39. 売ってないもの。

1. 

 ある朝、体温計が無かった。我々の職場も、他所と同様に、毎朝の体温を報告し、37.5℃を超えていれば強制で出勤停止である。幸い、熱はなく、せいぜい36.5℃といったところだ。妻に聞く。

「体温計、無いけど、知らん?」
「えっ?昨日の昼前には有ったけど…」
緊急の休みに入っている子供も、幼稚園から毎日の体温を計るように指示されている。つまり、昨日の午前中に私が計り、子供が計った後に紛失したのだ。

「まずいなこれ」
「でも、熱はないんでしょ?」
「今はええんやわ。いざ熱が出た時、病院に行っていいかどうか、まず体温を聞かれる」
「ああ、そうかー」
「とりあえず、買うか」
「うん」

しかし、時は2020年4月。世は新型肺炎の流行で、皆が同じことを考えている。仕事の前にAmazonとヨドバシを見るも、「毎回違う温度の表示される、スロットマシーンのような体温計です」というような、あからさまにパチもん以外は売り切れである。唯一見つけたのは、レディース体温計。小数点以下第2位まで計測できる、1本6000円の体温計である。ちょっと買うには高い。

そう言えば一昨日、100円ショップに寄って、LR41でも追加購入しておくかと思ったのだが、見当たらなかった。あれもひょっとして、体温計のせいか?ふと気になったのでtwitterを検索すると「LR41売り切れ」「買えない」「体温計の電池が切れた」というのが多数見つかる。これは、まずいな。

仕事も一段落した夕方、オフィス関係の通販を見ていると、馴染みはないが日本の会社の体温計が在庫有りになっていたのですかさず購入。送料もかかるが1000円未満なので良しとしよう。

帰り際に妻にメール。
[体温計1個注文した]
返信。
[今朝薬局で1個だけ残ってたのを買った]
あれ?これって、なくしたやつが出てくるフラグ…?

結局、薬局で見つけたものがCR1220という変わった電池を使用し、家にも電池の在庫があったので、暫くそれを使うことにした。子供が生まれたときに、赤ちゃんキットによく似た体温計が入っていて、ボタンがバカになって電源が落ちなくなったものと、同じメーカーの型番違いである。ということは、もう1個…。

日曜。夕方に台所を掃除していた妻。
「あっ……た!」
ほらな。

2.

 相変わらず、毎日出勤している。リモートもしていい事になったらしいが、所長がOKを出さないので、全員出勤だ。クラスター化するぞ。

そういえば、年度末の3月に「ウェブ会議に必要な物、何がいい?」と聞かれ、「なんでもいいけど、かなり品薄らしいですよ」と言っていたっけな。おかげで職場ではウェブ会議はできるようになったが、在宅勤務になったらどうすんだ?と思ったか思っていなかったか、正直なところ、忘れていた。

土曜の昼。休日出勤命令で仕方なく仕事の後、天気も良いので、帰宅途中のひと駅間を歩いて帰ることにした。途中にハードオフもあるしな、でも閉まってるかな…。

途中で、20人ほどの行列が見える。行列の向こうにはウェルシア…薬局だ。マスクだろうと思いつつ通り過ぎようとしたら、パン屋である。「1度に3人まで入店可」と張り紙が貼られている。でも、行列したらダメだろう。家の近所の唐揚げの有名な弁当屋も、先週買おうと訪れたところ、店の前に10人ほど待っていて、店の中から「ご飯を炊くので20分待ちです」と言われていた。買えないと買いたくなるものなのだろうか。それとも、開いている店に飢えているのか。

果たして、ハードオフは、開いて…いる?しかも客が少ない。
長居はする予定はなかったので、サラッと見るだけ見て、店を後にする。おもちゃの在庫がやたらと多い。子供は来ていないんだな。WiiやDSのゲームが全然なかった。そういう店だったっけな。

とりあえず、この事態の中で立ち寄れたことに満足して歩いていると、違うリサイクルショップチェーンが有るではないか。しかも開いてる。客もほぼいない。

ほとんど期待せずに立ち寄る。服がメインのリサイクルである。この時期に服を買ってる場合じゃない。と、片隅に、PC関連グッズが置かれていることに気がついた。数も少なく、大したものはないだろうと手を突っ込んだところ、新品なのかパッケージ付きのウェブカメラが…500円で…?このウェブカメラ不足の時期に、本気でか。

ということで、ひょんなところで、家にウェブ会議ができるシステムが揃ってしまったのだった。する相手はいないんだけどな。そもそも、Windowsタブレットか、古のネットブックを使えば、一応カメラ付きでできたのだが、いずれも性能がイマイチなので、まだまともなデスクトップPCでやればいいわけで。まあ、する相手はいないんだけど。

巷では、オンラインミーティングアプリを使った”Zoom飲み”というものが流行っているらしい。飲み会には、忘年会以来行っていないが、どうもZoom飲みのビジュアルがしっくりこない。なぜだろうと考えてみても、よくわからない。ただ、あれは飲み会のスタイルではない、ということしかわからない。

写真フォルダから、これまでの飲み会の写真を見直してみた。すると、人の顔を真正面からとらえた写真がない。料理、壁のポスター、机の上に置いたスマホとストラップ、机に置いた人形越しの人…。カメラと視線は。必ずしも同じとはいえないけれども、大体飲み会のときは、机の上を見ているか、人の向こう側を見ている。また、大学の頃は飲み会の次の日に色々と言動に後悔したもんだが、この10年くらいはそれすら無い。というのも、実のあることを話していないし、そもそも聞いてない。なぜなら、ある程度以上アルコールが入ると、音の焦点を合わせられなくなって、店のBGMとザワザワしか認識できなくなるのだ。

自分の家や友達の家で飲んでいた時はどうしていたか。よっぽど料理に自信のある、もしくは台所に入れない家でない限り、だいたいつまみを作る役をしていた。キッチンカウンター越しに何か、うまいかどうかもわからないが直感でなんとかしたものを渡していた。キッチンに入れない場合は、部屋の隅の方にいるな、だいたい。

Zoom飲み会の場合も、多分ずっとキッチン付近にいて、パッと出てきてパッといなくなってまたなにか仕込んでということをするんだろうか。そうでなければ、裏でずっとネットを検索してなにか見ているような気がする。ま、Zoom飲み会をしないだろうから、あんまり関係ない。

Webカメラが日の目を見るのはいつの日だろうか。使う予定もない、SonyのYoutuber御用達のコンデンサマイクも、全く使われずにホコリをかぶっている。