30. 伏線の日。後編

(つづき)
前編 https://note.com/tikuo/n/n34a49598c17b

電車通勤10年、初めて女子高生に声をかけられた。しかも「また今度」なんて言ってしまった。これは伏線?そうだよな、たぶん、きっと。

出勤し、デスクに向かいPC起動。すると、ドアの外に所長。
「あ、おはようございます」
「おはよー、ンモー、ポットのお湯無いんだよねー。誰だよー。モー」
ご機嫌はいまいちなようである。

さて、先週の残業書類を出すために、始業前だが3階の事務室へ向かう。事務室には、すでに2人が来ていた。いまだに残業だの休暇だのの申請は紙である。このへんが官民共同施設の辛いところである。提出する際に決済が必要で、場合によっては拒否されるのである。紙にすることによって、残業代の申請のハードルを上げているのだろう。

「おはようございます」
「おはようございます」「おはようございます、あ、所長が…」
ん?伏線?
「外の何かが咲きそうだと…」
「あー、スイセンでしょ、そろそろ咲くかと」
「エライですよね、いつもちゃんと世話して」
「いや、この季節はほっとくだけなんで。水まいて、凍ると良くないので」
「そうそう、これ、所長が渡してくれって」
渡されたのは、スーパーの袋に入ったサツマイモである
「え。これは持って帰れと?」
「さー、たぶん、個人的なお土産でしょ?」
「へえ、珍しい」
このサツマイモをどうしろというのか。

結局その後、仕事中の伏線と呼べそうなものは、気づいているので一つだけ。

昼にポットのお湯を入れようとしたら空だったので、ポットを沸かしつつ、別に電気ケトルでもお湯を沸かしていたところ、学生に呼ばれている間にお湯が使われていた。
ちぇっと思いつつ、もう一度沸かしていたところ、事務の坂口さんが来た。
「先生、お湯を沸かしてもらって助かりました」
理由を聞いてみると、所長のところに急な来客が有ったらしく、お茶を出そうにもお湯がなくて困っていたらしい。

そんなこんなで定時も過ぎ、サービス残業も程々に帰宅の途につく。こういう日は掘り出し物があるだろうと、途中駅のハードオフに寄ろうかと思うも、所長からの謎のサツマイモがあるのでやめておく。ただ諦めきれず、O駅でブックオフに寄ってみたがこちらは不作。

トボトボと東武線の改札に向かっていたところ、前を歩いていたコートの男性が、ポケットから定期券らしきものを取り出した途端、何かが落ちた。拾ってみると何やら布の袋らしく、薄くて軽いものだ。コートの男性を追いかけ、肩をたたいて落とした布袋を手渡す。男性は少々戸惑った顔をしながら「ああ…すみません」と受け取り、慌てて停車していた電車の最後尾車両に乗車した。

東武線の夜のラッシュは凄まじいものが有る。ドアの前は地獄になるため、後ろから2両目後方の連結近くに入り込む。車椅子スペースが有るため、比較的すいているのである。つり革と立つスペースを確保し、スマホを取り出したところ、隣に帰省なのか、大きな荷物を持ち、子供を抱いた女性が乗り込んできた。子供は3歳位だろうか、まだ抱っこ可能な大きさの男の子で、移動疲れか、抱かれたまま眠っている。足元にはキャリーバッグだ。

ドアが閉まり電車が動き出した。女性のキャリーバッグが加速に伴って、滑り始めた。他人ごとではあるが、慌ててつかまえ、止める。
「あっ、すいません」
「ああ、いいですよ。どこまでです?持っておきましょうか?」
「すいません。H駅なんですけど」
「私、それより先のK駅なんで、降りられるまで持ちますね」
「じゃあ、お言葉に甘えて、こっちを…」
差し出してきたのは、寝ている子供。
「へ?」
「ちょっと抱っこしておいてもらえます?荷物を出さないといけないので。あ、この子は起きませんから」

抱いていた男の子を、無理やり抱っこをさせられる。ウチの5才児もいまだに抱っこをするが、この軽さは久しぶりだ。13kgくらいだろうか。3歳位までは、女の子のほうが大きいことが多く、ウチの娘は3歳で18kgくらいあった。ただ、2歳以降は抱っこで寝ることが少なく、抱き変えたら必ず目を覚ましていたが、この男の子は目を覚ます気配もなく、ダランダランの手足を揺らして寝ている。母親はと言うと、スーツケースのファスナーを一部開け、小さいリュックと大人用と子供用のダウンジャケットを取り出し、着た。

「さっきまで新幹線だったんで、着ないと外、寒いですよね。どうも、すみません」
子供にもダウンジャケットを羽織らせ、素早く抱きかかえ直す。その後はH駅まで私がスーツケースを持っていた。ふつう、こうだよね。母子は無事にH駅で下車。結局男の子は起きなかった。

途中のT駅で停車直前、ラジオのJ-WAVEグルーブラインも終わるころ、「車を売るなら…」というCMが流れたとき、後部車両から、先程改札で布袋を落とした男性が移動してきた。
「あの、すいませんでした」
「え?」
「これ、少ないですけど…」
男性は、折りたたんだ1000円札を私の手に握らせて下車し、足早に去っていった。

なにこれ、伏線なのか?回収したほうなのか、どっち?
伏線だったとしたら、あの布袋には、相当やばいものが入ってたんじゃないの?1000円とは中途半端な口止め料だが、なにか犯罪のにおいしかしない。

K駅で降りた後も、家まで尾行されていないか、気が気でなく、常に後ろを確認しながら帰宅した。

幸い、あれから何も起こらない。もう日も変わろうとしている。振り返ると、あまり大きな事件はなかったが、12年に1回だから、こんなもんなのかもしれない。女子高生はともかく、あの渡されたサツマイモと1000円は、何か伏線だったのか?それとも、見落として回収をし忘れただけなんだろうか。