79. ベースを買った。

 妻の「これってウチに置けない?」の一言から、投げ売り5000円の電子ドラムを買ったのが、2018年。そこから、ずっと"ど"の付く素人レベルだったギターを再開するとともに、安いカシオトーンなどを買って、二階の雑な部屋は、一人バンド部屋と化した。2年ほどYoutubeを見て練習するうちに、ドラムは演奏できるほど叩けないものの、乗り方を覚え、ギターはなんとなくどんな曲でも、パワーコードで追いかけられるようになった。キーボードは、もう歳なのでトランスポーズという、音程調節機能を使って遊んでいる。

あとは何か、サックス?トランペット?いやいや、ベースである。

弦が4本しかない。構造はギターみたいなもの。バンドを組んだことがないので、それしか知らないのである。チューニングの音程もわからない。「ギターアンプでベースを鳴らすとアンプが壊れる」というのは、なんとなく聞いたことがある。

Youtubeでベース演奏動画を調べると、あっちもこっちもベコベコベコベコと、いわゆるスラップという奏法で速弾きをしている。よくわからないが、多分難しい弾き方なのであろう。高校の頃に「チョッパー」と言って、ギターで弦をつまんでバチンバチンとやると、「オペッ」というような不思議な音が出ることは知っていた。おそらく同じようなものではないのか。

ベースは指で弾く。そこで人差し指と中指の2本を使って、ギターの5弦と6弦を連続で弾いてみるが、どうやっても隣の弦に当たるので、すぐに音が途切れてしまう。ギターのエフェクターで1オクターブ下を出せばベースの音で良いのだろうか?

*

ゴールデンウィークのある日、twitterに「楽器を始めようと思って、ベースを買ったよ」という報告が流れた。へえ、ベースって初めの楽器としても有りなんだ、と思うとともに、高校の軽音部でベースをしていたMやTは、最初にベースを買っていたのだなと、想像した。上げられていた写真は、バッカスというメーカーのメタリックシルバーのジャズベースであった。

そうか、ベースを買うのも良いかもしれないな。

*

ベースと言えば何か?そう問うてみるも、ベーシストが名前やビジュアルで思い出せる人が10人もいない。スティーブ・ハリス、フリー、ビリー・シーン、レス・クレイプール、ブーツィー・コリンズ…思い出せる人は、すべて強烈なキャラクターで、持っているベースのイメージが沸かない。思い出せても、ブーツィー・コリンズの星型の光るベースくらいである。

そうだ、スティーブ・ハリスだ。そう思い、画像で検索する。スティーブ・ハリスとは、アイアン・メイデンというイギリスのヘヴィーメタルバンドのベーシストで、サッカーが好きでサッカーのチームを持っている。バンドの演奏シーンよりも、サッカーのユニフォームを着て、楽しそうに笑っているイメージが強い。スティーブ・ハリスと言うと、青っぽいベースを持っていたイメージであったが、出てくる画像のほとんどは白いベースである。調べていくと、1990年代に青いフェンダーのプレシジョンベースを使っていたようだ。

青いベースはいいな。青でなくとも、色がついているものがいい。

*

早速その週末、ゲームに夢中で家から出たがらない妻と子供を家に残し、ハードオフに向かった。青いベース、黄色でもいいけど、形はオーソドックスなもの。つまり、何がほしいか決まっていない状態だ。どうやって持って帰るかも考えず、自転車を走らせる。

ハードオフで3000円くらいであるだろう。そう考えて楽器売場を見てみたものの、ベースの値段は20000円から。ジャンクで4000円という物も有ったが、サビサビ、キズキズ、ソリソリという、素人が見てもやめておくべきレベルの黒い1本しかない。ソリソリとは、ネックがU字状に反っていて、ハープ状態になっているものである。そうか、ベースは弦が太いから、簡単に反るのだ。

そういえば高校の頃、雑誌の記事を見てネックが反ることを異様なほど恐れた私は、ギターを触った後に、ネックが反らないように、全部の弦をゆるゆるに緩めていた。実家に有ったヤマハのフォークギターもそうやっていたのだが、夏に帰省した際に、二階の倉庫部屋から取り出してみたところ、ネックが反対に、外向けに反ってしまって、まともに音が出なくなっていた。

*

次の日曜。電車に乗って、別のハードオフに向かう。ハードオフアプリを起動すると、5ポイントx2を獲得できる、複合店舗である。こちらはベースは5000~10000円。メタリックシルバーのものが良さそうに思えたが、ネックが反っている。一方で、ブラックのジャズベースはネックは反っておらず、ネジがさびていて4000円。信念を変えるか?などと悩むが、3000円くらいという、子供の遠足のような縛りを付けているので、諦める。

ふらふらと店内をさまよっていると、レジで会計をするガタイの良い男性がベースを持っているのを見つけてしまった。水色のプレシジョンベース。お会計2500円。それ、譲ってもらえませんか?と心の中で叫ぶが、大の大人が実際にやることではないのでやめておく。男性は、大きめのビニール袋にベースを入れてもらい、原付バイクの足元に立て掛けて、危なっかしそうに帰っていった。

リサイクル巡りには運が影響する。今回はうまくタイミングが合わないものである。

*

そういうことを数週間続けているうちに、なんとなく頭の中にイメージができてきていた。ベーシックなジャズベースのシェイプ、白黒以外のカラーかナチュラル色、ネックが極端に反っていないこと。メーカーは何でも良い。

ネットではPJというオールラウンドのモデルが人気だったが、実際に見てみると、見た目が中途半端で良くない。また、木目そのままのナチュラルカラーは、中古でも大体5万円以上する。3000円クラスねらいには難しいであろう。ネックに関しては、お金を出せば、素人目にも状態の良さそうなものがある。でも、安いものでも、ひどくなければなんとかなりそうである。

そうやって、目だけを肥やしているうちに、夏になり、秋が過ぎて、冬になってしまった。

*

実家に帰れない年末。リサイクルチェーンのTBのメールマガジンで「年末年始、500円のクーポンプレゼント」が届いた。これはチャンスである。大掃除は春と秋にやればいいという、我が家のルールを適用して、今年の汚れは放置のまま、ベース探しの旅に出ることにした。

家から行けるチェーン店は、4軒。まず初日の1軒目は自転車で。そもそもベースがほとんど無いため、なぜか500mのリボンを買ってきた。その後、子供は大喜びであるが、ほどけたリボンで、家の中は大惨事となった。

次の日、電車に乗り、2軒めと3軒目を目指す。O駅から約2kmの2軒目。そこには、フォトジェニックという安いメーカーの、サンバーストタイプが3900円で置かれていた。少し予算はオーバーするが、見た目は悪くない。弦高を確認すると、1弦の12フレットで1mmと低すぎる。故障を調べるため、店員を呼び、音を出させてもらうことにした。

はじめてのベース。チューニングもよくわからないので、音を出すが、ベコベコと言っているだけである。

「あーこれ、ちょっとネックがだめですねー、調整してきますね」
店員がベースを持ったまま、カウンターの奥に引っ込んでしまった。

決めた。

ケースが付いてこないので、雑貨コーナーを漁ると、IKEAのでかい袋が100円で見つかった。これで持って帰れるはずだ。

少し待ち、店員が再度アンプに接続し、チューニングを行う。ノブもチューニングもわからないので、とりあえず音が出ることを確認だけして、そのままレジで会計を済ませた。

久しぶりの弦楽器購入である。ただ、高校の時にフェンダージャパンのギターを買ったときのような高揚感ではなく、ガラクタを買ってしまったという諦め感がある。

*

帰宅すると
「あ、ギター」
「澪のだ」
と子供と妻がからかってくる。澪とは、子供も見ているアニメ『けいおん!』のベース担当の少女である。左利きだがサンバーストタイプのジャズベースを弾いており、購入したものと同じようなデザインのものだ。

洗剤をつけた布で全体を拭いた後、チューニングを行う。
まだネックが逆反りで音が出ないフレットがあるので、トラスロッドを緩め、弦高を上げる。

なるほど、ポジションはギターとほぼ同じだ。4フレット上がる3、2弦の部分がないので、不思議と音を取りやすい。チューナーを見ると、ギターの1オクターブ低い様子。Eが欲しければ4弦開放か、3弦の7フレット。同じだ。

ギターのエフェクターにつなぎヘッドホンで音を出すと、当然ではあるのだが、ベースらしい音がする。歪ませなければギターの機材でも使えそうである。見様見真似で右手人差し指と中指で連続して音を出してみると、リズムキープは難しいが、できなくはない。そのまま、左手でロックンロールのリフの低音弦パートを弾いてみる。それっぽく弾けてしまう。ギターと同じだけど、和音を想定していないのか。

なるほど。

Youtubeで曲に合わせてみても、なんだか弾けているような気がする。それに、ベースならロックにこだわらなくても、ギターの無いR&BでもEDMでも、どんなジャンルでも合わせられてしまう。リズム楽器なのにメロディーも弾けてしまい、曲に合わせると、外した音もそれらしく聞こえる。たかがベース、たかが弦の少ないギターと思っていたが、ギターとは違い、恐ろしい包容力である。

ギターが2本にベースが加わり、より狭くなった我が部屋。
そして今日もベースの包容力に包まれるため、つい部屋に向かってしまうのである。

ただ、低音だと半音ずれていてもよくわからないだけかもしれない。