8. 6月 千葉 宣生

朝6時。スマートフォンの目覚しで目が覚め、6時30分までベッドの中でスマホをいじる。

オレのこと、好きなのか? :センセイ

LINEにはそこに既読がついたまま止まっている。まあ、気持ち悪がられて終わったのかなと思い、日課のニュースサイトのはしごをしていたら、あっという間に6時30分である。

妻が先に起き出して朝食を作っているところへ、シャツのボタンを留めながら階段を降りていく。

「昨日のあれさあ、ちょっとひどかったんじゃない?」
「何が?」
「リョウタに、LINEの」
「あ?ああ、あれ。あれから返事来た?」
「いや、来ない」
「良かったじゃん、切れて」
「そういう訳じゃ…」

顔を洗い、髭をそって食卓につく。最近子供が気に入っているヤマザキパンのランチパックをトースターで少し炙ったものがいくつか並んでいる。こうなると、何が何味なのかが全然わからない。少し前は「ハム」「ピーナッツ」などと焼印が押されていたのではなかったか。

オレは答がわかるまで、食パンにサラダを挟んで折り曲げ、サンドイッチのようにして食べていることにした。

「ああ、こっちからこっちが甘いの。こっちが辛いやつね」
辛いやつというのは、卵やハムなどの惣菜系だ。

「良いじゃないのよ。向こうだってさ、あんたみたいなおっさんに好かれても仕方ないでしょ」

妻が言う。

「ちょっと美久を起こしてくるから、先食べてて、って食べてるか。ちょっとみーくー、もう7時よー」

妻が二階に娘を起こしに行っている間に、もう一度LINEをチェックしてみる。

オレのこと、好きなのか? :センセイ

に既読がついたまま、その後の反応はない。仕方がねえなとかじったランチパックはホイップクリームとチョコレートだった。甘いってそういうのだったのか。

*

仕事中も時々スマホをチェックするが、動きはない。あの一言で、リョウタを傷つけてしまったのではないかという気になってしまう。

「先生、何か今日は落ち着きがないですね。浮気してます?!」

小森さんはオレ専属に仕事をしてくれている、技術補佐員だ。オレよりちょっとだけ年上の50代女性。セクハラ?なわけないか。

「いや、あのね、前に仲良くなったって行ってた中学生、覚えてる?」
「あー、学会で声をかけられたっていう」
「そうそう。その子とずっとLINEをしてたんだけど、昨日の晩からプッツリ来なくなって」
「なんかやりましたね?先生」
「あ…えーと」
「中学生相手にセクハラしたとか?」
「してない…と思う…」

「あのねえ、うちにも高校生いるからわかりますけどね、先生。『エッチな本とか持ってる?』とか軽々しく言っちゃだめなんです。しばらく口を聞いてくれなくなりますよ」
「あ、そうなんだ…」
「何やったか見せてください」
「あの、そういうのじゃないから」

その場はなんとか切り抜けたものの、そりゃそうだよな。オレが中学生で、年上の先輩と仲良くなったとして、突然「オレのこと好きなんだろ?」と言われたら、どういう意味だ?って何日か考えただろう。オレはそう考え、気にはなったが、しばらく放っておくことにした。

*

「で、返事は来たの?」
夜10時半。妻が寝支度を整えてベッドに入ってくる。

「いや、来ないな」
「じゃあ、当たりだ」
「当たり?」
「その子さ、多分あんたのこと、なぜかどうして、好きになっちゃったんだよ」
「オレの?」
「そう。亡くなったお父さんみたいなのかもしれないし、好きだったおじさんとか、まあいろいろ」
「お世話になった先生、とか言ってたな。そんなもんかね」
「じゃあそれだ。似てんじゃない?」
「うーん」
「そこに『好きなの?』と送られてきて、図星だったと」
「オレには、よくわからんな」

「心の整理ができたら、きっとなにか送ってくるわよ。じゃ、お休み」

オレのこと、好きなのか? :センセイ

開いたLINEアプリには、既読の付いた緑のメッセージが、あいかわらず返信を待っていた。このあと、何を書いても、リョウタを追い詰めるだけのような気がした。

(つづく)