77. 夢からの脱出。

 オレは7人家族で、5人兄弟の真ん中である。つまり、3番目。公立高校に通っている。2人の姉は社会人と短大生。弟は中1で一番下の妹は小学校3年だ。そこへ父が言い出した「転勤で引っ越そうと思う」「いやもうやめてくれよ。転校ったって、オレやサトシは制服も有るんだからそう簡単じゃない」「お母さんはいいわよ」

という内容の小説を書いている。適当に決めたキャラクターなのに、描いているうちに、アニメ顔では有るがキャラクターが想像できるようになってきた。キャラクターたちがめいめいに動き始めた。筆が進む。

オレ「高校2年で転校とか、やってんねえよな」友人のトオル「ていうか、高校ってそんな簡単に転校できるのか?」オレ「ああできるよ、だってこれは、夢だ」トオル「夢?」オレ「ああそうだよ。夢だ。まだ寝てていいのか?二度寝してるぞ!」

*

ハッと目を覚ました。夢の中の創作物の登場人物に起こされたのははじめてだ。7人家族の小説?結構難しいだろう。目覚し代わりのスマホの時計を見ると、5:27。あわてて飛び起きた。あたりはまだ夜。

目覚しのセットされている時間は、5:00と5:10。スマホ、ガラケーの順に鳴る。両方5分スヌーズを5回ずつセットしてあるが、不思議と4:57当りに自然に目が覚めて、目を閉じたままスマホの画面に手をおいて、アラーム解除の準備をする。

2度目の目覚しがなったら無理にスマホを見て、ニュースなどを眺めて目をこじ開け、遅くとも5:20には着替えを開始する。5:20で明るくなるのは、4月頃だ。時差出勤で7:45に職場に入るためには、K駅に6:30には乗らなければならない。本当はその前の6:23に乗るべきでは有るのだが、冬場は朝が暗いので仕方がない。

一階リビングの隣の和室の布団を出て、用意していた服に着替える。S県に引っ越してきて3年目くらいから、12月から3月まで、靴下を履いて寝るようにした。子供が生まれるまで二階の寝室で使っていたベッドは、完全に来客用になってしまった。ベッドは震災の年に今の家に住み始めたときに購入した安もので、不思議なくらい夏と冬は楽だった。床から20cm浮いているだけで、温度の伝導度が違うのだ。ベッドを使ったとき、生まれてから大人になるまで、床でしか寝起きしたことがなかったことから、なんだか損した気分になった。そして今また損している。

靴下が片方無い。ときどき寝ている間に無意識に靴下を脱いでしまうのである。布団を探すが出てこない。どうするんだこれ?まずい。いやそんなことをしている場合ではない。遅刻する。二階のクローゼット兼、雑多部屋に靴下を取りに行って、別のものにしよう。二階の小部屋には、階段を上がって、長い廊下を進んで、一度階段を降り、部屋の中にカーテンの仕切りがある和室を抜け、その先を右前方向にある階段を上がって…。

いやいやいや、夢だ。これは夢で時々見る、隣接した2軒の古い家をくっつけた、謎の間取りの家だ。玄関が2つ有って、なぜか風呂が3つくらいあるのだ。起きろ。

*

目を覚まして時間を見る。5:15。良かった。まだ大丈夫。着替えて出かける準備を開始する。今日の用事はなんだっけ?資格試験を受けるんだっけ?と考えていたら、電車の時間になってしまったため、あわてて家を出る。

そうだ。今日はゴミの日でもある。ゴミをつかみ、近所の集積所に行くと一番乗りである。ネットを広げ、重しを置いてからゴミを捨てなければいけない。いかん。電車が来る時間まであと8分。ごみ集積所から徒歩で10分、走って7分。走れ。

ぎりぎり、ホームに滑り込んできた臙脂色の電車に飛び乗った。ガラガラの緑の羅紗の座席に座り、かばんから参考書を出して開く。英語の問題はなんとかなるだろうが、専門の計算の部分はちんぷんかんぷんである。職場から、今回はとりあえず受けておけと言われたから受けるだけなので、通らなくても問題はない。

S駅で下車し、バスに乗り換える。会場のF大学まではバスで30分。満員のバスが走り始めると、すぐに止まってしまった。渋滞している。運転手がアナウンスを始める「えー、誠に申し訳ありませんが、F大学までは2時間ほどかかる予定で…」なんだって?試験の時間に間に合わないではないか。

「降ります」「私も」
次々に乗客が降り、走っていく。その風景をボケっと眺めている自分。ああ、降りて走れば間に合うのかもしれない。バスのドアが閉まり、発車した。まあなんとかなるんじゃないかな。約1時間半後、予想よりは早くF大学に到着した。しかし、もうすでに試験は開始されている。バス停から入り口に走っていると、後から声がする。

「もう間に合わねえよ!」
「走ってどうすんだ?おい!」

振り向くと、中高の同級生のSが追いかけてきていた。サッカー部だけあり、熊のような体躯なのに、猛烈な勢いでこちらに向かっている。これまでの経験で、あいつに捕まるとろくなことがない。あわてて速度を上げるが、テキも運動部だけあって早い。追いつかれて背中をどつかれた。

「なあ、走っても無駄やろが」

ああ、夢だ。
Sが出てきている時点で夢だ。試験に間に合わないシチュエーションなんて、何万回も見ていたじゃないか。試験というところで気づかないか、オレ。

*

ゆっくり目を開ける。真っ暗。時計を見ると4:45。ああ、そうか。目覚しが鳴る前に目が覚めたか。こんどこそ現実か?でもまだ15分あるな。もう少し目をつぶっておこう。目覚しが鳴ってから目を開けばよいのだ…。

目を開ける。
明るい。

やってしまった。時計を見ると9:15。2時間の遅刻だ。服を着替え、妻を起こし、何も食べないで家から飛び出した。すると進行方向から車が突っ込んでくる。ジャンプをすると、車をゆうゆうと飛び越し、ふわっと着地。

あー…夢だわ、これ。まあいいや、この世界を楽しんでやれ。

一歩一歩で、飛ぶように進む。いや、飛べるのかもしれない。軽いフットワークで、駅までの道の脇にある石段をどんどん上がっていく。おなじ様に登っている人たちは、ゼエゼエと肩で息をしている。
「これってなんなんですかね?」
道を行く人に訪ねた。
「ハア、ハア、何…って…ハア、マラソン大会、ですよ…」
なるほど。

一人だけ超能力を身に着けているため、ものすごく軽く登ることができる。ひょっとしたら、石山寺?それとも八幡の八幡宮?木々から漏れる日が爽やかだ。

「おいコラ!」
後から声がする。
「インチキすんなやコラー」

振り向くと、そこにはSが。
また来やがった。

「おまえ、なんやおもろい靴使ってんなあ」
Sは、こちらの飛ぶような速さに普通についてきている。やばい。捕まったら、今の能力を奪われるだけでなく、ひどい目に合わされることは火を見るよりも明らかだ。

逃げる。逃げまくる。
頂上につくと、そこには大学が。門をくぐり、階段を駆け上がり、205室のドアを開ける。

「お待ちしてましたよ。もう試験は2教科終わってしまいましたが」

三人分だけ席が用意されており、試験問題が配られた。
「2教科は、後から受けてもらいます。3教科目も、残り時間は15分です」

問題文を読む。なんだか見たことの有るような問題だが、一つもわからない。白紙で出してしまっていいものか。この後の2教科が解ければ良いのだが、それ以前に全くわからぬ。気がつくと、横でSが涼しい顔で問題を問いている。私はわからないまま、適当な解答を記入していく。次から次へと汗がしたたっていく。体調が悪いことにして、退席するべきではないのか…。

いや、夢だ。目を覚ませ、自分。目を覚ませば、試験からもSからも開放される。早く。起きろ。

*

目を開けると、真っ暗の中、目の前には壁のようなものがある。何だこれは。
ああ、バランスボールだっけ。

スマホを起動し、時間を確認する。

2:22。