7. 6月 千葉 宣生

 夕飯後の夜9時半。オレは、ハイボールを飲みながらドラマの録画を消化する妻と、中古で買ったニンテンドー3DSで今更『とびだせ!どうぶつの森』に嵩じる娘をリビングに置いて、二階の寝室に入る。営業に同行しないときは、ジーンズにシャツというラフな格好でも許してくれる会社のため、翌日のダンガリーシャツとチノパンを選び、畳んでベッド脇に置く。

さて、寝室脇のレトロゲーム用コーナーで、『マザー2』を進めるか、ネットサーフィン(死語)でもするか、小説でも読むか。

最近、ハードオフで『マザー2』のスーパーファミコンソフトを見つけたのである。中古のスーパーファミコンソフトは一部は高騰しており、『マザー2』もオークションでは5000円以上するところ、なんと800円という破格だったのだ。当然箱無しの上、貴重なラベル面には油性マジックで「さくまこうた」と名前が記されていた。そういえば昔のソフトのかセットって、名前を書く欄があるものも有ったっけ。ニンテンドーDSくらいまでかな。『マザー2』は大学の頃に散々やって、今回で恐らく6~7回目の攻略になる。

ところで、昼間の営業副所長から「神崎くんさあ、娘さんも塾とかあるだろ?営業やったほうが、もうちょっと給料上がるよ。悪いことは言わないよ」と言われたのが気になる。それより気になるのが、営業部長が「そうだよ」と妙なタイミングで合わせてきたことだ。テクニシャンと2人しかいない研究開発部の実験はどうするんだよ。実験とはいえ、OEMで購入してきた研究キットのテストとマニュアル作成だけなのだが。まあ、ボーナス前ということもあって、営業成績がボーナスに反映され、本社に評価される営業職の方が、営業所としてもプラスになるのだ。

本はちょうど一冊終わったばかりだ。次は、池波正太郎は眠くなるから、宮部みゆきあたりのぬるいやつでも良いが、分厚いんだよなあ、時代小説ってなぜこうも長いのか…。などとベッドの上をゴロゴロと転がっていたところに、LINEの着信が入った。リョウタだ。試験が終わったらしく、ほとんど部活の話だ。

リョウタ: 3年なのでそろそろ部活も終わりです。最終の大会も選手に選ばれませんでした
   残念だったな。オレは部活やってなかったからよくわからんけど。 :センセイ
リョウタ: ボク足遅いんで
リョウタ: ダイキは地区大会の代表になりました。横浜で一緒にいたやつです。砲丸投げです
  すごいやつはすごいよな。それで高校推薦で行ったりしてな。でも、大学に入ったらみんな同じだよ。 :センセイ

そういえばいたよな。高校の時に音楽の推薦で入ってきた女子。澤田とかいったか。陸上の推薦の奴らもいた。彼らが音大に言って活躍しているとか、大学も推薦で入ったとかいう話は聞かなかった。

一方で、オレは中学は教師のパシリの園芸部、高校では放課後は自主的に図書館にこもる、公式には帰宅部だった。運動も勉強もそこそこで、良くもなければ悪くもなく、当然モテるわけでもなく、なにかに詳しいわけでもなかった。図書館では勉強するでもなく、気になった雑誌のバックナンバーをひたすら漁ったり、意味もなく図鑑や辞書をめくったりしていた。図書館の独特な匂いと、音が壁や床に吸い込まれていくような、あの感覚が好きだったのだ。

……。

「ねえ、ちょっと」

いかんいかん。どうも返事を書くのも忘れてうとうとしていたようである。

「ねえ、これ、誰?」
「…あ」

妻がオレのスマホを見ていた。歳をとって面倒になったのもあり、オレのスマホはロックを掛けていない。

「ねえ、何なの?浮気?」
「いや、男子だよ、男子中学生」
「…あんた、なんかやばいことやってる?」
「やってないやってない。なんか恩師に似てるとか言って声をかけられて…」

オレは妻に簡単に経緯を説明した。
「ふーん。でもこれ、恋人同士のLINEでしょ。どう見ても」
「えっ?」

「じゃあ送っちゃお。…オレのこと…好きなのか、と」
「あっ、やめ」

    オレのこと、好きなのか? :センセイ

すぐに既読はついたが、それからリョウタから返信は来なかった。


(つづく)