25. アザミのロゼット。

 通勤で通る交差点の横の角地が、昨年の夏頃に家が取り壊されて、更地になっている。住宅建設には疎いが、更地にする際に、赤土が運び込まれるという慣習があるらしく、しばらく雑草も生えていなかったが、秋前から急速に雑草、それもたちの悪いものばかりが生えてきた。

ノゲシ、オヒシバ、ヨウシュヤマゴボウ、そしてアザミである。いずれも放っておくと人の背丈くらいも大きくなり、大量の種を放出する。雑草四天王というような様相である。ノゲシは割と「四天王の中でも最弱…」と思われそうだが、ヒョロヒョロしてるふりをして、防草シートを食い破る力を持っていたりする。

季節は進み、冬になり。ノゲシとヨウシュヤマゴボウはなりを潜めた。もちろん、潜めているだけで、暖かくなるとすぐに復活する。しかしアザミだけは、巨大なロゼットを形成し、霜がおりようがお構いなしという風合いである。

ロゼットというのは、地面に低く葉を伸ばすタイプの、タンポポなどの植物が、日差しの少ない冬場に、地面の上に円形に葉を広げて、日光を効率的に受ける形である。タンポポの他、ノゲシやアザミも形成する。タンポポではせいぜい直径30cmと言うところだが、ノゲシだと50cm程度、アザミともなれば1mを超える巨大ロゼットを作る。空き地の更地にノゲシのロゼットが目立たないのは、表面がガタガタできれいに広がれないのであろう。アザミはと言うと、きれいな円形で1mほどまで広がり、厚みも10cmほどある、よくいわばふんわり、悪く言えば禍々しい形のロゼットを、3m間隔で形成している。海底に点々と存在する、巨大なオニヒトデのようであり、楳図かずおの『漂流教室』の一シーンのようでもある。砂の上をゆっくりと食べ物を求めて迫ってくる、直径1mほどのトゲだらけので放射状の生物。十分にホラー映画のワンシーンである。

放射線状に形成されたロゼットは、昔母親が手作りしていた毛糸の帽子のつむじ部分や、おばあさんの作る編み込みのコースターのようにも見える。茶色の赤土の上に、見事な深緑のコントラストは、暗黒世界へつながるワープゾーンにも見える。寒い日の朝には、中央付近から外に向けて白く霜がつく。中央に近いほど若い葉で、蒸散呼吸が活発なのであろうか。厚みと凄みで、古タイヤでも落ちてるんじゃないかと錯覚するほどだ。

アーティチョークとして蕾も食べられるアザミではあるが、一般的に、たちの悪い雑草である。何がたちが悪いかと言うと、葉や茎に鋭いトゲが有るのだ。

10年ほど前、今の家を購入した。建売だったにもかかわらず、路地に奥まって車の出し入れがしにくいということで、長く売れ残っていた。春前に入居した際に、赤土の庭にはやはりアザミが生えていた。いや、アザミ「も」か。オヒシバやカタバミ、オオバコやタンポポに混じって生えており、入居して最初の仕事は庭の草抜きであった。

意外に硬いオヒシバの根に比べると、他のものは楽勝と、軍手に小さい移植ゴテを片手に、刺してほじくって抜くを繰り返していた。しかし、庭の南東隅で抜けた草を掴んだ瞬間、思わず飛び上がった。左手の親指の関節付近に激痛。

軍手を外してみるも、何もあるように見えない。見えないにもかかわらず痛い。きっと何かのトゲが刺さって抜けたあとなのであろうと、作業を再開した。激痛を感じたところに生えていたのは、海外RPGに出てくる、目付きの悪いサラマンダーの背中のように薄黒く縮れ、曲がった部分にはもれなくトゲだらけのアザミの葉である。葉の1枚はたった10cm程しかないのだが、その葉の上に白く伸びるトゲは、長いものでは1cm近く有り、縫い針のように細く硬い。裁縫中に縫い針を誤って指に刺してしまうと、その後しばらく鈍痛が続くが、それに近い事が起こっているのだろう。

しかし、アザミのトゲが刺さって痛みを感じた親指は、その後一週間たっても痛みが引かず、なんとなく刺さった方向に、筋が通っているように見えた。痛いところを我慢して、筋の根本あたりの皮を爪切りで少しずつ削り、ちぎっていく。血が滲み、別の意味で痛みが増したところで、0.5mmほどの何かが見えた。研究用の、デッキピンセットという平たいピンセットで、押し込まないように端を掴んで引っ張ると、5mmほどの白いトゲが抜けた。そりゃいつまでも痛いわけである。

それから、子供と妻に、アザミというものを事あるごとに教えるとともに、100円ショップで火ばさみを購入した。また、ホームセンターでは、近づかなくても草の抜ける、立鎌というものも購入した。150cmほどの棒の先に、小さなカマが付いているものだが、固くて抜けにくい雑草でも、土ごと取れるので重宝する。

次の家が作られるまで、大きなタイヤが10個足らず落ちている空き地。自分の庭ではないので、どんどん育ってほしい。そのまま人間を食うところまで進化してほしい。