69. 赤いギターと女子高生 (3/全3回)。

(第1回 https://note.com/tikuo/n/n313793252a6c )
(事務の辰巳さんと女子高生2名とギターを買いに行った私。早々にギターを決めてしまったので、周辺機器を買いにSモールへと向かうのであった)

車に乗り込む。
「次どこ?まだなにか買うの?」
「アンプとチューナー、えーと、あと工具かな」
「なんか私のために悪いねえ」
ちびまる子のモノマネだ。
「やれやれだよー」
と、のぞみ。
「あんたもまる子かい」

「センセイてさ、いつからギターやってんの?」
いきなり私に質問が回ってきた。

「えーと、高1ですね。冬に郵便局でバイトして、ギター買って」
「へー、冬からでも軽音部って入れるんだー」
「入ってないです。その後、すべて自宅で、自己流で」
「習わなくても弾けるもんなの?」
「少しは弾けるけど、独学だとめちゃくちゃ時間がかかりますよ」
「そうよねー。めぐちゃんどうするの?」

「んーと、ユカたちに聞くー」
「ユカちゃん、軽音部だっけ?」
「そう。今はバンドが2つしか無いから、練習の部屋がすいてるらしいよ」
高校で友達と教え合えば、大人よりも早く上達するだろう。
「途中から軽音部って入れるもんなの?」
「楽器を持っていけば、適当に組まされるみたい」
「あーあとねー、部屋が1つ開いているから、初心者はそっちでレッスンしてくれる」
「最近の高校は、親切だな…」

聞いていくとどうやら、階段下の地下倉庫を改造したスタジオが2つ有り、バンド用と練習用に分かれているという。音楽室や周辺は、吹奏楽部の音で全く聞こえないため、数年前に学校が設置したものらしい。高校生は、恵まれているなあ。

「ところで、軽音部の子らは、どういうバンドやってんの?プリプリ?」
「そんなわけ無いじゃん。バックナンバーとか、アレクサンドロスとか、あとアニメの曲」
「それから、ヨルシカとか、ずっと真夜中でいいのにとか」
「それって、バンド名?」

車は、Sモールの駐車場へ。混んでいる。
「駐車場に止めてくるから、先降りてさ、ダイソー、行ってきなよ」
「はーい」
「めぐみ、ギター持っていくの?」
「いいじゃん」
「すいませんね。移動したら連絡します…させます」
辰巳さんの連絡先を知らなかった。

休みで人が多いダイソーで、ニッパー、ドライバー、六角レンチと、AUXケーブル、マイクロファイバー布巾、除菌ウェットティッシュを購入。これくらいはおごってやることにする。

「工具くらい、兄貴が持ってるよ」
「最低限のものだけだから、布巾とウェットティッシュはギターの掃除に使う」
「そんなんでいいんだ。専用じゃなくて」

ここで辰巳母合流。
「じゃあ、上のブックオフ行きますか。ギターめっちゃありますよ」

エスカレーターを上り、広いホールを抜けると楽器・家電コーナーだ。

「ひゃあ」
「これ、楽器屋じゃん。ブックオフなのに本ねーじゃん」
CMのフレーズをつい叫ぶ。本はエスカレーターの反対側だ。
「あー、これ、『けいおん!』で見たやつ」
レッドバーストのレスポールタイプ。エピフォンなのでお値打ち価格である。
「たっかー」
いや、12,000円は安いから。
「けいおん!見てんの?」
「Amazon ビデオにあるよー」
「ウチも奥さんが見てるわ」

「さっきの店より良くない?きれいなの多いし、なんで先にここ来なかったの?」
「うーん、じゃあ気に入ったやつ、ここにある?」
「…ない」
「な。中古ってのは、タイミングなんだよね。あの店の赤いギターに呼ばれたんよ」
「じゃあ、ウンメイの出会いじゃ~ん、たまちゃ~ん」
またちびまる子か、ってギターの名前?

「ベースだったら、どういうのが良い?」
のぞみも少し興味を持ったようだ。
「うーん、ベースはよくわからんけど、ギターでもベースでも、形と色がどういうのが好き?」
「えーわかんない?じゃあ、このピンクの4,900円と、上の茶色の48,000円なら、どっちが良いの?」
質問に質問で返されるのは想定内だ。

「ピンクが好きならピンクを買えばええんよ。値段は関係ない」
「…ふーん、ドラムとベース、どっちにしようかなー」

さて、アンプと小物を探さなくてはいけない。まずは中古コーナー、を素通りして、ジャンクコーナーへ。

「え?ここって壊れてるやつでしょ?」
と辰巳母。
「いや、全然、というか、ほとんど壊れてるものはないですね」
ジャンクコーナーで500円のトニースミスのアンプを指差して言う。
「でもこれ。『ノイズすごい』って書いてるけど」
「店はそういうことを書くけど、一瞬で直るか、実はもともとなんともないか、それとも本格的に壊れているか」
「壊れてたらだめでしょ」
「だから、試奏スペースがあるんですよ。壊れ方によっては直せるものもあるので」
「うちは無理かなー。お兄ちゃんならできるかな?パパは絶対に無理だわ」

アンプをよそに、楽器類ジャンクという箱を漁ると、案の定クリップチューナーが出てきた。ヤイリ製で税抜100円。ハードオフのものと違って、電池が入ったままである。そして、アームが280円。

ジャンク品の電源に刺さっていないキーボードで、エア演奏をしているめぐみ・のぞみに声をかける。
「ちょっと、女子高生ズ」
「は?」
「ちょっとギター貸して。アームがなかったやろ、それ」

ケースを少し開き、アーム穴に差し込んでみるが、入らない。Targetは5mmだったか。5mmのアームって、あんまりジャンクに出てこないのだな。

「ありがとう。ダメだった」
「何が?」
「アームが刺さらない」
「それ、いるの?」
「いらんといえばいらん」
「ユカーのギターに付いてたやつだよね」
のぞみが思い出したようだ。
「あー、じゃあ欲しい」
めぐみ。
「そう言われてもねえ…無いもんはないし。アマゾンで300円くらいだ」

シールドが100円で大量に売られている。先程も購入したが、もう1本は確保しておくことにした。

「で、えーと、マンションって言うことだけどアンプで、音出せます?」
「いらないの?無いと音が出ないんでしょ?」
と辰巳母がいう。
「えーと、マンションとかアパートの場合、ヘッドホンでやる方法があって…ちょっとこっちですね」
エフェクターの展示されているガラスケースの前に移動。
「こういう機械にヘッドホンとギターを繋ぐと、それだけで音が出るんです。おー、Zoom G1onだ」
「なんか、かわいいねこれ」
とめぐみ。エフェクター独特のゴツさがなく、水色のボタンとツマミで独特の操作感のある機種である。おっさんギタリストには、デザインがオモチャっぽいと不評なのだ。

「中古で3,900円は、普通くらいかちょっと高いけど、アダプターも付いてるし、これ、いい物ですよ。私も持ってます。ちょっと出してもらいますか。すみませーん」

店員を呼び、持参のギターで試奏していいか確認する。ついでにジャンクのクリップチューナーのテスト。試奏コーナーでVOXのアンプにつなぐと、初期化されているらしく、パッチの1番はMS Driveのあの音だ。ジャリッとしつつ、低音の効いた歪み。適当にパワーコードのリフを弾くも、ちょっと恥ずかしいのでアンプのボリュームを下げた。ノブやボタンにも不良はない。

「すっげー、ギターの音がする」
とのぞみ。
「うん。これ1個あれば、アンプがなくてもヘッドホンでいくらでも練習できるから。アダプターじゃなくても、単3電池でもいけるから。最初はこの右左だけ押して、好みの音を探して、あとは友達に教えてもらえな」
「じゃあこれ。これにする」
とめぐみ。
「あいかわらず、決断が早いな」
早々に試奏は切り上げることにした。

「あと何かいるの?」
「あとはまー、細々したもんですかね。無くてもいいような…あ! Bluetoothスピーカーって持ってる?」
「ないー。兄貴持ってる。欲しいー」
とめぐみ。
「これどうよこれ。1500円。これ、アンプになるで」
「さっきの要らないの?」
「いや、エフェクターの後ろにつなぐんや。Ankerのだから、多分中古でもしっかりしてるだろ」
「買っていい?」
辰巳母に潤んだ瞳で視線を送る。
「もー、好きにしなさいよ」
「あ、ここの会計、私だと子育てカードで5% OFFになるんで」
辰巳母にいう。
「お金は私が出しますけどね。もう他はいいの?」
「楽器関係はこれくらいで。あ、せっかくだから、電池とコードをもう一本、下のダイソーで買って来ますわ」
「じゃあ武井センセ、このあと私達フードコートに行ってるから」

電池とAUXコード、6mmのプラグアダプタを追加で購入し、フードコートに行くと、辰巳親子とのぞみは、すでにうどんを注文して食べていた。
「センセイもうどんでいいよね。どうぞ」
「ごちそうさまです」

「しかし、思ってたよりは安かったね」
めぐみ。
「トータルでは、予定の1万円からは少し出たけどな」
と私が辰巳母にいう。
「めぐちゃん、5万円くらいって言ってたから、結構用意してきたのに」
「じゃあ残りでなにか買ってー。服買わない?」
「だめ」

うどんを食べながら話す。
「えーと、思ったより早く終わったから、食べたらどこかで軽く掃除と弦交換と調整しますか。フードコートで作業はまずいから、晴れてるから外とか」
「いいね、センセ」

*

ダイソーで、レジャーシートも買ってくればよかったと思いつつ、晴れた芝生の隅に無料のアルバイトマガジンを数冊拡げ、ギターケースを2枚におろした上で作業開始。

ゴミを増やしたくないので、弦は緩めて引っこ抜く。高音弦は指に刺さって痛い。
ちょっとずつ巻きグセを戻して、全部の弦を抜き終わったら、ダイソーの除菌ウェットティッシュで指板と弦の下になる部分を拭いていく。きれいに見えたが、ブリッジにホコリが大量に詰まっていて、取れない。

めぐみ・のぞみの2名は、スマホを見ながら、なんだか知らないダンスの練習をしている。
「武井センセ、ウチの子にここまでやらなくても良くない?」
横の石に腰掛けた辰巳さんに言われる。
「まあ、初心者で、家にも経験者がいないんだから、最初はちゃんとセッティングしておくのは、経験者の使命だし」
とは言っているが、半分はよそのギターをいじってみたかったというのもある。

「じゃあ、家に来てくれたら良かったのに」
「そうもいかんでしょ。多分20分もあれば終わりますよ。あっ、そうだ」
「どうしたの?」
「本を買いましょ。初心者向けのギターの本。ブックオフにあるでしょ。運が良ければプリプリの楽譜も」
「ああ、そうねえ」

指板の汚れを可能な限り落としたら、6弦から弦を張っていく。ハサミがないので弦の袋が開けにくい。ダイソーのニッパーで袋を切るが、切れが悪くてガビガビになりながら開けていく。

「センセ、実はあの子ね、高校に入るまで、ほとんど物欲がなかったんです」
「へえー」
「服なんかも、私が買ってきたものでいいって言うし、上はさ、おもちゃとか漫画とかゲームとか、出るたび出るたび買って買ってって言ったのに」
「おもちゃとかどうしてたんです?」
「100均とかね。漫画なんかはお兄ちゃんのを読んでた」

ギターの方は6弦と5弦をゆるゆるに張ったところで思い出す。そういえば、アームがないんだっけな、トレモロを止めておいたほうが初心者には扱いやすいだろう。さっそくギターをひっくり返し、ダイソーのドライバーでトレモロキャビティの蓋を開ける。

「すっげー、これギター?」
どこかの子供が寄ってきて言う。
「そやでー」
「危ないわよ」
子供の母親が声をかけるが、子供は分解に興味津々だ。

トレモロの調整ネジが、見た感じで斜めに入っているが、そこは安ギターだから仕方がない。ねじを少し締め込んでおく。弦を張っていないので、締める感覚がわからない。順番を間違った。

「うわー、分解してるし」
のぞみが覗き込んできた。
「あー、あんまり寄るなよ。弦を切ってないから目をつくぞ」
「はーい」

トレモロキャビティーは開けたまま、弦をどんどん通し、ペグに巻きつける。好みもあるだろうが、私は2~3回転半くらいで切るのが好きだ。精度はガタガタのダイソーのニッパーでも、弦は切れないわけではないということがわかった。

一旦チューニング。ヤイリのチューナーの反応が鈍く、思ったよりも時間がかかる。これ、オクターブまで合わせられるんかしらん。高音弦の締め込みは、何年やっていても1オクターブ高いんじゃないか、巻き過ぎで切れるんじゃないかとハラハラする。

再度トレモロのねじを数回転分締め、ブリッジをベタ付けで固定。チューニングをしながら弦高を確認。ネックの反りは調整しなくてもいいだろう。オクターブは弦を張ってすぐやっても、安定していないので意味はないが、確認はしておく。ヤイリのチューナーがんばれ。ネックはもともと軽い順反りだったらしく細い弦に変えて反発し、6弦のブリッジサドルを少し前に進めて終わり。6弦の12フレットで弦高が2mmくらいだし、音も詰まらないので6角レンチの出番はなかった。

トレモロキャビティの蓋を閉める。

「できました」
「へえ、で、弦ってどれくらいで替えればいいの?」
気がつくと、辰巳母以外誰もいない。
「そうですね、錆びたら交換だけど、人によってまちまちかな。私は半年から1年は張りっぱなし」
「じゃあ、そんなにお金かからないわね」
「安いのを買うと、すぐ錆びますよ」
「さっきのいくらだっけ?」
「290円、最安値です」
「安いの?じゃあ余り持たない?」
「弾き終わったら、ちゃんとこうやって…」
先程購入したマイクロファイバータオルで弦を拭う。
「毎回キレイに拭いておけば、3ヶ月は持つでしょ」
「ふーん。で、さっきみたいにドライバーがいるの?」
「いや、ここにほら、穴が開いてるでしょ。ここから抜き差しできるんで」
安いストラトタイプなので、トレモロキャビティーの蓋の穴は6個ではなく、横1本だ。

「ちょっと、音出してみていいですか?」
とかナントカいいつつ、AnkerのBluetoothスピーカーの性能が知りたかった。
Zoom G1onに電池を入れ、AUXコードでAnkerのスピーカーに有線接続。電源を入れる。
ブー、ジャッ!

思っていたよりも音がでかい。外で良かった。
「うおっ、やべ、鳴ってんじゃん」
音を聞いて、めぐみたちが戻ってきた。
「ヤバいね」
「ヤバい」
適当にペンタトニックでアドリブを弾き、歪みの効果の大きい、Gのパワーコードで締める。
「すげー、なんか知ってるの弾いて」
「えっ?どういうの?」

誰でも知っているという意味で思いついたのが、Da Pumpの "USA"の出だしのリフだった。
「U・S・Aかよ!」
「カーモンベイベーアメリカ!」
めぐみたちは踊っている。ちゃんと手と足が別々に動いていて、若いってすごいなと思う。

「他には?」
「えーと…」
5弦の2フレットからのリフ。

「あ、タッチ、タッチ、ここにターッチ」
辰巳母にはわかったようだ。
「えー何それ、知らなーい」

「これね、全部弾けるんですよ。耳コピしたんで」
「もっと新しいのないの?」
誰も聞いていない。

「新しいのは知らん。ていうか、ストラップ着けたから、これで持ってみ」
ギターの音量を絞り、ギターを渡す。
「重っ、でもちょうどいいかも」

葉が色づき、散り始めた桜の木から、秋の傾いた陽の光が彼女とギターに落ちる。

「ヤッベ、写真撮ろ」
のぞみが即座に反応する。
「めぐちゃん、いいね。かっこいいよ」
辰巳さんもスマホで写真を撮り始めた。

楽しそうに音が出ていない赤いギターを持って、木陰でポーズを取る制服の女子高生。一緒にはしゃぐ同級生と母親。

いいなあ。今日は、これを見るために来たのだ。これが報酬だ。

「ねえ、たけいー」
のぞみだ。
「やっぱ、私もベース買う」

(おわり)