75. 寄居(よりい)とのこと。その1。

1) 出会い

 小学校時代、私は嫌われ者だった。私は同級生の多くとは話題が合わず、ちょっとずれたマニアックなことばかり言うわ、それで大人っぽさを演出しようと勘違いするわ、いろいろと中二病の早期患者という風合いであった。それでも、そのマニアックに付き合ってくれたり、マニアックにマニアックをぶつけて対消失させたりしてくれる、素晴らしい友人は少数いた。

小学校の5年の終わりから、兄の時に習って塾に通うようになった。成績で"特進(特別進学)コース"の2クラスに入れたのは、同じ小学校からは私を含めて3人だけだった。中学はその塾のすすめもあり、いわゆる偏差値70オーバーの男子校の進学校、D校を受験し、補欠ギリギリで合格した。

中学に入学した時のクラスは1-A。クラスにも、塾で同じだった仲間も数名。入学式が終わり、クラスで出席番号順に椅子に座る。出席番号の二つ後ろは、幸い塾で同じだったT君。同じ小学校からは、学年全体にも一人も同窓生はいない。前後も知らない人だ。

さらに、席の左右はなかなかめんどくさそうなSとNがいた。実際に高校の頃に何度か、廊下を歩いていて、突然そのSに背中をどつかれ「なんかむかつくんじゃ」と言われることが有った。入学直後の直感はあたっていたのた。40歳を超えてもいまだに、夢でその2人に追いかけられることがある。

入学後、私は一念発起し、精神的に図太さはなかったものの、クラスを超えて友達を作ろうと思い立った。しかし思い立ったは良いが、まったくその方法が浮かばない。そこで入学してしばらく、別のクラスに友人を探すため、私は休み時間に目的もなく、廊下をさまようということをしていた。

休み時間の無意味な放浪をして2週間目、寄居に出会った。

*

先に結末を述べておくが、寄居は国立トップの一つ、K大に現役入学した。大学入学後も、私を含めた高校の同級生と仲良くしていたが、4回生のときに心臓疾患で亡くなった。

*

その日、2時間目の英語が終了して、相変わらず1-Aの教室を出てふらふらとさまよっている私は、ふと視線を感じて1-D教室を覗いた。窓枠に持たれかけ、黒目がちでニキビ面の少年が、鋭い視線をこちらに送っていた。2秒ほどの後、突如少年がこちらに向かってきた。

「お前、なんや?」
「いや、なんでもないけど」
「2時間目なんやってん」
「英語」
「誰?」
「H先生」
「うちはSや」
「あ、そう」
「お前、なんかおもろいな」
「え?」

寄居とのファーストコンタクトは以上。私よりも背が低かった寄居は、少し見上げつつ、下顎を突き出すようにして、口を「い」の形にして喋りかけた。その癖は、晩年までずっと同じだった。

*

その9月。中1にとっては初めての文化祭。
一応サッカー部に属していたが、雨の文化祭で、サッカー部のかき氷の屋台は休業。その分自由に動けたため、3年のクラスのバザーで古本を買いあさり、講堂で映画研究会の流す『ローマの休日』や何度目かわからない『トップガン』を視聴したりしていた。

昼が過ぎ、特にやることもなくなった私は、親にもらったばかりのソニーのウォークマンWM-F101に、家にあった適当なカセットテープを突っ込み、帰宅しようかと靴を履き替えていた。そこに、例の黒目がちな少年がやってきた。

「おう、暇か?」
「おう、帰るわそろそろ」
「ちょっと来い」
「え?」

「お、お前何聞いてんねん」
「えーと」
寄居は、イヤホンを奪い取る。
「あー、なんやったっけな、これ」
「…ビリー・ジョエルの"ビリー・ザ・ベスト"や」
「あー、そうそう」

「まあええ、後夜祭まで付き合えや、な」
「…お、おう」

文化祭には、どこぞの女子学生とつるんで消えてしまう連中、そもそも進学校なのでアホらしいと来ない連中を除き、前日の前夜祭から当日夜の後夜祭までが一続きである。寄居は、なぜか3部屋もあった理科室のうち、"生物室"と呼ばれていた部屋に私を連れて行った。

「荷物はここに置いといていい。特に手伝ってもらうこともない」
「はあ?」

生物室には、寄居とともに自転車通学だった白石や、1-Aで同じクラスの成田、その他2人ほどがたむろしていた。そして、中央にいるのが1-Dの担任だった生物教師の戸田先生。

「っよぅ」
襟を立て、袖をまくった1-A成田が斜め下を見て、前髪をかきあげるように右手を上げ、相変わらずのポーズで挨拶した。変なやつだが面白い。こういった言動から後に"キザオ"と呼ばれるようになる。

「何やってんの?」
「一応、1-Dの部屋で、展示をやってるけど、客が来んから閉めた」
「もう閉めたんかい」
「植物標本とか出しても、誰も来んやろ?」
「まあな」

「で、なんでオレが?」
「おまえ、面白いから連れてきた」
「どこが?」
「ビリー・ジョエル聴いてるとことか」

この後、亡くなるまで、このときのビリー・ジョエルをネタにされ続けたのである。

「で、何やってんの?」
「うーん、トランプとか、あと、ジュース飲んだり、たまに展示を見に行ったり」
「はあ」

結局、後夜祭の時間まで、そこでトランプをやったりジュースを飲んだりしていた。木製で四角く1面だけ板の貼られた、硬い椅子でよくあれほど平気だったと思う。

生物室には、いくつかの水槽が置かれていた。ふと気になって、戸田先生に聞いてみる。

「この真っ黒な水槽、なんですか?」
「ああそれ…」
成田が割り込んでくる。
「アフリカツメガエルや。知らんのか」
「カエル?」
当時、カエルというと水陸のどちらかと言うと陸にいるアマガエルなどを想像していた。
「せや、アルビノの白いやつと、普通の黒いやつ。覗いてたら時々出てくるわ」
「ふーん…」
しばらく覗いていたが、時たまチャプッと音がする以外、特に変化はなかった。

その隣の水槽に移る。水草が揺れている。
「こっちは?」
「…水草ー」
「水草だけですの?」
「メダカ飼いたいんやけど、この辺おらんねん」
なるほど。

さて、後夜祭であるが、女の子に相手にされたかった男子中高生のヤケクソカラオケ大会などを見ても面白いはずもなく、開始から10分ほどで帰宅した。

この日、生物室にたむろしていた教師と生徒は、1年後に"園芸部"を設立した。
園芸部の主な活動は、昆虫採集、まつたけ狩り、ピン球野球、学外活動としては、白石の家や成田の家での麻雀など、あとたまにチューリップの球根を学校の門からのアプローチに植えたりしていた。成田は中1で入ったバレー部、白石は有望視されていた陸上部をやめて、園芸部に入った。

私はいろんなグループに属していたので、正式には園芸部に入らなかったが、おそらく部員だと思われていたのではないかと思う。

*
2) 園芸部

高1の1学期。エスカレーター式では有るが、一応入試を受け、数学教師から「学年で合格点に達したやつは、4人や」と言われた。そもそも落ちこぼれていた私はなんのダメージもなかった。

ただ一つ、高校で変わったのは、教室から下駄箱の間に、音楽室が有ったことである。

4-E (中高一貫なので、高校は4~6年と定義されていた)から、放課後、4-Bの成田らを連れた寄居は、4-Aの私のところにも来た。

「イケやん、部活くるやろ?」
イケやんとは、私の名字、武井をひっくり返して、イケタになったものを、さらに省略した愛称である。
「ああ、行く」

このときの部活とは、当然園芸部である。
「今日なー、戸田のおっさん、スズメバチの巣を取るらしいわ」
「おもろいな。見に行こか」

我々は、荷物を部室と称した音楽準備室に置き、音楽教師の田所先生に「置いときますね」と言って、外に出る。田所先生も吹奏楽部の練習に付き合うよりも、園芸部と話している方が好きなようだった。「吹奏楽部?自分らで練習してるからいいでしょ?」と、指示だけ出してすぐに準備室へ戻って、我々と無駄話をしていた。なお、吹奏楽部の部長をしていた我々の1年下の男も、気がついたらに園芸部に入って掛け持ちをしていた。

さて、外に出ると、白衣を着た戸田先生は脚立に登り、長い網と殺虫剤を持って、校舎の裏側2階の窓付近についたスズメバチの巣を伺っている。

「おーい、校長に言うたら、生徒は巻き込むなって言われたから、自分ら、あんまり近寄んなよー」
「へーい」

戸田先生は脚立を使って巣に近づき、おもむろに巣全体に網をかぶせた。

「おーい、気いつけて、網を押さえててくれー」
さっきと言っていることがちがう。

寄居と白石が長い網の後ろの方を持ち、巣から出てくるスズメバチが網の外に出ないように押さえた。私と成田は見ているだけだ。手の空いた戸田先生は、網の上から殺虫剤をかけつつ、巣が固定されている部分を、網ごとヘラで掻き取っていく。

巣が網の中に落ちた。

「おい、網を動かすな、そのままにしとけよ」
戸田先生は網の持ち手をねじった。すると、先程まで半円型だった網が、がま口のように閉じて、ハチが中から出られなくなった。

「よーし、終わり」

「イテーッ!!」
寄居が叫ぶ。

見に行くと、寄居の目の上に黒いハチが。しかし、アシナガバチだ。寄居はそのハチを掴むと、鬼のような形相で握りつぶし、地面に投げつけて踏み潰す。
「くっそ、くっそ」

「あーあーあー、ハチに気いつけていうたやないか」
戸田先生がそれなりに慰めているが、狙いと違うハチである。
「アシナガなー、こんなんキンカンつけとけば治る、治る。大丈夫や」
「イッテーわー」
「気にすんなやー、スズメバチやのうてよかったわ」

それから1週間、寄居の右目はお岩さんのように腫れていたのであった。

その時に取ったスズメバチの巣は、"物理室"前のショーケースに、私の拾ってきた鹿の頭の骨と並べて、おそらく今でも飾られている。

(続編は気が向いたら)