第二話 『探偵カリゼロ』(下)

 文庫本を3冊持ったおれと、漫画6冊におれの薦めた『探偵ガリレオ』を持ったムッコは、それぞれレジに向かって会計を済ませた。隣で支払っているムッコの会計で「2530円です」と言われているのを見て驚愕する。そうか、100円じゃないものもあるのだ。そしてムッコはスマホを取り出して決済した。あれって、クレジットカードが必要なのではないのか?そもそも、高校生はクレジットカードは持てたのだろうか。いろいろな疑問が噴出する。

「にせんごひゃく、円?」
「それがどうかしたか?普通だろ?」
「ブックオフで?」
「うん、漫画は大体1冊350円だからな、そんなもんじゃないか?」
「お大尽だな」
「は?だいじん?なに大臣?」
「金持ちだなってこと」
「普通じゃん」

話題を変えてみる。

「あのさ、あの辺りに服売ってるじゃん」
「古いやつな」
「いや、古着だから。お金あるんだし、ああいうの買ってみたらいいんじゃないの?」
「いやよ。誰が着たかわからないもん。オーイは平気か?」
「うん、洗濯したら問題ないだろ?」
「え?洗濯してから着るのか」
「普通そうじゃない?ジーンズなんかも新品でも洗濯してから着ないか?」
「上着だったら、1ヶ月位着てから洗濯するけど」

ムッコに服のセンスなんかは無理であったかと、ちょっとがっかりしながらエスカレーターを下る。非常口のようなマークが指を指している壁画が少しかわいい。ただ、これはトイレの場所を示しているだけなのだ。

「で、またマクドナルドなの?」
「うん。それは前回決めたから」
「ポテトだけでいいんだよな?」

見知らぬ女子高生に、毎回たかられるのは不本意だし、その分のお金があれば本があと数冊買える。

「あー、オーイ、いいもんあるから、心配するな」
「え?」

ムッコは、えらく分厚い財布をカバンから出し、そこから何かを取り出した。

「これ、1枚500円。とりあえず6枚で3000円分な」

おれは、ムッコからマクドナルドの1枚500円のプリペイドカードを渡された。

「…おう」
「これで、借りゼロだ。むしろ貸し」

ということは、ポテトのLが300円、飲み物2人で300円として、残り3~4回分は本を買って『ポテトの会』に付き合う必要があるということだ。

「足りなくなったら、また持ってくるから」

おれとムッコは長いエスカレータを降り、居酒屋の呼び込みや薬屋に群がっている人混みを抜け、マクドナルドに入った。前回と同様に飲み物と、ポテトのLを発注し、窓側のカウンターに座った。

「で」
おれは話し始めた。

「前の本は、読めたのか?」
「ああ、読めた読めた。たくさん入っていたから、おぼえてないけど」(※星新一『ボッコちゃん』、第一回参照)
「なんだ、本を読もうと思ったら読めるんじゃないか?」
「おかげで、期末テストの現国は55点だったぞ。いつもより10点ほど高かった」

誤差の範囲じゃねえの、それ?と思いつつ、アイスコーヒーをすする。ポテトは全く手を付けないうちに、残りは1/3ほどになっていた。

「ていうか、ムッコの家は金持ちなの?」
「んーどうだろう。普通だと思うが」
「でもさ、あれだろ?支払いはペイペイじゃないの?クレジットカード持ってんだろ」
「ああそれ、ペイペイは小遣いの半分は送金してもらっているんだよ」
「それから、マクドナルドのカード…」
「あれは、うちの父親がイベント関係の社長やってるから、余ったやつをけっこう貰うんよね」
「へえ」

ムッコはコーラを吸い込み、おれには全くお構いなしに残りのポテトの1本を口に放り込んだ。

「そんで、本棚買ったんだ」
ムッコが嬉しそうにいう。

「2冊で?」
「本棚を、読んだ本で埋めるんだ」
「どういうやつ?文庫本サイズの?」
「そうそうそれ。200冊くらい入るっていう」
「あれな。横に全部詰めたら、棚板の真ん中がたわむんだよ」
「マジで?ダメじゃん」
「あれ、本を買わない人が作ってるよ、絶対に」

おれは、アイスコーヒーが氷だけなったので、氷を少し口に含んでガリガリとかじった。以前はマクドナルドでもコーヒーのおかわりは無料という暗黙の了解が有ったような気はするのだが、いつからなくなったのだろう。ムッコもコーラの氷をかじり、おれに聞いた。

「でさ、今日の本はどういうやつ?探偵とか?」
「あー、あの、湯川教授って知らん?福山雅治の」
「さあ…その人誰?」
「え?福山雅治、俳優で歌も歌ってる人。『桜坂』なんか知らん?」
「しらん。いくつくらいの人?」
「そろそろ50だっけ?」
「あー、母親なら知ってるかもしれんな、それが何か?」
「その福山が、事件を解決するっていう映画が有って、そのシリーズだ」
「へえ」

説明をしても、本当に"のれんに腕押し"という言葉がしっくり来るような会話だ。そうそう、これ、この何とも言えないイライラ感、でもなんか、他人に物を教えるってこういうイライラ感が普通だよな、しかしこれはなんとなく癖になるな。

「あのさ、この…」
「それで、次は…」

「ごめん、どうぞ」

おれとムッコは同時に喋り始めたため、ムッコに譲った。

「次は、春休み中だから、2週間後でどうよ?」
「え?」
「春休みで時間があるから、多分すぐに読める。今日のは次は短編でない、読みやすいのを」
「ええー…」

ムッコは続ける。

「それで、あんまり推理小説って気分じゃないんだよね」
「ええ…」
今回の東野圭吾は、推理を楽しむ小説だ。推理小説が嫌なら、先に言ってくれよ。

「あのさ、”純文学”ってのが読みたいんだが」
「へ?…いや、あんまり詳しくないな、そういうのは…」
「いや、”ジュンブンガク”って、多分難しいじゃん。だから、そういうのが読めるように、特訓してほしいんだよね」
「ダザイとか、アンゴとかかね」
「うーん、ダザイってあれでしょ、『メロスは激怒した』っていう」
「あー、あれ、太宰治だっけ。そうそう。あれって童話かな」
「小学校の頃に聞いた気がするけど、忘れた。なんで激怒してんの、メロス?」
「王に『親友を殺す』とか言われたんじゃなかったっけ」

おれも淡い記憶をたよりに話す。おれも人のことを言えた立場ではなく、小学校の頃に版画の題材で『走れメロス』が使われ、それっきり太宰治の本を手にとることはなかった。

「で、なんで走ってんの?」
「伝令みたいなことじゃなかった?『1日で帰らなければ親友を殺す』とか言われて」
「ああ、そういう話か」
「たぶんな。忘れてるけど」
「羽をつけて飛ぶやつは?」
「イカロス。それは神話」
「へえ、オーイよく知ってんじゃん」
褒められているのか、バカにされているのかわからなくなってくる。

「まあ、ダザイは読まなくていいかなー。古そうだし」
「まあね」
「リューノスケとか言うのはジュンブンガクなの?」
「うーん…そうじゃない?芥川賞って純文学じゃなかったっけ?」
「芥川賞、知ってる。何が受賞してたっけ?」
「…知らんな。ぜんぜん、そっち方面読まないからな、おれ」
「じゃあ読んで。面白そうなの教えて」
「ええ…」

我々は、残った氷をお互いバリバリとかじり、自然にお開きになった。
「じゃ、オーイ、2週間後の土曜日な」
マジかよ…。


登場人物
大井夏樹 会社員。純文学はよく知らない
山本睦月 女子高生。文学っぽいアニメは台詞が多くて苦手
(挿絵は気が向いたら入れます)