43. 雨のMTR。

 雨や雪の日にハードオフに行くと、良いものが見つかる。誰が言ったのか、言ってないか知らないが、そのジンクスは実際にある。

ことの始めは、2年前の3月。

雨というよりもみぞれか雪という中、休日ではあるが、子供と妻は寒いから動かず、一人で定期券の圏内にあるブックオフに向かい、道中の途中のハードオフに立ち寄った。実は当時、ハードオフはブックオフと違って苦手であった。店内が雑多すぎて、何を見てよいかがわからなかったのだ。

ところで実は、ギターを持っている。高校の時にフェンダージャパンのエレキギターを買ったのと、友人から出自不明のフェルナンデスZO-3を貰っていたので、計2本持っている。しかしアパート暮らしが長かったので、弾くときにはヘッドホンアンプ代わりのマルチエフェクターにシールドで繋いでいた。しかし、経年劣化か、数年前にはシールドをつなぐと「ぶーん」と大きなノイズが出て弾くに弾けず、ギターもケースに入れて家の二階に置かれたままであった。

さて、いつもの埃っぽい通称"青箱"と言われる青いコンテナの「PC関係」の隣、「楽器関係」を覗くと、見覚えのあるコードが有った。ギターやベースをアンプに繋ぐ、シールドケーブルというケーブルである。値段は108円。その箱から、クリップチューナーも発掘した。324円である。電源ボタンを押すと、オレンジ色に光って画面が表示されたので、これは使えるであろう。これまではマルチエフェクターのチューナーを使っていたが、なんとなく信用できないのと、いちいち電源を入れないとチューニングできなかったので、音叉で合わせていたのである。シールド1本とチューナーの合計432円のお買い上げ。今から考えるとショーモナイ買い物であった。しかし、帰ってから久しぶりにギターをマルチエフェクターにつないでみたところ、ウソのようにノイズは無く、これまでの不満が解消。更にクリップチューナーで、チューニングは簡単にできるようになり、約20年ぶりの楽器熱が再燃した。同時にあまりにも素人並みにガタ落ちした腕にも愕然としつつ、Youtubeでギターのレッスン動画を見る日々が続いていた。

その日を皮切りに、約2年。
ハードオフ等で安物の電子ドラム、2500円のカシオのキーボードを購入し、二階のマイルーム、いや、マイ小部屋は楽器に占領されたのであった。

*

時は、2020年、1月某日小雨の日曜。
翌日の仕込みのため午前中に職場に顔を出し、帰り際に妻に「どこか行く?」とメールしたところ、速攻で「行かない」との返事。雨、日曜、ハードオフ日和である。いざ。

霧のような雨。折りたたみ傘では横から吹き付ける雨粒をよけられず、グリーンのGUの撥水能力ゼロの綿入り見た目だけダウンジャケットは、一見ずぶ濡れの様相である。傘の水を払い、よく水を切って、いざ入店。

入口近くに無造作に積まれているのは、ジャンク品の新入荷である。一瞥して何もないと判断。さてその足でいざ、ジャンクコーナーへ。青箱目指して歩いていると、なんだか銀色のでかい物体が目に入る。

分厚いノートパソコンくらいの物体には、ACアダプタがサランラップのようなものでくくりつけられ、税抜2000円とある。ボタンや液晶画面がついており、いつもギターエフェクターでお世話になっているZoomのロゴ。左下には "SNARE" "TOM" "BASS"というボタンが付いている、ということは、ドラムマシンか?

そうそう、そうだった。ドラムマシンは欲しかったんだよ。亡くなった同級生のところから貰ってきたBOSSのDR-110は、古すぎて、きちんとBPMを数値として出すことが出来ないのだ。BPMが出せれば、なんとかなりそうな気がするよ。よくわかってないけど!

ACアダプタが付いているので、早速テストコーナーでテストをしてみようと思ったが、そこで手持ちのイヤホンでは標準プラグのフォーンプラグにさせないことに気がついた。青箱ジャンクコーナーを漁り、楽器ジャンクの箱から3.5/6mmのアダプタを発掘する。これで準備は完了。お試し・試奏コーナーへ…なんか変なおっさんがおる。中古のベースの試奏をしていて、結構かかりそうである。スラップなんかをしていて、かなり本気の人っぽいので、また空いてからにしよう。

待っている間、ジャンク青箱を漁る。雨のせいか比較的空いているので、並んで漁るオッサンがいなくて良い。ブックオフでもいたが、人が漁っている箱を物欲しそうに眺め、置いた瞬間に奪うオッサンの心理はわからない。そういう人がいる場合は、逆サイドの青箱に移動するようにしている。

楽器コーナーは、ノブの取れたBOSS OS-2。2980円。うーん、こういうどっち付かずの歪みペダルは欲しいけど、高い。マイク300円ねえ。ケーブルも300円するからトータル600円、これもいらない。クリップ式チューナーはもう2つ持ってる…などと掘っていると、変な親子が現れた。

*

父親らしき人物が、子供にジャンクの探し方を教えているようだ。しかし、青箱には目もくれず、棚にある大物しか見ていない。
「ゲームもいいけど、こういうパソコンはどうだー?」

パソコンをすすめる父親に、息子が答える。
「パソコンで、ゲームできないよ」
「いや、お前がよくやってるマインクラフトは、パソコンでもできるんだぞー」
「ええっ?マインクラフトはパソコンでできるの?」
「うん。それに、パソコンのほうが、将来いろいろなことに使えて便利だろう。使い方も知っていたほうがいい」
「そうかー、じゃあパソコンを買いたいな」
えらく雑な論理で、しかも最初からジャンク品でええんか?

「そうだな、この辺の…液晶が割れてるな。こういうのを直してだな…」
おっさん、液晶割れを直すのは手間だし、そもそもそれ、Windows Vistaやぞ。

「お、こっちは割れてないな。良いんじゃないか?」
それ、明らかにWindows XPだ。今更マインクラフトも何もできないだろう。

「うーん。思ってたよりも大きいよね。じゃまじゃない?」
「そんなことはないぞ。いつもラジカセでCDを聴いているだろう。それをパソコンで聴けばいいじゃないか」
「ええっ!?パソコンでCDが聴けるの?パソコンって、何でもできるんだね」
いやいやいや、今どきの中学生でラジカセ持ってるのも珍しいが、パソコンでCDを聴くのは奨められん。

親子は裏の棚へ移動。父は相変わらず大きな声で自慢気に息子に語る。
「そうそう、こういうCD-Rドライブが有ればCDのコピーだってできるんだ」
「えええっ!?CDって、コピーできるの!?」
お前ら、何時代の人間やねん。ていうか、さっきのパソコンに、DVDの書き込みのできるドライブ付いてたやろ。

「そうだ。これなんかDVDとCD-Rのドライブだから、DVDだって見れる」
オッサン、内蔵ドライブで見れるがな。

いちいち吹き出しそうになりつつ、試奏コーナーを覗くと、ベースオヤジはすでにいなくなっていた。コンセントにACアダプタを刺し、スイッチを押す。オレンジ色のバックライトのモノクロディスプレイに "Welcome" と表示された。こいつ、動くぞ。MP3プレーヤーから抜いたイヤホンを、変換アダプタを介してPhoneプラグに刺す。いざ、スネアドラムのボタンを

「「「「バシュッ!!」」」」

びっくりした。ボリュームがでかすぎた。ボリュームはどこだ?この赤いスライダーでいいのか?と下げる。ドラムの名称が書かれたパッドをバシバシと叩くと、DR-110では考えられなかったような、リアルで臨場感のあるドラムサウンドが鳴る。また、よく見ると"BASS"という別のボタンが有るので押してみたところ、ベースの音階が鳴るではないか。ベースマシンにもなるのか?これは、たぶんイケてる。ドラムマシン+ベースマシンで2000円なら、たぶん良いはず、とレジに持っていき、「ジャンクですから返品できない」という決め文句を頂いて、帰宅の途についた。

Zoom MRS-8。結構でかい。帰りの電車内で、スマホを使って何ができるものなのかを検索。MTR、マルチトラックレコーダーなんだな。つまり、録音機におまけでドラムマシンが付いているということだ。幸い、録音先は入手が楽なSDカードである。しかし、2GB以上は認識しないと。ふむふむ。

*

帰宅し、引き出しから出てきた、空の256MBのSDカードを刺し、ネットで落としたマニュアルを見ながら録音まで進む。ギターを繋いで、適当にリフをギャーン…ひゃあ、録音はできるけど、聴いてみたらヘッタクソやなあ。ドラムマシンを走らせているのに、全然リズムに乗れてない。これは、まずベースを録音したほうが良いのか?ベースマシンの入力方法がわからん。

マイクと小さいスピーカーを繋いで、エコーをかけ、子供に渡してみると、楽しそうに『カエルの歌』を歌っている。再生すると、大受けである。多重録音だが、輪唱せずに同じタイミングで歌い、また爆笑している。その後、ドラムパッドをズダダダドガシャーンと録音して、また爆笑。単に録音しているだけなのに、こんなにも面白がれるもんなんだなあ。こういう感覚、忘れていたかも。こういう瞬間、楽器っていいなあと思うのだ。妻の冷たい目は無視しておく。

さあ、とりあえず、1分ちょっとくらいの曲を、ワンテイクでまともに演奏して録音できるような演奏力を付けないとダメだ。ただ、結構大きいMTRって、どこに置けば良いんだろう。とりあえず机の下に置いたまま、どうしようか悩み中である。

ところで、あの親子、無事にちゃんとしたパソコンは買えたんだろうか。今どき、CDをコピーする人も少ないと思うけどね。