6. 6月、栃木 - 諒太

 日が長くなり、まだ明るい夕方。ボクは校庭にトンボをかけていた。トンボとは幅2mくらいのブラシで、運動部が校庭を使った日は、使った部分をならすために使う。昔は俗に「コンダラ」と呼ばれているらしいローラーを使ったそうだが、あれだったら陸上部が使った部分だけでも数時間はかかるだろう。全面を使う野球部やサッカー部ならなおさらだ。

ボクは陸上部である。小学校の時からの、ちょっと変な関係のあこがれであった、同級生のダイキこと中村大樹に連れられて入部した。入部から3年目、ダイキは砲丸投げで県大会入賞ほどに上達したが、ボクは戦力外の中長距離、通称「中長(チュウチョウ)」で、下級生と馴れ合っている。

陸上部にはヒエラルキーがある。最も花形が、400mまでの短距離で、その次に幅跳びなどの「ジャンプ」とハードル、そして「投擲(トウテキ)」の砲丸投げ、その下に中長だ。中長にも、まれに1500mの選手クラスが入ってくるようだが、少なくともこの3年ではそういうやつは一人もいなかった。だいたい運動音痴が中長に溜まる。

ボクたちはバックネット裏のフェンスにトンボを立て掛け、着替えのために1年の教室に向かった。部室は女子が使うため、男子は外から丸見えの1年の教室を借りて着替えをする。誰も見ないだろうが、正直ボクは嫌だ。

「おつかれさん」

下駄箱付近で短距離の2、3年とすれ違う。花形は早々に着替えが終わり、涼しい顔をして帰宅していく。中長の我々は、「きつい」「しんどい」という1年たちをなだめながら、1年1組の教室に入った。教室には、3年が何人か残っている。中に入ってボクは思わず息を呑んで固まってしまった。

ダイキと短距離の山本が、上半身裸で喋っていた。

「ダイキよー、結構筋肉付いたのう」
「おう、毎日腕立て100回やってるからな」

ダイキが両腕を上げ、ガッツポーズのようなポーズを取る。こちらからは背中側しか見えないが、肩の後ろに正三角形を2つ合わせたような筋肉の筋が見えた。正三角形の先には球のような肩と、そこから緊張して骨から離れようと盛り上がる筋肉。すごい。

「腕立てだけでか。ジムとか行って、ベンチプレスやらないと、そういう筋肉付かんのかと思っとった」
「いや、暇さえあれば腕立てしてるからな。砲丸は背中と肩の筋肉がいるから」
「さすが。そこまでできんな」
「毎日スクワットとランニングで足もだぞ。下半身が安定せんと玉が飛ばん」
「なるほどなあ。俺らは足は自然につくからな」
「勉強する時間、無いけどな」

山本たちも笑いながら感心している。短距離、中長などのトラック系は、どうしても下半身に筋肉が集中しすぎてしまう。ボクの場合はどれだけ練習しても、まったくどこにも筋肉はつかない体質なんだけれども。

しかし、ボクは着替えながら、少しがっかりしてしまった。ボクの好きだったダイキの背中は、ああいうんじゃなかった。小学校のプールで見たときに、子供っぽくぷよぷよしていない、骨と肉という感じが好きだった。磨き抜かれた床の間の柱や、高級な杖のような、なめらかな中に節がある美しさがあったのだ。しかし鍛えて筋肉で固められた今のダイキは、節が見えない、無個性な建材のように見えるのだ。

そんなダイキでも、まだ変わらないところがある。首から肩にかけてのうなじ周りである。高貴な壺のような絶妙な凹みから、筋と骨が作り出す緊張感。

はあ、何を考えてんだろ、ボクは、とシャツのボタンを留め、ローラーバックルのベルトを絞った。体操着を突っ込んで、腕時計のベルトを締めていると、ダイキがやってきた。

「みーやん。帰ろうぜ」
うん。

  「そろそろ部活を引退しようと思っています」リョウタ
センセイ「どうして?嫌なことでもあったのか?」
  「そろそろ受験を考えないといけないので」リョウタ
センセイ「ああそうか、進学校に行くんだ。がんばれ」
  「おやすみなさい」リョウタ

(つづく)