朝にランニングを。あるライターだった話。

夜に冷えた空気が肌を撫でる朝。
朝日で温められた生ぬるい風が抜けていく。
その風に乗ってすでに疲れた顔のサラリーマンが駆け足で駅へ向かっていった。
「朝からご苦労さま」
駆け抜けていったサラリーマンに向けて風に乗せるように呟く。
早朝は色々な発見があって良い。朝のランニングを始めてからそう思う。
会社へ急ぐサラリーマン、電柱の足元にある献花、屋敷のように大きな一軒家のカーテンが開く瞬間、本当に色々なことに気が付く。
そしてなにより運動が増えて、健康に痩せられる。
まぁ、そんな高尚な理由で始めたのではないのだが。
たまたま早く起きた朝に散歩をした時、大きな一軒家のカーテンが開き、そこに現れた彼女がとても美しかった。

「お近づきになりたい」

そういう邪な気持ちが始まりだった。
そして、今日は待望の声を掛けに行く準備ができた日なのだ!
ランニングにより、体は締まり、前日に美容院へ行き、身だしなみを整えた。
服に関しては分からなかったのでマネキンが着ていた良さげなコーデにした。
失敗といえば、焦って早くに家を出てしまった事だろうか。
少し散歩でもして、喫茶店に入ろう。
◆◆◆
時間は、やっと9:30になった。
2時間以上はこの喫茶店で潰している。店員の視線が痛い。非常に良くない。
あの彼女に会いに行く前に今の状況を客観視しよう。落ち着くには客観視する事が大事だと、お偉い先生が言っていた。
俺の名前は、佐久間一数(さくまひとかず)。
人文のライター業でなんとか生きていく稼ぎはある。ひもじいにはかわりないが。
今日は、ある朝、見かけた美しい彼女に会いに行く予定だ。彼女がいた家の標識は「佐々木」だった。
彼女の家のインターホンを押してから何をいうかは決めてある。
「突然すみません。街の人のインタビュー記事を書いているのですが、ぜひお話を聞かせていただけませんか。謝礼も少ないですが、払わせて頂きます」
怪しまれるだろうが、最初から信じて貰うつもりは全く無い。
それより、そこから不信感を1つずつ拭い去っていくのがまた楽しいのだ。
◆◆◆
わたしの名前は佐々木二葉(ささきふたば)。
大きな屋敷に住んでいる。外には出られない。けど、それでいい。窓から見える街とこの屋敷が私の世界の全て。
面白い話を聞かせてくれたライターさんが門を出ていく。
さようなら、二葉さん。

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