48. 【実験】架空の散歩。(恐怖ストリートビュー小説)

※10000字以上ありますご注意。

 仕事柄、文章を書くことや文章を見ることが多い。そういうのが嫌だから研究を始めたはずなのに、一日の半分くらいは、Microsoft WordかExcelに向かっている。あーいやだいやだ。

その日は、大学院生の一人が奨学金の申請書を持ってきた。採択率は30%と言われているが、大学、教授、研究室のそれぞれの枠が設定されているため、実質の採択率は10%くらいであろう。10人に1人しか通らないところに、一般には何のネームバリューもない研究所から、天下のT大、K大なんかよりもずっと下の大学経由でその申請書が通ると思えないが、きちんと形になっていないと門前払いに合うので、一応目を通す。

「1. 研究に至った背景 2. 研究の目的 3. … に従って記載すること」と書かれているのに「研究の背景と目的は~」などと書かれている。これは 「1. 研究に至った背景 ○○という病気は~」などと順番に書かなければ、そもそも読んでもらえないのだ。赤! 次に大事な目的に書かれていることが、なんだかわからない。「○○病の原因であることが示唆されている。そこで本研究では~」何をやりたいのだ君は。どんどん申請書に赤が増えていく。研究の方法の締めでは「ライブラリーとプロテオーム解析を組み合わせて、新しい結合分子を見つけたい」っておい、そんなことを目的に書いてなかったやろがーい!とつい口に出してしまう。

学生の卒論などで、序論や緒言なる項に書かれていることと、結果や考察に書かれていることに矛盾が生じていることを指摘したのは、何十回あるだろうか。そもそも「考察」が学生にはなかなかかけないのだが。

文章には、辻褄を合わせるための努力が必要だ。

ところで私は、デタラメなことを考えたり、書いたりすることが好きである。暇なときには趣味でデタラメな空想をして、それを小説に書いて、某投稿サイトに投稿していたりする。しかし、デタラメをデタラメのまま、リアリティを出すということは難しい。人生において、自由に道があるように見えても、実際にはロールプレイングゲームのように、主人公がある点に立つと、そこから進める道は数方向に限られてしまうし、その進んだ方向と目的地がつながっているとも限らない。

大学、大学院の最初の頃、まだX線フィルムで画像を読み込んでいた頃、X線フィルムを感光させないために、赤色灯のみの真っ暗な部屋で作業をする必要が有った。その待ち時間の間には、過去に住んでいた家の間どりや、家から学校までの道を頭の中で3D構築するのが暇つぶしの定番だった。そして、どうやっても一部の部屋のつながりを思い出せなかったり、数軒の建物を飛ばしたりするということに気づくわけだ。そこをうまくつなげるか、もしくは一度現場で検証して正しく組み上げるというのが、辻褄である。

*

5月のまだ涼しいある朝、私は、S県K駅から、隣の県の柏駅まで歩いてやろうと考えたのである。しかしこれは、全く架空の話なのである。大地震が起こり、電車が止まってしまって、なぜだか知らないが柏まで這ってでも行かなければいけなくなったという想定にしよう。うーん、大地震なら西のほうが…。まあいいや。想定の中も想定なので、埼玉で大停電が起こっているつもりということにしよう。メタ想定だ。

Google Mapsで見ると26km。うむ、これまでの経験から、1日で歩けるギリギリの距離だ。何も考えない作家であれば「K駅で電車が動いていないのを確認した私は、Google Mapsで確認し、電車沿いを西に向かって歩いた。しばらくすると野田市に出た」とでも書くであろう。いくら平坦なS県とC県の県境とはいえ、そう簡単にはいかない。道がないところは歩けないのである。

知識として、国道16号というものがある。横須賀から埼玉をぐるっと回って、千葉につくという道だ。よく見てみると、柏も通っているらしい。ラッキー。じゃあ16号沿いを歩けばいいじゃん。

駅の北側にある西口方面に出るために、いつもは開かずの踏切を渡る。停電をしているため、開かずの踏切は静かである。いつもこうだったらいいのに。ぎょうざの満洲を横目に、駅前通りを北上。さよなら、しんのすけ、もう会うことはないだろう、なんてね。実際には停電などしていないから、開かずの踏切は閉まる前に駆け抜けたんだけれども。駅前で、おしぼりを運搬しているトラックらしいが搬入をしていた。「り」を書いたドアを左にスライドして開けるらしく、「おしり」となっていたので写真に撮った。

利根川はいつもどおり静かだ…とよく見ると、「古利根川」と書かれているではないか。あれ?利根川じゃなかったっけ?10年もK市に住んでいるくせに、よくわかっていない。慌ててGoogle Mapsを見ると、本当の利根川はもっと北を流れており、古利根川は中川という、東京都の川に注いでいるのだ。

でまあ、古利根川を渡ると、とたんに田舎感が出る。K市自体、どこに行ってもちょっとした田舎で、そこが好きでもあるのだが、古利根川の北では、テープが伸びたような、なんともいえない倦怠感が漂う。家の1軒1軒が大きくなり、道のスパンが長くなるからだろう。

一度も買えたことのないコロッケの看板を過ぎ、「羅布乃瑠沙羅英慕」なる暴走族の落書きような看板。「ラブ…ノル?」ああ、「サラエボ」。丸木小屋のような佇まいは、喫茶かステーキハウスなのだろう。妻はいつも「なんか怖いところ」といっている。

まだ北へ。素直に東に進めばよかったんじゃないかと後悔し始める。停電なので、スーパー生鮮市場も開いてない。どこかで飲み物を買わないとな。道端の植栽の間の雑草が、やたらと長くて鬱陶しい歩道を抜けたところが国道16号だ。

やったー。あとは道なりに、東へ東へと進むだけである。

……
………
16号を歩き始めて10分。すでに後悔し始めている。景色が変わらない。ひたすら田んぼと畑だ。日差しが出始めて、暑い。車はいつもどおりなのか、いつも以上になのか、ビュンビュンと横をすぎるし、排気ガスで何もかも嫌になる。ススキと思われる雑草が容赦なく、柵の隙間から流れてきて腕をかする。やっと看板が見えてきた。ファミリーマートだ!

念の為に調べるが、ここからしばらく何も店がなく、次はイオンモールくらいである。ブックオフ・ハードオフ庄南店、開いてたら行きたいなあ。そんなことをしている場合ではない。

ファミリーマートで、冷えていない水を2本買う。売ってくれるだけでありがたい。というか、冷えていると、結露でかばんの中が濡れてしまうし、あまり冷たい飲み物を飲むとお腹も壊すから、室温品はありがたいのだ。あ、停電の設定だっけ、まあいいや。

このあたりから畑の中に川が流れ始める。桜がやたらと植わっており、花見の季節は賑わうのだろうなあ。暑くて汗が止まらない。休みの日にも時々10km強くらい歩くことがあるが、1日歩いても、トイレに行くのはせいぜい1回だ。水分はそのまま汗として出てしまうのであろう。イオンモールの看板が出始めた。

そうそう、いつもの10kmは、だいたい街なかを歩いているため、あまり疲れを感じないのに、今回は、なぜここまで疲れるのか。景色が変わらないことと、国道沿いの車の多さが原因ではないかと思う。ようやく5km。

*

右前の方になにか見えるのは、イオンモールだろうか。とにかく畑と田んぼしか無いので、なにも面白みはない。かばんはリュックのほうが良かったかなあ。いつものメッセンジャーバッグで来てしまった。水が1kg増えたもんなあ。

あ、そうそう。音楽は聞いているのだ。いつもかばんに、予備兼、外歩き用に、オープンタイプのイヤホンを入れている。ゼンハイザーのMXなんとかいうやつだ。買った当初はあまり好きではなかったが、低音がブリブリ出るのに最近気がついた。電車用は密閉タイプ。密閉だと、後ろから自転車が来たりしたときにわからない。あと勘弁してほしいのは、プリウス。イヤホンをしてようがしてまいが、路地で立っていると、後ろ30cmくらいまで近寄ってきているのに気づかないことがある。向こうはガソリン車と同じ感覚なのだろうが、プリウスのスイープ運転時は、全く音がしない。

暇なので、歩きながら小説のネタでも考えることにする。架空の散歩の中で、架空の話を考える。高校の時の話が書きたい。

泉を清水って名前にして、D女でナンパした時の話でも書こうか。私は、兄のスボンを借りたと言うか、貰ってはいて行った。文化祭の終わりに、教室に集められた女子高生、1階だから1年かな?に、泉は窓から声をかけたのだった。そしたら向こうから「もうひとりはおしゃれだけど、顔がね」って言われた話、どうにかもうちょっと面白く料理できないかな。

大学の同級生が、マイナーな役者になってるって設定でもいいなあ。高校の同級生からテレビ局のアナウンサーになったのが3人もいるんだから、大学の同級生が有名になっていてもいい。実際には、2年後輩に超有名イラストレーターがいるのだが、そっちよりは現実味がありそうだろう。いや、イラストレーターは現実か。

といっているうちに、本当のイオンモール。特に用はないし、停電の設定だから寄るか寄るまいか。どうしよう、トイレに行っといたほうがいいだろうか?この先も田舎道過ぎて、トイレに行ける場所が全然ないぞ…。

ということでイオンモールでトイレを借りることにする。あくまでも停電の設定だ。停電の設定はいいが、行き倒れたら困るので、カレーパンとミニチョコパン6個パックを購入。これで遭難しても、6日は生きながらえるぞ。遭難=チョコと言い始めたのは誰だ。

大停電なのに、家族連れが楽しそうにたむろしている。あくまで停電は想定だから仕方がないが。トイレも済ませたことだし、続きを歩かねば。

*

16号沿いに歩きゃいいんだろ、と歩き始めてまもなく、難関にぶち当たる。南北両サイドとも、歩道がないのである。慌てて地図を調べると、この先にインターチェンジがあるらしく、そこらへんも怪しい。川以外は油断してたわ…。その代わりの道としては、側道を南下するくらいしかない。庄和というくらいで、庄屋さんなのか、バカでっかい家ばかりを見つつ歩くのだが、歩道の無い側道も車がビュンビュンと走っていてかなり危険である。

高架をくぐって、また側道を行く。当初は国道を行く、の予定だったのだがなあ。仕方がない。

そしてなぜか海もないS県に出てくる「辛子明太子」の看板。なぜ?とよく見ると「大洗港」だそうだ。ここで看板を見て、大洗まで行くんだろうか。国道16号はこのまま南下するはずなので、どうやっても着かないはずなのだが…。

家や店が増え始め、景色的には飽きないものの、これまで歩いてきた歩道に比べると、とにかく道が悪くなる。でこぼこ、ひび割れ、草っ原、一本橋に、デコボコ砂利道。クモの巣もくぐるっちゅうねん、などと思いつつ歩くも、周りに建物が多いと明らかに気が紛れるのがわかる。しかし、まだ歩き始めて7km。国道だけあって、横をトラックがたくさん走る。「シモハナ物流」というトラックをよく見るが、あれを見るたびに、星里もちるの『りびんぐげーむ』に出てきた、ハナヨリ印刷を思い出す。えーと、主人公は何だっけな…DMサービス、あ、ナミフクだった。

景色が変わらなくなり、家が遠くなって、長いスロープ。この景色は、川である。えーと、江戸川?ということは、S県脱出まであとわずか。しかし長い。大きな川を渡る時の高揚感と裏腹に、わかっているのになかなか川にたどり着かないし、渡ったあともしばらく店なども出てこない、じれったさをなんと表現するのか。

江戸川の河川敷は、何やら工事をしている。電車から見える景色もずっと工事なので、道路でも通すのかしらんと思う。よくよく考えてみれば、花火大会の際に市川付近で渡ったのも江戸川、流山から三郷にかけて渡ったのも江戸川だ。江戸川ってのは、徒歩で渡るものである。いや、普通は徒歩で渡らないか。三郷のところの江戸川から見えるJRは、なんか哀愁があり、良いものである。

というわけで、野田市。「野田市まで来たノダ!」それが言いたいがためだけに野田に来るのもあり。どうせ醤油しか無いし。

*

チーバくんの鼻あたりの千葉に入った。たしかここから北に抜ければ簡単に茨城県に入るのだが、今回の目的はそれではない。川を渡った途端に突然の畑。もう慣れたが、歩いても進んだ気がしなくなるので、若干憂鬱である。もう少しで10km。昼飯どうしよう。

Google Mapsで地図を確認するが、やはりなにもない。カモシダという会社があり、『極めてかもしだ』なる漫画があったことを思い出す。どういう漫画だっけ?それよりは、地図を見るたびに、16号が北寄りに膨らんでいるのが気になってきた。素直に南下したほうが楽な気がするぞ。県道17号というところまで行ったら南下しようと決める。

景色は、畑から工場地帯へと姿を変えるも、大きい建物だからあんまり歩いた効果はない。歩道は広くなったり狭くなったり。前方に橋が見えるあたりで、歩道は強制的に側道へ。そこから大きめの道にぶつかったら、県道17号ってやつやね。ふむ。

県道17号では、歩道が極端に狭くなる。というか、側溝の蓋しか無い。前後から自転車も来るようになり、歩きにくい。国道16号の景色が変わらないのを見続けるのも苦痛だが、こちらはこちらで苦痛だ。近くにベルクスがあるらしい。途中にあったら、コロッケ買いたいなあ。ベルクスといえば、50円のコロッケである。色んな所で力説するが、まったく理解してもらえないのは、S県にはベルクスがあまりないからであろう。

道の方は、大学時代を過ごしたO県にもよく有るザ・田舎道という感じだ。コカコーラの看板で喫茶店とか、懐かしいじゃないか。デジカメを出してつい写真を撮ってしまう。あと、S県にいっぱいある「サラダ館」て何?ギフトショップ?ヤオコーならぬ、ヤオトーってのはスーパーだったのだろうか。シャッターがとじているので、中を知ることはない。写真1枚。

O県に住んでいた時は、土日と水曜午後は、片道15kmくらいを自転車で走り回っていた。といっても、ロードレーサーで走るというわけではなく、ママチャリで古本屋巡りをしていたのだ。O県では片道5kmは「すぐ」の感覚であったが、S県で5kmも行けば相当な距離である。電車通勤で、自転車も乗らなくなったなあ。

O県については、ようやく最近になって、蓋なしの幅1m、深さ1mくらいある用水路が危険であることが全国に知れ渡ったが、何が怖いって、街灯もないのだよな。今は停電の前提で歩いているのだけど、O県なら停電をしていなくても、闇夜に黒牛とかカラスレベルの真っ暗なので、自転車のライトは道を照らすために存在していた。そうしないと、田んぼに落ちる。

そういや、コンクリの側溝蓋を、カッポンカッポン言わせながら走る、新聞配達のカブの音も懐かしい。そうこう言っているうちに、歩道が無くなった。この道は、失敗。

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割と大きめの道にぶち当たり、国道16号に戻ったかと思ったが、どうやらちがう。歩いていると、多少の方角の変化がわからなくなることがあるので、Google Mapsはありがたい。まだ野田駅まで相当あるぞ。あ、イオンタウンがあるようだが、野田駅の近くじゃなかったかな。(注:勘違いをしている)

歩道の無い道、Google Mapsでいうと「流山街道」という道を進む。イオンタウンと遊園地を目標に歩いているが、廃土置き場や林ばかりという、怪しい雰囲気しかない。スタートから15km、ようやく半分。若干足が疲れてきた。夕方には柏に着いておきたい。昼飯を食べに入れる余裕もないので、カレーパンを歩きながら食べる。本当にイオンがあるのか?

消防署の隅で、Google Mapsを確認。イオンはイオンだけど、イオンタウン七光台。野田じゃなかった。絶望しながら歩いていると、再び国道16号に合流した。景色はつまらないが、歩道があるだけありがたい。醤油はどこだ。

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単調な国道沿いを歩く。実際に非常時になった時は、キックボードを持ってきてやろうと思う。少なくとも、同じ距離を行くにも時間が半分くらいになるだろう。職場にも置いておこうかな。確か中古だと2000円くらいであったような気がする。大学院のころ、就職した先輩からキックボードをもらった。大学の構内が広かったため、自転車と併用して重宝した。

どれくらい歩いただろうか、観覧車が見えてきた。野田だ。まあ、ずっと野田市なんだけど。イオンは観覧車の向こう側か。とにかく進むぞ。後で調べたら、川を渡って9kmくらい、ここまでの全行程の半分が野田市だ。そしてこの先もしばらく野田市である。新幹線における静岡が、まさに野田市である。日が傾き始めている。野田から電車に乗って帰ろうか、本気で考え始める。停電とか言ってた設定はどうするんだ。疲れてくると、設定とかめんどくさい。

よし決めた。梅郷のブックオフに行く。テンションを上げていこう。地図で見てももう少し。水はすでに500ml無くなった。チョコパンも3つ食べた。そういえば、さっき寄れなかったイオンは、なぜ「野田店」ではなく「ノア店」なのであろうか。宅配してくれるのだろうか。ノアのはこぶね、なんちゃって。

無事、ブックオフに到着。オレンジと青のタイプだが、服は売っていないようだ。20km近く歩いたはず。スマホのロガーでは19.4kmと出ている。そのうち、おそらく2~3kmはノイズなので、17kmくらいであろう。ブックオフは、よくあるタイプの平屋の店舗だ。服やおもちゃは売られていない。とりあえずトイレを借り、汗が引くまで店内を散策する。100円の海外作家や、探している西加奈子などの本は凡庸。2冊くらい何か有ったら買おうかと思ったものの、荷物が増えるのも困るのでやめておく。

店を出るまえに、地図を確認しておく。どうも最初から思っていたのだが、国道16号は北と東に膨らんだ曲線を描いているため、移動距離のムダが生じているように感じる。柏駅に向かうには、16号ではなく、東武線の東まで抜けてしまったほうが良いようだ。曲がるべき道はわかるのだが、ランドマークがない。霊波之光体育館とはなんぞや?そこで右折、覚えた。

一方で、家を出て4時間半。20km近くも歩けば、自ずと不調も出てくる。左足にマメができかけているのだ。靴はアシックスのコルセアというフィット感の高いものを選んできたが、さすがにこれは厄介だぞ。左足は外側に重心をかけるような歩き方になってしまう。あと約10kmは歩かねばならないのに。ブックオフの駐車場の隅で靴下を脱ぎ、すでに遅いかもしれないが、足の裏にハンドクリームを塗る。

また、腕時計も汗で蒸れ、痒くなってきた。持っている中では一番軽く、かぶれにくいプラスチック製のカシオのデジタルだが、カバンのストラップに引っ掛けておくことにしよう。

実は以前にも長距離歩行を試みたことがある。冬の晴れた日であった。その時も、だいたい20kmを超える辺りで足にマメができ、素人の日常装備の限界が20kmくらいであることを察した。東日本大震災のとき、電車が止まってしまったので40km歩いて家まで帰った、という話が美談のように伝えられたことがあったが、あのときでも翌朝には復活するのは予想できたし、急ぎであっても自転車でも借りればよかった話であり、単に状況判断を見誤ったエピソードにしか感じない。

両サイドに立ち並ぶ、自分とは縁のない自動車関係の店の連続を抜け、ピアノのショールームを超えたら、突然景色が民家と畑になる。UCHU-CENTERってなんだ?まだ曲がらないんだよね?曲がるところは「霊」だ。

しかし、「梅郷(うめさと)」や「三郷」など、この辺の「郷」の読み方は、どうにも馴染まない。笑福亭鶴瓶が「うめこう」という名前を継ぐ可能性があったときに「〇〇〇みたいやがな!」と言って拒否したという話を、パペポTVでしていた。ぜひとも梅郷でトークショーをしてほしいものだ。

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らーめんシャオという店を通る。結構美味しそうである。大学の研究室に、シャオさんというマレーシア人がいた。ほぼ英語しか喋らず、私もつっかえつっかえの単語でしか喋れなかったけど、楽しそうに色んな話をしてくれた。通貨危機で大変なときに帰国していって、学会などは出られなくなったと言っていたが元気だろうか。

それはそうと、なんでこんな山奥に、トヨタ、日産、スバルにダイハツと、車屋ばかりあるんだろう。向かって左側の、なんか立派な建物に「霊波」と書かれている。やったー曲がれる。

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曲がると突然、イチョウ並木が現れる。そして、行けども行けども霊波之光の駐車場。どうなってんのこれ?底を超えたら突然の白壁。不審に思い、スマホで確認すると、ずーっと「霊波之光」の施設なのだそうな。その先には東京理科大。合格神社ってのがあるけど、これは理科大の敷地内になるのかな?お参りには大学内に入るのかな?理科大までくれば、東武野田線の線路までもう一息であるはずだ。足が痛い。

大学の横というか中というか、間の道を通っていると、気分が良い。ちょっとすすけた正門も良い感じだ。なんだかんだ、自分はこういう所の住民なのだなあと、我ながら納得する。線路をくぐり、運河を渡る。運河と行っても、単なる川で、橋を渡るだけなんだけどね。

千葉のお菓子、オランダ屋のところで左の道に入る。フロランタンはよくもらった。Google Mapsでは「日光東往還」なる道になっているが、そんな標識はどこにもない。何より、歩道がないうえに自転車が来る。ゆるく曲がった道や、道ギリギリに引き戸がある店の感じなど、典型的な旧街道という佇まいで悪くはないものの、横を猛スピードで車に抜かされていくのは心臓に悪い。さっきのスカイラインは事故ればいいのに。

小さい店が立ち並ぶ街道の再整備は難しいだろうが、ところどころにガバッと土地をまとめて再開発した、新しい家の並んでいるところがある。そんな中、ケヤキやクスノキの大木がアパートの脇に立っていたりするのも、昔の街道の名残だろう。

予定では、流山ショッピングセンターのど真ん中につくはずなので、そこから北上しようと思う。それにしても、歩きにくい。常磐道を超えるまでは、なんとかこの道でいかねばならぬ。

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歩きにくい歩きにくいと行っていたところ、願いが通じたのか、片側に歩道が現れた。それと同時にジェーソン。北関東に多いディスカウントショップだ。13日の金曜日はセールをするという噂を聞いたことがあるが、家の近所にないのでわからない。しかし、地獄に仏とはこのこと。いや、ジェーソンは悪魔?でもない、なんなんだ。冷えたものは売っていないだろうかと入ってみたら、幸い冷えたスポーツドリンクが売っていたので買う。メーカーは得体が知れないものの、五臓六腑にしみる。

住宅地は、景色がビュンビュン変わっていくので、歩いた分だけ進んだ感があって歩きがいがある。きれいな家が多いなと地図を確認したところ、江戸川台付近である。東大があるんだっけな?それにしても、門と塀が立派で、敷地がバカでかい家ばかりである。金持ちタウンなの?

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住宅地を抜けると、今度は両サイドが森だ。常磐道を越えるのが難関と思っていたのだが、全然高速道路が見えない。地図ではこの辺のはずだが?とよく見ると、防音壁がある。知らぬ間に高速道路の上を歩いていたのだった。

住宅地の向こうに、流山ショッピングセンターの一部、ホームセンターが見える。あの向こうには、ヨーカドーがあるはずだ。

正直、もう限界だ。歩き続けて約8時間。時刻は17時になろうとしている。距離にして29km。足が限界に達している。地図上で、柏まで残り6kmとなっているが、体力的に無理なものは無理。ヨーカドーで栄養補給ゼリーとカフェラテを買って、しばらくベンチでネットを見てボケっとしていた。家にいる妻からも何の連絡もない。柏に届けなければならなかった品物は、届けることができなかった。架空の誰か、許せ。柏に行くと言っていたが挫折したお土産に、駅前で餃子とヴィドフランスのパンを買おう。帰りは電車で約45分である。

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さて、簡単に「柏まで歩くぞ」と計画したものを書いただけだが、辻褄を合わせていくとこれだけの労力である。しかし、これは体験談でもなんでも無く、ストリートビューを見ながら、架空の散歩をしているだけである。もちろん、柏駅まで歩いたこともないし、野田は駅前の醤油タンクしか知らん。ルートは平面では何回も見て、ストリートビューも行ったり来たりしながら執筆したので、だいたい3日くらいかかっている。

リアリティを持たせるためには、進めない方向をちゃんと調べたり、起こりうる難関もシミュレーションしなければならない。今回は、書いているだけで足の裏が痛くなった。水も執筆中に1Lくらい飲んだ。やけに汗をかいたし、ブックオフやジェーソンに入店する記述をする際には、涼し気なクーラーの風を感じた。

これは、書くだけで痩せるかもしれない。

(本編は、文章内に記載されている通り、記録している武井と同様に、Google ストリートビューの、2019年撮影分のみを用いて取材し、一歩たりともルートを歩くことなく記載したものです。実験的手法ということで、読むのも大変だと思います。オチがあるわけでもなくでごめん/筆者)

(筆者追記。「スキ」を付ける人へ。こりゃ読んでないなと感じたらブロックする)