51. ボーイズサイズ。

 また腕時計を買ってしまった。2020年になって、3つ目、いや、妻のものも含めると4つ目だ。4つ買ったからといって、総額2000円程度ではあるのだが、同時に1個しか使えないのが自明である腕時計は、購入時に罪悪感を感じるのである。

買ったのは、ダイソーの税抜500円のプラスチックのアナログ時計だ。毎朝や帰宅時に、金属の腕時計は、肌に触れるところの汗などを拭き取る必要があるが、プラスチックなら必要ないかなと思ったのだ。それよりも、オリーブグリーンのケースやベルトが、ベンラスというアメリカ軍の腕時計にそっくりだと評判になっていたので、気になっていた。実際に見てみると、理想よりは一回り大きいが、ミリタリーデザインのその腕時計は、自転車などで時間を見るには非常に良好である。

購入して即着けてみると、びっくりするくらいに軽い。裏蓋が金属でないだけで、これほども軽くなるのかと思わされる。私は若干金属アレルギーの気もあるので、夏場には良いだろう。

家に帰って、腕時計置き場に放り込むと、いくつあるんだ?10個は超えているな。みんな律儀に同じ時刻を指している。まあ、違ったら困るのではあるが。よほど高いものでもないのは暗黙の了解も有り、妻もなんとも言わないものの、流石に呆れているのだろう。

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腕時計が好きなのかもしれない。
さすがに15個近くも並べているのに、好きでないわけはないだろうと自問自答するものの、自分でもよくわからなくなっている。

腕時計を買うときは、よく使うジャンルのものは、2つ購入する。1つが止まっていても、もう一つあれば問題ないからである。例えば、スーツで着けられるドレスウォッチ、時刻の読みやすいミリタリーデザイン、防水で水仕事に使えるもの、仕事で使うストップウォッチがついているデジタル、夏場に活躍するビニールウレタンベルトのもの…。なんだかんだと理由をつけて買っているわけである。

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腕時計が増える時期というのは、数年に1度ある。そうでない時期には1つも買わない。もともと、大学の途中までは、女性関係と同じで1本主義だったのだ。

大学のときに、中学から使っていた1980円のQ&Qの腕時計の真鍮ケースがボロボロになったので、兄の初任給でセイコーのアナログ腕時計を1本買ってもらった。その直後に、ディスカウントショップで、今で言う「チープカシオ」のデジタルを1本購入し、そこから腕時計の増殖が始まった。

二度目の増殖期は、大学院の途中であったと思う。兄から電池が切れて動かない腕時計をいくつか貰ったのをきっかけに、雑貨時計をいくつか買った。

また、就職後に空き巣に入られて、高い方から数本盗まれたことから、似たような腕時計を補完するように三度目の増殖。

そして、四度目。一昨年から今年にかけ、寿命でバタバタと止まっていく腕時計を見ていると不憫になって購入…。

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職場の少し年上の研究者が、腕時計マニアである。腕時計というのは、ブランドというのかメーカーというのかわからないのだが、ブランド名もわからないカラフルな腕時計や、シルバーでキラキラしたクロノグラフなど、少なくとも10本くらいを、いつもとっかえひっかえ着けているのは知っている。事務の人に聞いたところ、どれも20万は下らない機械式のもので、主に独身時代につぎ込んだという話だった。

そんな先輩から声をかけられた。
「キミさあ、いつも面白い時計してるよね」
「そうですか?安もんですよ」
「いまのそれ、どうなってんの?」

その時着けていたのは、アルバのAKAという1990年代終わり頃のモデルで、厚みが1.5cm程もある金属の塊である。デジアナなので、ボタンが4つにリューズと、側面にたくさん配置されている。

「ああこれ、デジタルとアナログが付いていて、便利ですよ。重いですけど」
「へー、オレはデジタルは着けないなあ」
「そうなんですか」
「もっぱら機械式。めんどくさいけどね」

機械式というのは、ざっくり言うとゼンマイで駆動するもので、1日に1度は巻かなければいけない。腕の揺れでゼンマイを巻く自動巻きというものもあるが、いずれにしろ1~2日も着けないと止まってしまうのだ。手持ちにも、安っぽい中国製の手巻きの金色の腕時計が有ったが、面倒になってすぐに使わなくなった

一時期は、メンテナンスが面倒になって、ソーラーの腕時計を使ってはみたものの、いずれの充電池の寿命が5年程度で、すぐ止まってしまうようになった。ずっと使っているものは、2~10年に一度、100円程度の電池を自分で交換する、電池式クオーツばかりだ。

そう考えると、メンテナンスが好きでないのは、時計好きに当てはまらないのかもしれないな。

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学生として来る人達の半数は医師である。医師ではない学生は、ダイソーの100円の腕時計をしていたりするが、医師はそうではない。

「G-ショックか、オメガっすね」
医師の一人はそういう。
「バイト行くじゃないっすかー。そこで患者さんが亡くなったら、死亡時間を書き込むんすけど、そのときに、カシオの時計とかで確認してると、家族からクレームが付くらしいんすよー」
「へ?どんな?」
「そんな安い時計で、死亡時間を確認しやがってって言われるらしくて」
「へー、バカみたいですね」

「それで、オレの場合は、絶対に壁の電波時計でみますね」
「あれ?腕時計はしてるんですよね?」
「いや、バイト中は盗まれるから、ロッカーに入れて鍵かけてます」
意味ないじゃん。

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そういえば、財布と腕時計は、プールや浴場で「高級品」だった時代が有った。中学の研修旅行では、腕時計を着けたまま、風呂に入った記憶がある。今や、1個100円や500円で買える時代になっている。カシオの時計なら、新品で900円だ。

仕事柄、腕時計はドアや顕微鏡にガンガンぶつける。そんな状況で、20万円の腕時計なんかしたら、心臓が何個有っても持たない。少し前、営業の人と話しながら歩いていたとき、彼が腕時計をドアにぶつけ、悲鳴を上げていた。彼に値段を聞くと、30万ほどしたらしい。

一方で、腕時計の方はと言うと、ぶつけやすいように、どんどん巨大化しているのである。私の中で納得しているサイズの腕時計は、どうやら34~36mmというサイズであるらしく、営業さんのしていた40mmやそれ以上の腕時計は、間延びして少し間抜けに見えるような気がする。しかし、最近は、そういうサイズしか売っていないのだと言う。宇宙の膨張に、私の認識がついていっていないのだろうか。

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流石に壊れたものも含めて20個も腕時計を買うと、自分の好きな傾向がわかってくる。例えばケースサイズは35mm周辺。アナログなら3針で、文字盤には数字を書いていてほしいし、分針と秒針はシンプルで、先が尖っていてほしい。針と文字盤の色のコントラストが強めで、カラーが1つくらい入っていると嬉しいかな。デジタルなら、年月日が常に表示されるなど、情報が多いこと。テレビが映りそうなものがベストだ。さらに、電池が長持ちするのも捨てがたい。

結局の所、ミリタリー風アナログ時計と、カシオのデジタル腕時計の2本があればいいんだよなと思うのだ。

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しかし、また仕事の帰宅途中に寄ったブックオフでは、ジャンク腕時計コーナーを見てしまうのである。そして、気になるものを見つけてしまった。

その時計は、ロレックス風の文字盤、やや小ぶりで、ベルトが無い。ベルト幅は自分のものと合わせてみると、18mmである。裏に一応Water Resistと書かれているし、落ち着いたデザインで良い。ベルトは100均のデジタル時計から取ればいい。そして値段が200円。

いやいや、腕時計はもう十分あるんじゃないのか。しかも、この先買うとしたら、見やすいミリタリーと、高性能のデジタルの2つで、納得の行くやつがあればいいんじゃなかったのか。

一方で、ロレックス風の文字盤も悪くない。12, 3, 6, 9が数字、その他はバーインデックスという棒だけである。色も文字盤はブラウン、ケースや針などはシルバーともゴールドともいい難い、なんとも渋い色だ。ピンクゴールドのようなギャルっぽさもない。ロレックス風の横長の文字も、いざ見てみると面白いじゃないか。少し小ぶりだが、デザインは悪くない。

でも、今までほしかったものとは全く違うんだよなあ。普段着で仕事をしているので、カチッとしたドレスウォッチが似合わないのだ。そこはまあ、ウレタンビニールのダイバーみたいなベルトを付ければ、着崩しているように見えないだろうか。ロレックス風にウレタンビニールというのは合うのだろうか。やめておこうか。

これまで、躊躇なく腕時計が買えたのは、就職して空き巣に入られたときだ。ミリタリー風とドレスウォッチ風デザインの腕時計を盗まれたので、その席がぽっかり空いてしまった。そこを埋めるために買ったのだった。ヨドバシカメラに行って、30分後には買って帰った。その1回だけである。

200円の腕時計とはいえ、今まで持っていなかったジャンルを増やすのは、そう簡単ではない。ウレタンベルトでアナログは持っていない。汗をかきやすい夏に良いだろうとは思う。今まで、ウレタンベルトは、プラスチックのカシオのデジタルだけだ。いや、それだけで十分ではないのか。本当に必要なのか?

いやいや、たった200円ではないか。ベルト分を含めて300円だ。大学のときは、バイト代は貯めてから10万円以上のものを買うと決めていたので、腕時計は生活費を削って買っていた。そのときは、1つ3000円くらいだっただろう。300円の10倍をポンと買っていたじゃないか。買ってしまえ。

しかし、あのときはあのときで迷っていたのだ。ダイエー系のディスカウトショップや、長崎屋に何度も足繁く通い、何度も眺めていたではないか。購入する前に盛り上がり、雑誌の写真を見て似合うかどうか想像する。購入した時には高揚感と背徳感。今と違って、家につくまでは絶対に開封しない。そして1週間後くらいに自分の服とは似合わなくてしばらく落胆する日々。ある日突然、ぴったりに見える服の組み合わせを発見してヘビーローテーションされる。それらがセットであったはずだ。

さて、どうしようか。
TimeEngineというロゴが入っていて、雑貨時計なのだろう。定価はわからないが、ガラスと金属の間もきれいに加工されていて、しっかりした作りになっている。針は長方形であまり好きではないタイプだが、先の方に細く夜光塗料が入れられていて、直線性があるのは良い。文字盤もブラウンにヘアラインの放射状で、雑貨時計としては非常にクオリティが高い。

とりあえずキープして、なにか良い古本があれば、一緒に買おう。

つまり、買ったのである。
帰りに、キャンドゥでベルト移植用のデジタルウォッチを買う。キャンドゥに売られている腕時計は、アナログはのっぺりとしたベルト、デジタルはゴツゴツしたアウトドア風で、また悩んだものの、夏っぽくゴツゴツでいくことにした。

*

家に帰り、二階の作業部屋にこもる。バネ棒外しでバネ棒を取り、マイペットとアルコールで凹凸部を中心にきれいに磨く。そして、キャンドゥのデジタル時計から、ベルトを移植。

小さいな。
いや、ボーイズサイズってこんなもんじゃないの?と調べてみたら、縦横33~35mmくらいがボーイズサイズなのだとか。今までの普通の時計って、35mmなので、ボーイズサイズ?

試薬会社のオレンジの目盛りの定規で計ってみると、今回のロレックス風は31mmくらいだ。ボーイズよりも小さい。ベルトとほぼ同じ幅だもんな。
小さい。

小さいなー…。