15. 球根が掘り起こされる。

 昨年から、職場に花を植えている。いや、正確にいうと、花の種を植えている。
職場の裏手の、道路に面した花壇は、雑草が生えるからということで、定期的に土だけになるまで草刈りが入っていたのだが、その一角を勝手に花壇と定義して、2年前から花の種などを植え始めたのだ。

これまでの結果からいうと、そんなにはうまくいかない。種から芽が出る率というのは、予想しているよりもずっと低いし、それがそこそこ大きくなる率に至ってはかなり低い。簡単だろうとホウキ草やパンジーに手を出したが、芽が出てもあっという間に無くなってしまう事が多い。簡単なのはヒマワリとアサガオぐらいだ。それにどうやら、ほとんど砂にしか見えない土も悪いらしい。さらに、一度失敗すると、1年立たないと次のターンが始まらないのだからたちが悪い。実験にしても、ゲームにしても改善するには効率が悪すぎて、歳をとらないと園芸に興味を持てないというのもうなずける。まあ、元手数百円で実験をしていると考えれば、なかなか面白い。そういう歳になったのだ。

苗で宿根草を買ってくればよいのは解っており、サルビアだのタイムだのを植えたところ、あっという間にはびこって、他の職員から雑草扱いを受けていると言われてしまった。一角でずっと花が咲いて、雑草が生えないのは、誰のおかげだと思っているのか。

自称園芸家の上司である所長は、最近は雑草の名前を覚えるのがマイブームらしく「クズが生えてきてないー?」「あそこに生えてきてるの、オニタビラコかなー?抜いたほうが良くないー?」「セイタカアワダチソウが生えてきたよ。あれはダメだよー」などといっぱしの植物通のようなふりをしているが、実のところ、事務のおばちゃんの話に合わせるために、急遽覚えた一夜漬けのナスより浸かりの浅い知識であることは明白だ。去年の正月休み明けに、なぜかまだ赤い花をつける、驚異的な勢いのサルビア ミクロフィラ、通称チェリーセージを「枯れそうだから、あの赤い花抜いてよー」と言ってきたのは、ずっと忘れない。おっさん、宿根草の意味解っとんのか?

さて、どんな雑草が生えるかというと、タンポポのオバケのようなノゲシやエイリアン的にはびこるヤブガラシ、オヒシバ、イヌホウズキ、アカメガシワなど。春になるとオレンジの可憐な花が咲くが、一般的には嫌われている外来種のナガミヒナゲシや、有川浩の『植物図鑑』で有名になったノビルも、名前に負けずよく伸びている。9月には得体のしれないキノコも生えることがあり、毎日眺めて観察していると、「気持ち悪いから撤去せよ」とお達しを食らうのだ。

さすがに大物の雑草は撤去しないと、植えたものもろとも除草対象になってしまうので、管理している区画だけは、気が向いた昼休みに抜いたり刈ったりしている。

そんなことを2年ほど続けていたところ、突然大量の球根が届いた。研究所OBの方が送ってくれたそうである。

正直なところ、11月以降はまける種がほとんど無いので、ありがたくいただくこととする。11月の初旬の昼休み、一応レイアウトは考えるが、だいたい適当に畳一畳ちょっとのスペースに埋めていく。砂地なので水が気になるが、なんとかなるであろう。

そんな11月の終わりに、廊下で突然所長に呼び止められた。
「あのねー、球根植えたでしょー?全然、埋まってないよー」
ナヌ?

あわてて移植ゴテ1号を持って向かってみると、たしかに10個ばかり、地表に転がっている。それらを埋め直し、ペットボトルで水をまい。

そこから1週間。
「ねーねー、また球根ねー、転がってるよー」
ナンデスと?

はたして、5個ばかりを埋め直す。半数ほどは先に埋め直したものである。職場の同僚で、草刈りを手伝ってくれる人と話してくれた。
「あそこはね、カラスがよく来るし、ネコがトイレにしてるから、カラスかネコじゃない?」
うーむ、それにしても、エサでもないのにほじくり返すという意味がわからない。当然かじられたりしていない。

その後、12月に入った後は、球根が転がることはなくなった。と思っていた。

12月も下旬、仕事納めが見えてきた頃、また一部の球根が転がっているではないか。これはネコやカラスの仕業じゃない。きっと近所の年寄が、何を植えているのか気になってほじくり返し、なーんだ、ただの球根じゃないかと放置しているに違いない。いつもは枯れ葉が鬱陶しいとか文句を言いやがるくせに、とブツクサ文句をいいつつ、寒空の昼休みに、移植ゴテ2号を持って現場に向かう。

その現場で見たものとは。
球根である。緑の芽が4cmほど伸びている。その球根の下には、土から5cmほどはみ出した根の束が、真っ直ぐ下に向かって伸びている。しかし、これは…いくらなんでも真っ直ぐすぎないか?上に引っ張ると、あっさりと土から取れた。傾けてみても、10cmほどの真っ直ぐな根は、全くしならない。見た目は博多ラーメンのごとく白く細いにもかかわらず、触ってみると固く、針金のようである。

これでも科学者の端くれであるので、原因を推理する。この球根は、植えたらすぐに芽が出て根が出たのであろう。その根は真っ直ぐに弱い砂地の中を突き進み、残念なことにその下に敷かれていた砂利の層に到達したが、砂利の間に伸びるのではなく、柔らかい砂をいいことに、球根と芽を上に押し上げてしまったのであろう。

したがって、ヒガンバナの根は硬くて、真下に伸びる。証明は終了だ。
いまだに11月にチューリップの球根をほじくり出した不届き者は解っていない。