9. 6月、栃木 - 諒太

 ヤバい。「オレのこと、好きなのか?」というのは、センセイなりの、あの世代の冗談なんだろうか?これまでも普通の会話を積み重ねてきたし、一時期調子に乗って、一日にLINEを何通も送っていたのはやめた。大体、ほとんど挨拶と最近のことを1行書いているだけなのに、好きか嫌いかなんて判断できるものだろうか。

センセイからの謎のLINEの返信が来て2日。ボクは少し落ち着いてきたと同時に、いくつかの疑問を感じていた。なぜ向こうに気持ちが伝わったのか。なぜ「好きなのか?」という回答が来るのか。ボクはLINEでなにか気持ち悪いことを書いていたか。ひょっとしたらセンセイのLINEは乗っ取られたのではないか。授業中にも上の空になって、当てられそうなのところを後ろからシャーペンで刺されて気がついた。刺されたときに「うひっ!」と声を出してしまい、結局当てられたのだけれども。

2日目の午後、いつものように部活の片付けで、グラウンドのトンボがけをダイキこと中村大樹たちと行いながらふと考えた。ボクはダイキのことやセンセイのことが好きなんだろうか?好きって一体何なんだろう?「ウリャー!」とトンボを持って全速力し、ブラシがはねて縞々になっているダイキの後ろを、ゆっくりとついていく。聞いてみるか?ダイキに。

「ダイキのことが好きなのかも」と言ったら引くだろうな。むしろそのほうがボクにとっては良いのかもしれない。ダイキに気持ち悪がられて、嫌われて、すっぱり諦められる。どうせ違う高校に進むのだから、あと1年足らずで会わなくなるのだろうと思う。兄の聡太も「いくら仲が良くても、レベルが違う高校だと、自然に会わなくなる」と言っていた。それが数ヶ月早くなるだけじゃないか。どうせ中3の夏休みの後には部活もなくなる。

着替えを終わって、部室を出ると、砲丸投げチームのダイキとアリマが待っていた。

「おうみーやん、今日も、いくか?」
ダイキが「いくか?」の前に「一杯やってく?」のジェスチャーをする。

「うん」

最近ダイキは、なにかの漫画で読んだらしく、筋トレ後にはコーラが良いと言うのを信じて、週に数回、帰宅時にコンビニでコーラを1本飲んでいる。ボクはダイキたちの後ろを自転車を押しながら、ダイキに話すタイミングを考えつつ、ついていく。

最寄りのファミリーマートで、ダイキたちはペットボトルのコーラを、ボクはカップでアイスカフェラテを買った。正直なところ、珈琲の味の良し悪しは分からないが、横浜でセンセイが飲んでいたテイクアウトのカフェラテは、なんだかとても大人の香りがして、美味しそうだと思ったのだ。

「お、みーやん、コーヒー?」
「う、うん。たまには」
「味わかるんか?」
「あんまり。でもカフェラテは飲める」
「俺、ようわからん」

ボクたちは、駐輪場の横の車止めの柵にもたれながらコーラとカフェラテを飲んでいた。

「あのさー、コーラって歯とか骨が溶けるっていうの、ホントなんかのー?」
「溶けんじゃろ。そんなもんで溶けてたら、俺等もうとっくに歯無しじゃー」

アリマがおじいさんのようなジェスチャーと喋り方をして、ダイキがウケている。ボクはちょっと苦いカフェラテの、まだぬるい部分と冷たい部分を左手で確かめながら、どのタイミングで話を切りだろうかと悩んでいた。

「なあーみーやんさ」
ダイキがこちらに話を振ってきた。

「なんか今日、ボーっとしとらん?」
「…あ」
ダイキには気づかれていたのだ。

「なんか、授業中も当てられるのに気づいとらんかったし、部活でもノビ先輩に声出しを注意されとったし」
「ああ、うん」
そろそろかな、と思う。

「うんと、ダイキらは、人を好きになったことある?」
ちがうちがう。口から思わず出てしまったが、そういうことを聞きたいんじゃない。

「お、みーやん、好きな子できたんか?」
「あ、いや、あの」
「えーな、誰じゃ?野口か?」
「いや、違う」
案の定、ダイキとアリマに絡まれる展開になった。

「じゃ、じゃあさ、野口と中野じゃったら、どっちが良いと思うよ?」

アリマが聞いてくる。野口さんと中野さんは、横浜の修学旅行で同じ班だった女子だ。野口さんは背が低くて痩せ型、中野さんは165cmほどで、ぽっちゃりめの女子だ。同じ班だった南さんに言及しないのはどういうことだろう。

「な、中野さんかな」
中野さんは、小学校の6年の運動会でフォークダンスでペアになったとき、耳元でボクのことを好きだと言ってくれた村上さんにちょっと似ている。ぽっちゃりしているからか、手を繋いだらふわふわしていたのを思い出し、ちょっと興奮した。ただ、村上さんとはそれっきり何もなかった。

「そ、そっかー、中野、ちょっといいよなー」
あれ?アリマの様子がおかしい。

「あ?アリマ、中野のこと好きなんか?」
「あ、うん、ちょっといいなって、修学旅行の時から」
「いいんじゃね、中野は行けそうだろ」
知らぬ間に、アリマの恋バナになってきている。そうか、ここで切り出せば良いんだ。

「あ、あの、その『好きになった』ってどういう感じ?どうしたいとか、ある?」
「あ?そりゃあ、キスしたりセックスしたいとか…」
「あ、大声で言うなよ」
「セックスしてみてえなあー!」
「ダイキ!」
「中野さ、胸大きいし、優しいしいいよな」
ダイキはヤケクソ、アリマは自分の世界に入りつつある。

ダイキとアリマと別れ、LEDの点々とした照明以外、すべての景色が青く染まった中を自転車を家に向かって走りながら考えた。とりあえず、センセイには何かLINEを返そう。それで何もかも終わるわけじゃない。でも何を返せばいいんだろう・・・。

(つづく)