67. 赤いギターと女子高生 (1/全3回)。

(※以前に投稿した作品と一部、時系列的にずれていますが、時代背景を考慮したものです)

 終業後の6時25分。秋も深まって、もう真っ暗である。ターミナル駅に向かう上り電車に乗り込む。この路線は、ベッドタウンへ向かう路線であるため、基本的に行きも帰りも座れてガラガラである。この座れる約20分の時間が、私の読書時間である。

読書に向かう前に、帰りのルーチンがある。100円ショップの、二つ折り時代の携帯ケースから、MP3プレーヤーと、パナソニックのイヤホンを取り出す。ブックオフで購入した、Newerという謎のメーカーのMP3プレーヤーの電源を入れるとすぐに、朝聴いていたところから自動的に再生がスタートするのは便利だ。Joan Osborne "Relish" だ。昔買ったままになっていて、最近PCに取り込んだのだ。Ozzy Osbourneとは、uが入るかどうかが違う。こういうのって向こうの人は間違えないんだろうか。電話で「"u" が入る方のOsbourneです」とかいうのかな。はしご高みたいに。

そして、ガラケーから妻へ電車に乗ったことをメール。ここからちょうど55分でK駅に到着する。LINEもはじめたのだが、使えるうちはガラケーからのメールを使っていたい。

さて、本だ。電子書籍と紙の本を交互に読んでいるが、今日は紙の本である。雫井脩介 『クローズド・ノート』を開く。押し入れから日記が出てきたところである。非常に読みやすく、サラサラ流れていく。ミステリ作家らしいし、文章に東野圭吾っぽさもあるので、誰か殺されるのだろうか?本を買う時に、文庫本の後ろや表紙裏の折り込みにあるあらすじは、絶対に読まないようにしている。ほとんどがブックオフで購入なのだが、あらすじのところに値札がはられていると「わかってるねえ」という気がするのだ。

さて、読書を始めようと、しおりを表紙にはさみ直したところで、声をかけられた。

*

「おっさん、おっさん」

目の前には、紺のブレザーにチェックのスカート、沿線にある進学校と言われているN高校の制服を着た女子高生2人。一人はやせ型で肩くらいまでの髪。もうひとりは170cm以上もありそうな、ガッチリした体格だ。女子高生に絡まれる筋合いはないが、イヤホンをはずして話を聴くことにする。読みかけたのに、伊吹って誰よ?

「ちょっとおっさんさあ」
「なんだ女子高生」
「女子高生ってなんだよ」
「キミらがおっさんって呼ぶからな」
「私はめぐみ、こっちはのぞみ」
「漫才コンビみたいな名前やな」
「おっさんは?」
「たけい、でいいか?」
「じゃあたけい」
「呼び捨てかい」

初対面ではないレベルの和み具合である。

「まえにさ、ウチら、タブレットみたいなので漫画、見せてもらった」
のぞみという、大柄の子がフォローを入れる。
「あーあー、あの時の」
「そうそう」
電子書籍端末に興味を持って、こち亀を見せてやった女子高生らしい。

「で、何の用?この本を見たいとか?」
「いや、おっさん、いや、たけい、さん、ギター詳しい?」
「は?」
「あのさ、この間、K駅のハードオフで、ギター見てたよね」

先週、見ていたのは、ギターではなくてベースである。というか、そういうところを見られていたのか。
「な、なんで知ってる?」
「だってー、そのオレンジのかばん」
上ので200円で買った、アウトドアメーカーのショルダーバッグを指す。それに加えて、休みの日は、子供と動くことを想定しているので、紫のジーンズなどの派手な色を着ている事が多い。根が関西人なので、黒はあまり好きではない。

「あのさ、私。ギター買いたいんよ。バンドやりたいし」
めぐみちゃん。
「私、ドラムかベース。」
と、のぞみちゃん。
「ふーん、初心者よね」
「知ってたら聞かないよ」
そりゃそうだ。

*

「ハードオフのギターってさ、壊れてんの?」
初歩的な質問だ。
「たまに壊れてるのも有るけど、ほぼ壊れてないな。普通の中古」
「2000円とかのあんじゃん。あれで出来るの?」
「安全を見たら、5000円は出したいところやな。2000円でも汚れているだけで、使えるのは有るけど」

「ふーん。今週末買いに行くから、一緒に来て」
「は?」
「土曜日ね。LINE出来る?」
「まあ、出来るけど」
「はい登録ーって、おっさん、何て名前?」
「ああ、検索では無理だから、これで」

格安SIMを使っているので、検索ができないのだ。スマホのバーコードを表示して渡す。

「バーコードで登録とか、初めてした」
「まじで」

バカにされとんのか?

「ところで、予算は?」
「うーんと、1万円くらい?」
「住んでいるのは、マンション?」
「そう」
「じゃあ、あんまり大きい音は出せないな」
「普通にピアノ弾いてる家有るよ」
「いやいや、ピアノの音で金属バット殺人事件とか知らんか?」
「ピアノ関係なくて金属バットで殺人じゃん」
「いや、ピアノがうるさくて、殴り込んで殺したという事件」
「という小説?」
「本当に有ったんだよ」
「へえ」

マンションで大きい音が出せないとしたら、ヘッドホンアンプか。Amazonで買えば2000円くらいからあるが、面倒だからマルチエフェクターでも勧めておくことにしよう。

「あと、色とか形とか決まってんの?」
「うーん、色は赤。形は、ギターみたいなの」
「ギターにも色々形があるんだよ」
「ふつうの」
「普通ねえ…」

どういう普通をイメージしているのかわからないが、ストラトキャスター、テレキャスター、レスポール、SGくらいだろう。幸い、赤は中古に数があるので選びやすそうである。

「で、ベースかドラムの人はどうすんの?一緒に買うの?」
「どうしようっかなー。ベースって難しい?ドラムがいいかなー」
「どっちも難し言っちゃあ難しいよ」
ベースについてはよく知らないんだけど。

「わかんないから、また今度でいいや」
「あ、そう」
「じゃ、たけい、よろしくー。LINEするから」

ちょうどターミナル駅に着いた。女子高生は走るように去っていった。

*

夜12時過ぎ、目覚し代わりにしているスマホが鳴る。子供に合わせているのでもう就寝時間を過ぎているので暗闇だ。めんどくさいので読まずに既読にしておいた。翌朝見てみると「めぐみ」から「土曜10時、O駅西口マクドナルド前」と事務的なメッセージが入っていた。「了解」とこちらも事務的に対応する。いちいち返信を送ってこないのは、最近の女子高生がドライなのか。

土曜、さすがに女子高生と待ち合わせなどというわけにはいかないので、仕事の仕込みで、その後学生に付き合って買い物に行くと称し、家を出る。

西口マクドナルドは、2階建てで、非常に寂しいところにある。歩道橋の横に立っていたところ、めぐみのぞみの2人が現れた。

「「おはよーございまーす」」
「おはよう、って、制服かよ」
「えー、たけいはおじさんだから制服好きじゃないのー?」
「いや、これ連れて買い物に行ったら変質者やろ」
「えーいいじゃん。ていうか、出かける服選ぶのめんどくさいし」
「じゃあ、まあ、えーと…」

ファー!

横に停まっていたシルバーのマーチからクラクションを鳴らされ、てっきり通行のじゃまになっていると思いきや、運転手が顔を出して手を振っている。

「武井センセ、こっちこっち」
「えっ?辰巳さん?」
事務の辰巳さんは、車の助手席に乗るようにジェスチャーし、めぐみのぞみのコンビは後部座席へ納まった。

(つづく)