7. ドラムがうまくならない。

 ドラムがうまくならない。買えば少しはうまくなるんじゃないかと安易に考えていたところは有るし、反省はしているが、基本の8ビートからまったく進歩しない。どうしたものか。

電子ドラムを買ったのは、かれこれ約2年前。妻が「屋根裏でドラムをやっている人がいる」と、渡辺篤史の『建物探訪』を見せてきたのだ。渡辺篤史というと、糸ようじ、ではなくて、誰が言い始めたんだっけな、「渡辺篤史は何があっても褒める」とモノマネで、テレビかラジオでいじられていたので知った。よく考えたら、いや、よく考えなくても、いじめだよな、ああいうの。その後、万城目学が『今週の篤史』というコラムで触れていた「フェルメールの光だ」などなどを読んだりした。彼のとっさのボキャブラリーと表現力は、モノを書く人間の琴線に触れるというのは、非常によく分かる。『建物探訪』は、知らぬ間に朝の4時台に移動していた。てっきり6時半頃だと思っていたのだが、みんな録画で見ると踏んだのか、放送開始直後でも資料率が取れると踏んだのか、どんどん放送時間が早まっている。

いやいや、篤史の話はよくて、ドラムである。放送では屋根裏に電子ドラムを置いて叩いており、ああなるほどと思ったわけだ。妻は電子ドラムというものを知らなかったため、パタパタしか音の出ないドラムを初めて見たようだった。

「そんなの、ハードオフに1万くらいで売ってんじゃないの?二階に置けばいいから買えば?」
「あるかな?」

そんな会話から3ヶ月後、リサイクルショップの片隅で、申し訳無さそうに折りたたまれ縮こまっていた、5000円と値段のつけられた電子ドラムに出会った。
「これ、店員に言ってキープしてもらって、動くか確認して」
即座に妻に告げ、商品名と思しきものをスマートフォンで慌てて検索する。調べたところ、格安低性能の部類であるが、定価は4万円程度で、強弱も128段階と、初心者には十分なスペックであろう。

結局「ちょっと接触が悪いところがあるみたいですけど」という店員の言葉をよそに支払いを行い、よりによって周辺は割れ物のガラス食器のコーナーで分解し、苦労して持ち帰ったのだった。そんなこんなで手元に来た電子ドラム。古本で初心者向けの教則本を買い、YoutubeのABCミュージックスクールの動画を見て練習して1週間。なんとか8ビートは叩けるようになった。そこから体に「足が先、左手次」と覚え込ませ、基本のビートは安定するようになったが、そこで成長はハタと止まる。妻はというと、案の定「あの部屋、夏暑いし、冬寒いし」と、8ビートの練習途中でやらなくなった。

ドラムを始めてから、音楽の聴き方が変わった。リズムが単調だと思いこんできた曲でも、実はドラムが要所要所に無駄なく効果的に打ち込まれていてすごいとか、ガチャガチャうるさいバンドのドラムがそんなに上手くないことに気がついたりする。曲に合わせて叩いてみると、それがもっとよく分かるのだ。あまりドラムの目立たない曲なので簡単だろうと合わせてみると、要所要所にコンパクトで効果的なドラムフレーズが入っていたり、逆に叩くと思っていたところを省略していたりする。そられを普通に叩いてしまうと、のっぺりとする。やっぱりプロはうまい。

そうやって気づき思い出すのは、自分がドラムの才能がなかったのだ、というのは当然のこと、夏目漱石『夢十夜』の運慶の話だ。生木に仁王さんが埋まっていなくとも、掘り出せばよいのである。楽器でも絵画でも、そこになければならないという先入観にとらわれず、流れの適切なところに「置く」のだ。正しい軌跡は自分で作るのである。ことドラムは、他の楽器よりもその傾向が強い。モノ造りではよく「足し算」「引き算」なんていう表現が有るが、関係ない。有るべきところに置けるセンスが有るかどうかだ。

楽譜や先人の演奏を見て「ここで2連打、ここでクラッシュシンバル」と覚えるのは、塗り絵において、囲まれた部分に決められた色を塗っているのであって、絵を描いているのとは異なる。大元とは多少違っても、白い紙にそれらしく見えるように描けるようになってはじめて、自分のドラムになるんだろうなと思う。

ならないんだけど。

ちなみに、娘の幼稚園では全員参加の鼓笛隊があり、年長で市内の祭のステージで数回演奏する。鼓笛とはいうが笛はなく、半数以上が何らかの太鼓、少しだけキーボードと鉄琴、あとは指揮者である。やはり花形は小太鼓Aという名のスネアドラムであって、娘もスネアドラムを希望していた。小太鼓Bはタム系のドラムで、非常に単調である。大太鼓はバスドラム相当。腹の前に立てて構えるドラムのため、演奏時に顔が隠れてしまうと、親には不人気だ。

最近、幼稚園では担当を決められ、娘は第二の花形のキーボードとなった。人数が少ないので責任は重大である。娘の希望としては小太鼓Aだったらしい。

娘に聞いてみた。
「小太鼓のほうが良かった?」
「うん」
「小太鼓なら、二階のドラムで練習できたのになあ」
「ちょっとちがうよ」
「左にある、ダカダカダッっていうやつやで」
「うん」
「なんで小太鼓が良かった?かっこいいから?」
「ううん、ちがう」
「ええっ、何で?」
「キーボードは、むずかしそうやから」
そういう理由やったんかい。

鼓笛隊の練習が始まって2ヶ月。すでに演奏する課題曲は覚えてしまったので、上の学年の鼓笛隊の課題曲も、勝手に練習しているのだった。

BGM : The Fray "You Found Me" (2009), SEKAI NO OWARI "R. P. G. " (2013)