111. お遺影騒動。

「ゴールデンウイークな、ちょっとみんなで帰ってきてくれんか」
突然、父親から電話がかかってきたのは、4月の第一週の週末。仕事では科研費の不採用通知をもらい、所長に連日「だから論文を出さないと」と嫌味小言を言われ続けてげっそりしていた土曜日の朝である。

「話すと長なるんやけど、とにかく、文(あや)ちゃん連れて来てくれんか。3日でええ。今年はどうやったっけな、3連休は…3、4、5とあるやないか。ここでええ。新幹線予約して」
こちらがどう考えているのかなど無視して来る。いつものことだ。

「お父さんから?なんの電話だったの?」
妻が聞いてきた。

「ゴールデンウィークに、実家に帰ってきてほしいんだと。お金は出すって言ってた」
「そうなの?お金出るならいいやん」
「うーん、んなんか企んでるようなきがするんよな…」
「いいじゃん。ついでだから、金曜も休んで6連休にしたら。それくらいは休み取れる?」
「うん、今なら取れるかな」
「文の学校、創立記念日で6日休みやし」
「え、そうなの?」

なんだか腑に落ちないまま有休を申請し、5月2日の夕方の新幹線で、K府の実家へ向かった。K駅から在来線で約10分。つくづく便利なところに家を建てたものである。その分、S県に比べると住宅はめちゃくちゃ高く、だいたい同じような家で2000万円ほど違う。

「ただいま」
「おー、文ちゃん来た来た」
「文ちゃんおかえりー。また大きなったね」
「125cmだよ」
「大きいなー、もう少しでお母さん、追い抜かされるわ」
「サチさんもお帰り、荷物置いて、上がってあがって。夕飯できてるから」
父と母はとりあえず、子供さえいればよいのである。

夕食後、父親がタブレットを持ってきた。

「ところで、今回の件なんやけど」
「うん?」
「実はな、近所のミサキさんていう、昔畑を貸してくれてたおじいさんの孫がやな…」
誰か知らない人の話が長々と続く。

その後の話を要約するとこうだ。

ミサキさんの孫が、AIを使ったベンチャー企業を立ち上げたらしい。ベンチャー企業といっても、マンションの一室で、4人ほどの会社らしい。そこでAI技術を使った、応答ができる『AI遺影』を作り始めたという。その最初のテストケースを頼まれたらしい。

「で、いくらなんよ?」

「ん、100万円」
「ひゃくまん!?」
「でもテストだから、25万でええって」
「にじゅうご、まん。ンン、ンンン…」
「まあ、ミサキさんにはお世話になってるし、25万円くらい投資してあげるがな」
いろいろな事情で、退職後の楽しみであった海外旅行にもいけなくなってしまった昨今、本人が納得しているんだからまあいいか。

「お風呂上がりましたー」
「あがったよー」
妻と娘が風呂から上がってきた。

「それでな、風呂の前に、これ見てや」
「え?なになに、見る見る」
父が2年前に購入したタブレットを開くと、父親が草原で謎のダンスをしている動画であった。音がないのが少し不気味である。

「これ、すごいやろ」
「なにこれ、変なの」
「何?こんなダンスすんの?」
「せえへんねんや。体をぐるぐるーっと、15分くらい写真にとって、1日センサーをひじとか膝につけてデータを取ったら、こういうのができるんやと」

「へー」
そう言われてよく見てみると、腕や足の曲げ方、ジャンプのあとの腰が残る感じなど、実に父の動きとよく似ている。

「これにな、言葉をつけんといかんねや。顔だけ、また来月撮影に行くんやけど、その前に、今こうやって喋ることを録音してんねんや」
父は、ジャージの下に来たシャツの首のところから、小さい機械を取り出した。

「ここにSDカードが入ってて、ボクが喋ったやつが録音されてる。1週間経ったらSDカードを入れ替えに行くんや」
128GBとして、どれだけ録音できるのかわからないが、なるほど、ドライブレコーダーみたいになっているのであろう。

「それでや、周りの家もほとんど年寄りばっかりやし、あんまり若いのと喋らん。家の中やと、お母さんとしか喋らへんからな」
「ああ、なるほど」
「お母さんとしか喋らんと、声がこう、低い声ばっかりになるんや」
「はあ」
「だからな、文ちゃんが来てくれたら、自然な声が出るやろ。文ちゃんありがとなー」
なるほど、それが目的だったのか。

「明日な、これまでのデータの試作品をタブレットに入れたのをかしてくれはるんやて」
「へー、それは楽しみ」
妻は面白がっている。

翌日、連休初日の午前中に、父はミサキさんの家に出かけていった。私は母に尋ねた。

「ところであれ、どういうふうにすんの?仏壇に入れるとか?」
「うん、そやね。どうしよっかな」
「常時つけとかなあかん、みたいな感じになるんかな」
「いや、そんなこと無いらしいで。前にアンタ、喋るスピーカーくれたやろ」
GoogleのAIスピーカーである。父がラジオ代わりにあっちこっちの部屋に持っていって使っているらしく、1年ちょっとでえらくみすぼらしくなってしまった。

「あんな感じで、コンセントを挿したら動くみたいなのになるって言うてはったで」
「ふーん、で、お母さんはどうされますの?」
妻が割り込んできた。

「いややわ、あんなんで保存されんの。死んだら静かに思い出してくれたらええ」
「えー、お母さんもやりはったらいいのに」
「いやいや。あ、そろそろお昼の買い物いってこ」
なるほどね。歳をとった姿でずっと生き続けるのは嫌という人もいるわけか。まずは目の前に一人。

昼食の後、父は借りてきたとみられるiPadを取り出した。

「これがな、サンプルらしいんや」
父は苦戦しながら、おそらく該当するサンプルのアプリを立ち上げた。「MMM software」とおそらくミサキメモリアルなんとかいうベンチャー企業のロゴが一瞬映ると、いきなり草原に立つ父の写真が現れた。

「ほら、なんか言うてみ」

「こ、こんにちは」
『こーんにちわ』
確かに父はこういう挨拶をする。

「じいじ、おげんきですか?」
『はい、ボクはここでずーっと、元気ですよ』
娘が話しかけると、iPadの中の父はそれなりに考えたように答えた。

「なんでその服なの?」
iPadの中の父は、長袖の細いストライプが入ったラグビージャージを着ている。メガネは普段使っているべっ甲だ。

『そうやね、着替えることはできるけど…まだその機能は実装されていません』
途中から事務的な声で返答がなされる。機能ができていない部分はエラーメッセージを話すようになっているようだ。

「さっきから気になってるんやけど、ひょっとして、こっちのこと、見えてる?」
『見えてますよ。5人いるね』
なるほど、カメラで我々を認識する機能もあるようだ。というのも、喋りかけた人に向かって、目や顔が少し動くのである。

「へえ、すごいな」
「そやろ。さすが100万円やからな。いい加減なものは作れんわ」
父は自慢げであるが、作ったのはミサキさんのお孫さんだ。

「少しは昔話もできるんやで。大学はどこに行ってましたか?」
父は調子に乗って、自分で自分に質問を始めた。

『大学はT大学の工学部。テニスサークルに入ってたよ』
「楽しかった?」
『それはそれは、楽しかったなあ。遠征で大阪に行ったときに飲んだサイダーは、この世のものとも思えないくらいに美味しかったよ』
なるほど、そのエピソードは何度か聞いたことがある。

『その時初めて、ビールを飲んだんやけどね、あれはよくわからんかった。ビールの美味しさがわかるようになったんは、就職してからや』
その話も何度も聞いた。

「これってさ、そういうエピソードはどこから入力するの?」
「ああ、だから1ヶ月以上、出来たら1年以上ずっとマイクを付けて生活するんやな。そこからエピソードを拾いやる」
『そう。たくさんインタビューをしてもらったから、ちゃーんと覚えてるんですよ』
父とiPadの中の父の両方が答える。

「これって、話しかけてきたりもするの?」
『こちらから質問しようか?』
「おおっ?」

『最近、仕事の具合はどうなんや?』
「ああ、うまくいかんね。科研費も落ちたし」
『そうか、なかなか難しいんやな。でもしばらくしたら良くなるで』
「うん」
『体は壊してへんか?』
「それは大丈夫。ありがとう」
さすが、最近のAIは自然に会話ができてしまう。故人を知っている人なら、茶飲み友達のように話が弾んだりもするのだろう。

「いややろ、お父さん死んでも、ずっと生きてるみたいになるやん」
母はどうにも嫌悪感があるようだ。

「でもこれ、すごいですよ。まるっきりお義父さんですよ」
「じいじ、二人になってるよ」

妻と娘は絶賛していた。娘は"遺影“の意味がわかっていないのだろう。

連休が終わり、6月。暑くなってきたさなかに、また父から電話がかかってきた。

「こないだのあれな、大体できたんやけど、問題が起きたんや」
「はあ、何?」
「連休に帰ってたやろ、あの時のデータが全然取れてへんねんや」
「ええー?でもあの感じやったら、特に問題ないやん」
「いやいや、文ちゃんがいるときに声が高くなるやろ、ああいう声が入れたいんや」
「近所の子供と話せばいいやん」
「いやいやいや、文ちゃんやないとあかんねん。悪いけど来月、帰ってきて」
「うんまあ、夏休みは考えてるけど、さすがに7月中は無理やわ」
「文ちゃんだけでええから」
「無理や。8月な」
「わかった、テレビ電話しよ」

それから1ヶ月、毎週土曜日の1時間、テレビ電話がかかってくるのである。

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著者追記
2年ほど前から書きかけて置いていたライトSFのプロットなのだけど、まさかの実現化が加速しているため、急遽書き上げました。「2万件から20万件の質問に応えられる」というメモは残していたが、実際問題現実のGPTはそんな桁ではないため削除。SFが書きにくくなりますね。