57. シロートヘアーギター。

 素人に毛が生えた程度だが、私はギターを弾く。ギター歴は、30年ほどになる。しかし、素人に毛が生えたくらいは変わっていない。

どれくらい素人に毛が生えたくらいかというと、楽器屋で試奏ができない。試奏をしたくて楽器を持たせてもらう。しかし、萎縮して音が出せない、もしくは適当なリフと7フレットくらいでペンタトニックのアドリブをチョロチョロっと弾いて「いいですね」くらいしか言えない。ああいうところで、ジャギャーン、キュリキュリキュリキュリピロピロィーンラリロリラリロリルロレラギャーンって長いアドリブを弾ける人や、修理したギターやアンプの試奏として弾きまくってYoutubeに上げられる人は、何を食ってそうなってるのかわからない。芋?

さて、私の話だが、元々はピアノを習っており、小学校の途中までは、音楽会という合唱会では伴奏を任されており、ほぼ歌わなかったため、6年になって高音が出なくなっていることに気づくのに相当の時間を要した。そんなピアノも、小学校5年位からは触らなくなったため、中学の頃には左手が全く動かなくなっていた。

そんな中学3年。悪友の吉原および周辺から声がかかった。

「高校になったら、バンドやらんか?」

中高一貫の男子校であったが、実は軽音部は高校からという暗黙のルールがあり、中学部は入れなかったのだ。

「おうおう、やろうや。オレドラムな」
体格が良い千谷が即答。

「じゃ、オレ、ギター買うわ。イケやんもギターかベース買え。泉はボーカルやれ。声でかいやろ。キーボードっているんか?」
吉原が勝手に決める。イケやんとは、武井を逆さまにした、イケタから作ったあだ名である。

まあそんなノリでギターをやることが決まった、ように見えた。

家に帰って、床の間に置かれているギターのケースを取り出してみる。兄が中学に入ったときに、親にねだって買ってもらったフォークギターだ。買ってもらってそのまま、ほぼ一度も弾かれることがなく何年も放置されていたため、チェックと黒の合皮のケースにはホコリが溜まっている。ちなみに床の間には琴もあり、母親が時々弾いていた。

フォークギター特有の、パッツンパッツンのケースの底のジッパーをこじあけ、苦心して取り出したギターは、ジョリンという音ともに現れた。何年も置かれていたのに、ほとんど錆びていない金と銀の弦が眩しい。

さあ、どうする?本物のギターを目の前にして途方に暮れる。

その夜母親が
「ああ、ギター買ったときにな、こんなん貰ってきてたで」

それは1980年代前半あたりの、超初心者向けの雑誌であった。音叉でのチューニング方法から書かれていたり、コード表が載っている。初めて触るギター。5フレットと3弦4フレットでチューニングするが、合っているのだかどうだかわからない。その日もその次の日も、チューニングしては首をかしげる日々が続いた。

ある日、とりあえずなんか弾いてみるかと、初心者向け雑誌をめくってみたところ、最初に出てきたのが『ダンシング・オールナイト』もんたよしのりである。本によると、コードが3つで弾けるとのことで、Em、Am、そして難関のB7。Emはなんとか押さえられたが、ギターがわかっていないので、たった2本を押さえるだけなのに、指が痛い。

その後も『ダンシング・オールナイト』と1弦をチョリチョリと速弾きの真似をするだけの日々のまま、高校に突入してしまったのであった。

*

高校になると、待ってましたとばかりに10人ほどがバンドを始める。中には幼稚園時代からギターをやってきて、年季の入ったギターを片手に、他のメンバーが引くほど弾けるのがいたりするので、学校とはいえ世間は広い。

ただ、あたりまえであるが、全員がエレキギター/エレキベースなのだ。フォークギターなんか一人もいない。予想はしていたが、こちらだってすぐにエレキギターを買ってもらえるような裕福な家庭ではないのだ。

「オレ、もう買ったで。フェルナンデス」
吉原に自慢される。真っ黒なギターだ。

「イケやんー、まだ買わんのかよ。吉(ヨシ)、とりあえずできるやつでバンド組もうや」
ドラムなのでスティック以外買わなくていい、千谷にも急かされるが、言われたからと言ってどうなることもない。

そこからなぜか、吉原と千谷は別のバンドになる。素人とは思えないほどの千谷のポテンシャルがすごく、先の引くほど弾けるギタリストのドラムに抜擢されたのだ。吉原のバンドは、チョイチョイとハードロックやポップスをカバーするようバンドで、文化祭などにも出場せず、趣味の領域でやっていたようである。その後千谷は、家にドラムセットを購入していた。

高1の冬、郵便局のバイトで目標金額までは金を貯めた。勤務日数は、欲しいギターの売値に合わせて決めた。正月明けると私は、T町通りの外れの十字屋で、迷うこと無く白いストラトキャスターを購入した。購入前に1年以上カタログで眺め続けた、フェンダーのイングヴェイ・マルムスティーンモデル、に近いモデルである。

6万と幾ばくかを払っての帰宅。予想していた以上の重さと、大きな貴重品を運んでいるという気持ちで、帰りの京阪電車では完全に不審者であった。

*

それから、アンプ代わりのラジカセでギターの練習をするも、もうすでに固定化していた同級生のバンドに参加するわけでもなかった。また、ギターは変にこだわってミュージシャンモデルを購入してしまったため、人前に持ち出すのも恥ずかしかったのだ。したがって、高校時代は家でちょこちょこ弾くくらいで、コードも中途半端、雑誌を買って譜面を見てはイントロだけをコピーし、速弾きギターソロなどため息しか出ない始末。そして大学でも、自宅以外ではギターを触らず、バンドを組むわけでもなかったため、いつまでもうまくはならなかった。

そうやってギターを何度も休止し、何度も再開を繰り返したのだった。

ただ、不思議なことにが一つある。
ギターを休むと、確実にギターが上手くなるのである。大学に入る際、引っ越し等でしばらくケースに入れっぱなしだったあと、出してみたら、コードで1曲弾けるようになった。これがギター歴3年位だ。自力でペンタトニックやメジャー/マイナースケール、たまにフラットするブルーノートスケールなど、少しではあるがメロディーも弾けるようになったものの、曲のキーを取るのに数秒から数分かかり、キーを取ると決まった範囲でしか弾けない。ここまで始めて6年。

その後就職前や就職後、何度かのブランクの後、適当にペンタトニックでも決まった場所のスケールでなくても、なんとなく音を外さずにちょびっとアドリブが弾けるようになったのが、ギターを初めて15年目くらいだろうか。そのうち半分はギターに触っていないのだが。

適当に音が追いかけられるようになったり、早くて弾けなかったバッキングが弾けるようになったりしたのは、2018年に復活し、ここ3年というところだ。ギター歴でいうと、25年以上経ってからということになる。遅い。

上達のコツは、一つ。ギターを弾かないことである。
いや、根本的に間違っている気がするが。