ様子に警備のものに切り付けられた。
 お綱は城の門まで来たところで息絶えた。

 それから浅野は原因不明の熱病にかかるようになり、亡くなった。かかわった人々も亡くなった。
 また、門は触れると熱病になるといわれるようになり、『お綱門』と呼ぶようになった。

 その門もいつしか火事で燃え、またお綱さんの住んでいたあたりもよく火事になった。
 近在の人々は、お綱のことをがあわれに思い、作った墓だけが残る。

 
 



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