68. 赤いギターと女子高生 (2/全3回)。

(第1回 https://note.com/tikuo/n/n313793252a6c )
(O駅西口で、ギターを買いに行くために待ち合わせをした私と女子高生めぐみとのぞみは、何故か現れた研究所事務の辰巳さんの車に乗り込んだ)

「おはよー、センセイ、今日はよろしく」
「えー?どういうことです?」
「めぐみはウチの娘。あと上に男一人いるの」
「えええー!?」
「先週ね、Sモールの近くのハードオフにいたでしょ。あの時、私らも行ってたの」
「ああ、そういうことか」

なんとなく、先日の電車での会話がわかったような気がする。カバンの色だけで、知らない人を見分けるなんてほぼ無理である。

「それでさー、めぐみが急にギターやりたいとかいい出して、見ようとしたら武井センセイがいたから、隠れた」
「なんで、声かけてくださいよ」
「だって、真剣にギター見てたでしょ?」
「いや、ベースなんですけどね」

「あ、ところで、どこ行くの今日?とりあえず車出すよ」
後続の車が現れたのだった。
「うーんと、じゃあ、まず西の方、17号まで出ますか。17号を左折したところに、セカンドストリートっていう、リサイクルショップが有って」
「へー、あんなところにねえ」

早速のぞみが聞く。
「ねえねえ、センセイセンセイ言ってるけど、どういうこと?」
「それはねー、武井センセイはえらいセンセイなのよ。ハカセなの」
辰巳母。
「いや、全然えらくないですけどね。センセイって言われるの、慣れてないし」

話を変える。
「ところで、めぐみ…ちゃんはどういう音楽がやりたいの?」
親がいる手前、めぐみちゃんと呼ぶのが恥ずかしい。
「わー、めぐみちゃんだってよ」
のぞみに茶化される。この呼び方はもうやめよう。

「…ガールズロックっていうか…」
めぐみは口ごもっている。

「めぐ、プリンセスプリンセスでしょ!?」
のぞみが代弁するように答えた。

「へえー!?」
私と辰巳母は同時に驚いた。
辰巳母はちょっと焦りながら答える。
「なーんだ、プリプリなら、昔CDいっぱい買ったよー、今は実家にだけど」
「ええ?あんの?」
「だってー、私らの世代でしょ。SHOW-YAとか、ピンクサファイアとか」
「ちょっとー、CDあるなら早く言ってよー」
「だって、あんた、プリプリ好きとか家で言わないじゃん」
「Youtubeで見て、かっこよかったんだよー」

なるほど、それで赤いギターか。なんとなく納得した。

「辰巳さんは、昔ファンだったんですか?」
「ファンってわけでもないけど、髪の毛赤くしたりしてたよ」
「えっ?ママが?」
「ママ…」
思わず口に出してしまっためぐみが赤くなってうつむく。

「そうそう、で、その後にX-Japanとか出てきて、なんか白けてきてあんまり聞かなくなったんだよね。ここ左ね?」
「そうです。あ、あの青い看板」

*

「はいはい。車入れておくから、あんたたち先行っといてー」
「すいません。入って左奥が、楽器のコーナーね」
「古着屋じゃねーの?」
先程「ママ」と口に出してしまってから、弱気になっていためぐみが、強がっていう。
「ていうか、リサイクルショップ。何でもある」

入口を入り、まっすぐ置くまで進んで左へ。店の規模相応の、小規模な楽器コーナーには、ギターとベースが合わせて20本足らず、上下に吊られている。

「あっ、これにする」
「え?はやない?」

めぐみが指差したのは、Target by Fernandesの赤いストラトキャスタータイプだ。パッと見た限りはきれいで、傷もほとんど無い。色はチェリーレッドと言われるような、明るい朱色のような赤で、かなり派手だ。

辰巳母が遅れて現れた。
「めぐちゃーん、どう?」
「これにする」
「えっ?早くない?もうちょっと見たら?」
「いや、絶対、これ」
「3,900円って、安すぎない?ほら、こっちなんか18,000円。こっちは、いちじゅうひゃくせん…12万円もするの?こんなにボロボロなのに?」
ビンテージなのか、レリックなのか、Fender USAのサンバースト仕様だ。

のぞみも別のを指していう。
「めぐ、赤いのならこっちもあるじゃん」
メタリックで落ち着いた赤のキャンディアップルレッド、別名消火器色のストラトキャスターを指差す。安ブランドのセルダー製で、値段は7900円税抜。

「そっちの色、おばさんっぽいじゃん」
おばさんっぽい…。きれいな色だと思うけどなあ。

「じゃあまあ、店員呼んで、試奏してみたら」
「しそう?」
「試し弾き」
「私、弾けないから」
「わかっとるわ。私が弾く。中古だと音が出ないとか、普通にあるから…で、試奏コーナー無いんかなこの店?あのーすいません」

店員に声をかけると、売り物のアリアプロの小さいアンプを電源タップに繋ぎ、シールドケーブルやチューナー、ピックの入った試奏セットのカゴを持ってきてくれた。店員が弦を触ると、ちゃんとギターの音がアンプから出ている。

「ちょっと先にチェックするから」
各弦の1フレットから22フレットまで、全て音が出るのを確認する。セレクタをガチャガチャといじって、ピックアップが生きていることを確認し、ボリュームとトーンを回して、ひどくガリのないことを確認した。
「じゃあ、ちょっとここ座って、これ持って」
「いや、私弾けないから」
「わかっとる。まずは持ってみる。重すぎたり思っていたのと違うなんて言うことがあるから」
「はーい」

紺の制服にチェリーレッドのコントラストは、思っていた以上にそれらしい。何かのアニメのフィギュアにありそうな色合わせである。

「めぐちゃん、どう?」
「んー、わかんない」
「重くないかとか」
「重いー」
「まあでも、それより軽いのは無いしな」
「えー、ギターってこんな重いの?ステージで走ったり、振り回したりしてるじゃん」
「ストラップを付けて、あとは、慣れや」
「慣れるかな?」
「慣れろ」

「ちょっと代わってくれるか?傷とかもう一回見るわ」
「はい。重…」

傷は、エンドピンあたりの裏側に2箇所ほど打ったような跡があるが、目立たないし、問題ないだろう。ペグやネジなどの欠品はなく、ネックは1フレットと22フレットを抑えて弾くと音が出る、軽い順反り。オクターブも、チューナーで見る限りは合っている。フレットがサイドに飛び出してザリザリしないのは、さすがFernandesだなあと感心する。

「やっぱり、これにする」
めぐみは初志貫徹で購入を決めた。

「このアンプとかは要らないの?」
「あー…この店はロクなん無い…高いんで…他で探しましょ」
「ケースは?」
「うーん、ケースも高いな…1200円で買う?」
「買うー」
「じゃあ、あとは換えの弦は、初心者なので細めを2セットくらい。新品のストラップと、中古のシールドケーブル1本。100円のでいいだろ。ピックも買っとくか。あとそうそう、スタンド」

辰巳さんが心配そうに聞いてくる。
「ねえ、ほんとにこんな安いの大丈夫なの?壊れたりしない?音がすごく悪いとか」
「いや、無いですよ。ネックがちょっと反ってるけど、逆に弾きやすいくらい」
「じゃあ、なんであんな高いの売ってるの?」
「ブランドイメージ、ですかねー?」
「これは安いブランドなの?いくら位のもの」
「フェルナンデスだから、日本の普通のメーカーですよ。もとは、2万とか3万かなー?」
「ってことは、中古だと1/5になるんだー」
「いやー、新品で買うのがバカらしくなるでしょ」

辰巳さんがレジで7000円余りを支払い、購入したての新古品ケースにギターを入れ、肩掛け紐を調節してもらう。リュックにもなるタイプのようだ。

「うひゃー、バンドやってる人みたい」
「いいなー」
めぐみのぞみのコンビが交互にケースをかついで、古着コーナーの鏡でチェックをする。制服とギターケースの組み合わせは、何でも許されるような気がする。男子でも。

支払いが終わった辰巳さんに声をかけられた。
「で、もう終わり?」
「いや、まだ11時ですし、アンプというか、エフェク…いや、あとまあ、弦交換とか調整とかしますわ。別のリサイクルショップと、100均に行きたいですね」
「うーんと、A駅のほう?」
「そうですねー、でかいセカンドストリートと、あと、ハードオフです。Sモールでもいいですけど」
「じゃあ、Sモール行こうか。昼ごはんも食べられるでしょ」

(つづく)