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第一話 『ムッコちゃん』(下)

 「いや、もう少し付き合ってくれないか?」
謎の高1女子にそう告げられたおれ。

高1女子は星新一の『ボッコちゃん』、おれは宮部みゆき『龍は眠る』、誉田哲也『ブルーマーダー』を購入し、エスカレーターを下る。

「責任をとってもらおうかと」
「はあ?」
あくまでも戦闘的、高圧的な態度を取る地味高1女子から「責任」なるものを押し付けられ、おれは呆然とした。

「あのなあ、座り込んだのはお前が勝手にだろ」
「しかし、その、そこから漂う、おそらく鶏の唐揚げと思われる匂いが原因だからな」

なるほどねー。今日の夕飯のために大宮駅に隣接したダイエーで買った唐揚げですか。これ、いつも帰りに匂いが気にはなる。

「なにかおごってくれ」
「…うんー? まったく、納得いかんなー。なんでおれが見ず知らずのお前に飯をおごる必要が」
「いや、飯までいらん。下にドンキがあるから、お菓子でいい」
「子供かよ!」

さすがにポテトチップスの一袋を押し付けて帰るのも、いくらなんでも大人げない気がする。おれは一瞬のうちに複雑な計算と位置情報、周辺地図の検索を高性能オクタコアのスマートフォン並みに計算した。女子高生がおっさんと入っても問題なく、軽食が食べられる…。

「マクドナルドでいいか?」
「よし」
何がよし、だこの。

*

おれたちは駅前の大きな交差点を渡り、広めのマクドナルドに入った。駅のすぐそばにも、駅の反対側にも、なんと5軒ものマクドナルドがある大宮駅の中でも、ここが一番大きい。そしておあつらえ向きに窓向きのカウンター席があるのですかさず確保する。これで顔を合わせずに話せるという三段だ。

謎の高1女子を席に座らせ、ポテトのL、ホットコーヒー、コーラのSを注文した。

「わ、Lか。あたし、そんな食べると思ったのか?」
「おれが半分食うんだよ」

ポテトをペーパータオルの上に少しぶちまけ、半分よりは多い、赤いパッケージとコーラを高1女子に手渡した。

「でさ、何なのこれ?ナンパ?タカリ?」
おれの頭の中には、謎の高1女子に対する不信感しか無い。

「いや、おっさんが勝手に本を選んで、ポテトとコーラをおごってくれただけだが?」
タカリかよー。

「とりあえずさ、自己紹介くらいしろよ」
「あー…本名で?」
「当たり前だろ」

「山本睦月。高1。女子」
「女子は知ってる。おれは大井夏樹。おっさん」
「おっさんは知ってる」
「まだ33だよ」
「33はおっさんだ」
あくまでも憎まれ口を聞くようだ。ヤマモトムツキは、おれがポテトを3本食べる間に6本は食う。育ち盛りのようだ。

「話は戻すが、本を選んでくれってやつ、何なの?なにかの宿題?」
「いや、国語の成績が悪くて、教師と友達に『本を読め』と言われた」
「で、見ず知らずのおっさんに声を掛けたわけだ」
「いや、声をかけてきたのオーイだろ」
「あそ。国語以外は成績いいのか?」
「うん、他は平均80は超えてる。国語はいつも40点くらい」

他の教科が80点で、国語で50点を割るとなると、相対的に悪いのかもしれない。おれが高校の頃は、英語と数学はいつも30点以下だったから、教師に理学部に入ると言ったら驚かれたっけな。

「大学は理系か?」
「文系は無理。したがって理系しか残らない」
したがっての意味がわからんぞーおい。

「とにかく、長い文章が苦手だ。だから、現代文と古文はカンで解く。漢文は短いから大丈夫」
「ひでえな、それ」
「それで、『長い文に慣れるために、本を読め』と言われたっぽいな」
睦月は完全に他人事のように、さらには高圧的に話す。

「あのさ、ヤマモトさん?その口調は、何かのキャラかなにか?」
「いや、自然とこうなった。部活の仲間もこんな感じだし」
「何部?」
「文芸部」

おれは、飲みかけたコーヒーを吹き出しそうになった。

「ブンゲイ?ブンゲイ部?小説読めないのにか?」
「文芸部とは名ばかりだからな。実際にはオタク部だな」
「ブンゲイはいいのか?」
「ああ、小説を書く文芸チーム、漫画を描くマンガチーム、そしてアニメを見るアニメチームに分かれている」
「で、あんたはアニメチームということね。喋り方は、アニメの影響かー」
「あんたっていうな、あたしは学校ではムッコと呼ばれている。オーイもムッコと呼ぶといい」
「ムッコ、ちゃん?」
また吹き出しそうになってしまった。

「ちゃんはいらん。ムッコでいい。睦月だからムッコ。変か?」
「ひょっとして、1月生まれ?」
「そうだ。よくわかったな」
「親の名前がサツキだったりする?」
「…なぜわかる?」
ほほう、両親も論理的な考え方をお持ちのようでちょっと好感が持てる。

「でさ、ポテトで満足した?これで解散でいいよね」
「いや、1ヶ月後、また本を選んでほしい」
「はあ?」
「おそらく、そういう締切やプレッシャーを課さないと、あたしは本を読まないと思う。1ヶ月でこの本1冊は読む」
「まあ、読めると思うけどね」
「100円とはいえ、お金を出して本を買うのも、他人に選んでもらうのも、自分にプレッシャーを掛けるためにもいいと思う」
「まあそうかもね。1ヶ月後って?」
「3月19日、土曜日の午後5時にあのブックオフで」
「ええー、連休じゃん」
おれはカレンダーを見ながら絶望していた。とはいえ、独身の三連休なので、やることがあるわけではない。

「どうせ独身のおっさんが、連休にやることもないのだろう。休日にJKと話せるんだから、ありがたいと思うといい」
「思えんなー、ムッコ、だし」
国語はカンで答えて40点しか取れない高1のくせに、おれが独身で休日には特にやることがないことまで見透かされているのに、少し腹が立つ。

「うん、やっぱり4時にしよう。早いほうがいい」
「おま、ムッコはどこから来てるわけ?」
「武蔵浦和だが?」
「はあ?浦和とか池袋に近いのに、わざわざ大宮まで来んのか?」
「オタショップは大宮に十分あるが?浦和には無いし」
「友達は?」
「ヤツらは、池袋に行く」
「だろうねー」
ムッコが大宮にこだわっているのは、友達と会いたくないということもあるのだろう。

「じゃあさー、待ち合わせにLINEとか連絡先くれる?すれ違いも嫌だしさ」
正直、この常時毒を吐きまくる女子のLINEはめんどくさいだろうなと思うが、家から程遠い大宮ですれ違うのもかわいそうだろう。

「じゃあ、twitterのDMで」
「えええ…?」
「Gmailは学校や親にも見られるので困る。LINEはリア充のツールだからインストールしてない」
「リア充。久しぶりに聞いたな、それ」
「普通に使うが?」

しかし、おれのtwitterはと言うと、フォロワー30人、会社の愚痴と千葉ロッテのやじしか書いてないんだよな。まあいいか。

「じゃあ、小文字でooi_ooi_ooiって3回」
「センス悪っ…」

「フォローした。返して」

スマートフォンを見ると、新しいフォロワーに"mucco_dyne"という鍵付きユーザーが現れた。フォロワー450人。なんなんだこいつ。

「あ、あのさ、この『ムコダイン』って何か知ってんの?」
「薬でしょ。かっこよくない?」
「痰切りやぞ」
「そうか。かっこいいから、べつにいい」

おれはコーヒーを飲み干し、ムッコは氷をザラザラと一口含んだ。そして我々は店をあとにして駅へ向かった。しかし交差点を渡ったそこにもマクドナルドがあるのだ。変な駅である。

「じゃあオーイ、1ヶ月後16時だ、忘れるな」
最後まで気に障る言い方をするガキだな。

「気をつけて帰れよ。おれは東武だから」

おれたちの目的地は、大宮駅の西の端と東の端である。

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登場人物
大井夏樹 好きなポテトはカリカリした細いところ
山本睦月 好きなアニメは『らきすた』

第2話は書けたら出します。1ヶ月後くらい先で未定。オーイとムツキで続きます。