type2-2;衣替えの秋/アカネ
※秋にまつわる短編連作マガジン『秋箱』の2編目その2です。
※絵は、『I'm writing NOVEL』のゆうさんから頂きました。ありがとうございました!
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(……私も髪、変えるか)
昨日、幼なじみのクルミが突然、「高校デビュー宣言」にやってきた。髪色を変えるのが初めての彼女は、私にアドバイスを求めに来たらしかった。
どの商品が一番キレイに髪色を変えられるかと聞かれて、今は真っ黒の彼女の髪色をキレイに金色にするには、おそらく美容院しかないだろうと私は答えた。
ウキウキとお礼を言って、彼女は去って行ったのだけれど、その後ろ姿を見送りながら私は、少しだけ、罪悪感に苛まれたのだった。
たぶん彼女は、ウキウキとした気分のまま金髪に変身して、ウキウキと学校に通って。
そしてきっと、撃沈する。なんとなく、そうなる気がしていた。
その予感がたぶん正しいことをわかっていて、私は、それを彼女には告げなかった。
それは彼女が「やる」と決めたキモチを尊重したいからなのだけれど、逆に、すごく意地悪なことだったかもしれないとも思っていた。
昨日のうちに、ゆるやかにストップをかけるべきだったのか。
単純に応援するのでよかったのか。
今までずっと、「人付き合い」というモノをサボってきた私には、適切な判断をすることができなかった。
すこしほつれてきているまとめ髪を指先でいじりながら、せっかくだからこの髪も短くしてしまおうかと、ぼぉっと考えた。
もうすぐ放課後の時間だ。
もし、クルミがウキウキと私の家に来るようだったら、高校デビューは成功。
逆に、何の音沙汰もないようだったら、残念ながら予想通り、失敗。
(もし、17時を過ぎてもクルミが来なかったら、私も美容院に行こう)
それだけを決めると私は、おやつタイムのコーヒーをつくりに、台所へと向かったのだった。
***
22時。
雨戸の閉まったクルミの家の窓を眺めながら、インターホンを押す。少しすると、肩を落として、いつもよりちっちゃくなったクルミが出てきた。
身長の話をすれば、150あるかないかの私は実はクルミよりも小さいのだけれど、人からもよく言われる通り、態度が大きいせいか、他人も、私自身も、そんなに小さい気はしていない。
クルミはその逆パターン。元々からして背が高いわけではないのだけれど、控えめな性格の彼女は、実際よりも小さく見られることが多いみたいだ。
その彼女は、私の顔を見て少しだけ、目を大きくする。
「……え、ど、どしたのそれ」
髪型のことだろう。
「いや、別に。何となく」
何となく、ではなくて、本当はクルミの状況を見越して変えた髪型だったけれど、まさに何となく、それを言うことはできなかった。
「お土産持ってきた」と手に持ったビニール袋を少し高く上げてみせると、クルミの返答を待つこともなく、いつもの通り、私は玄関を越えて行く。かちゃん、と鍵を閉めてから、彼女も私のあとに続いた。
ビニールの中に入っているのは、ノンアルコールビールと、クルミの好きなちょっと高価なアイスクリームと、ヘアカラー。
まずは、ノンアルコールビールを差し出す。
「心配無用。ノンアルコール。ま、気分の問題だからね」と、お酒なんか持ってきたらクルミは気にするだろうことがわかっているから、先に言っておく。
ノンアルと言っても、アルコールが全く入っていないわけではないらしい。
けれど不思議なもので、法律ではそれでも、高校生だって中学生だって、違法ではなく飲むことができる。
法律は不思議だ。
20歳以降だって、お酒を飲まない方がいい人種なんていっぱいいるだろうのに、誕生日のその1日を越えてしまえば、法的にその行為が認められる。
根拠と、ちゃんと納得できる理由があるなら、いい。けれどそれの見当たらない、こんな意味のわからないルールにしばられるなんてまっぴらだ。
……と、私はそう思っているのだけれど、その考えをクルミに強制したいわけではないから、ここは、クルミに合わせることにしておく。
リビングに入って、なんとなく散らかされたように置かれているクッションに腰掛けると、あらためてクルミの顔を見た。
表情を見れば本当に、すぐわかる。
彼女の初めての挑戦は、「高校デビュー」は、失敗してしまったのだろう。
わかってはいるけれど、私は言う。
「じゃ、私の金髪とクルミのデビューに、かんぱーい!」
言ってから、(イヤミっぽいとか思われてたらドウシヨウ)とも思ったけれど、クルミがそういう子じゃないのは知っているし、「デビューする」と決めて、それをした彼女の決意にはやっぱりお祝いをしてあげたくて、私は明るく乾杯を言う。
コトバは難しい。
きっと、私の思っていることの半分も、彼女には伝わっていないだろう。
少し重い空気を壊したくて、明るく「あんまり美味しくない」とか言ってみせるけれど、クルミは黙ったままだ。
だから今後は、クルミの好物のアイスを出す。
「……」
無言ながらも、素直に、素早く、それを受け取るクルミ。
こういうところが、カワイイのだ。
私の持っていない素直さ。うらやましい。
それからやっとで今日のデビュー戦のコトを聞けば、「……失敗した」と言って、クルミはアイスのフタを開けはじめた。
泣きそうな顔をして、それをぎゅっとガマンして、そして、それだけ落ち込んでもなお自分の欲求に正直に、アイスのフタを開けるクルミ。
たくましい。
それがやっぱり、うらやましい。
アイスに手を付けてから、おいしくないはずのノンアルビールにも口を運んで、次第に、クルミは話しはじめた。クラスメイトたちの反応。担任の反応。
(……そりゃ、へこむわ)
最初はぽそぽそと喋っていたクルミは、けれど次第に声を大きくして、話す勢いを強くしていく。
その様子を見ながら私は、やっぱりクルミはすごい、と考える。
クルミはよく、私を褒める。でも本当は、すごいのはクルミの方だ。
高校に入ってすぐくらいから、クルミは実質、一人暮らしをしている。
それなのに、家の中はちゃんとしていて、学校にはお弁当も作っていっていて、十分に仕送りは来ているはずなのに、内緒で始めたアルバイトをがんばって貯金もしている。
そんな生活力、私にはない。
クルミのおじさんもおばさんも、本当にイイヒトだ。私も昔よく可愛がってもらったし、2人がクルミを大好きなことも、ちゃんとクルミを信頼していることも知っている。
でも、こんなに生活力を身につけたクルミを見ると時々、なんだかイラッとすることがある。
もう全部投げ出して、クルミのとこに帰ってきてやってくれ、って、どうしても思ってしまう。
別にうちの両親みたいに、夫婦とも家に引きこもれるような仕事をしているのが、それで自由な感じで仕事してるのが、必ずしも正しい姿だとは言わないけれど。
でも、もしかしたら両親がそんな感じだったおかげで、私は学校をやめても、それから半年くらいぼーっとした日々を過ごしても、つまり、世間的には「ワガママ」をしていても、大丈夫だと思えたのかもしれない。
内向的でモヤシな弟が、けれど変にひん曲がったりしないのも、両親が「別にまぁいいよ」みたいな空気を出してくれているからかもしれない。……それは仕事とは関係ないか。
ともかく、私がクルミの立場ならどうだったか。それを考えると、私は全く、自信がない。
クルミはすごい。
学校では今日、本当にそりゃへこむしかないだろう、って感じのことが起きたのに、でもきっと、明日にはちゃんと笑顔で、また登校するのだ。それは、私にはできないことだ。
私の隣で、いつもより声を荒げて、それでもまだ優しさを残した顔で喋るクルミを見ながら、あらためて思う。
私にはきっと一生できないだろうことを彼女は、すごく普通にやっているのだ。
私は「頭がいい」とよく言われる。勉強に関してはそうだろう。それは自分でもわかっている。でも、それだけだ。
私はバカだ。というか、きっと、すごく硬いのだ。
つまらないと思えば授業も平気でサボったし、納得がいかなければ校則も平気で破るし、みんなで同じ制服を来て、つまらないルールに縛られるのはガマンできない! と、あっさり学校を辞めた。
自分の感覚が間違っている、とは、今でも思っていない。ただ、もう少しどうにかしたい、と思っているのも事実だった。
でも、だって、できないのだ。
妥協するわけじゃなく、けれど不必要にはぶつからず、関係を作っていくこと。「どうして?」と思っても、笑顔を作ろうとすること。カチンと来ても、イラッとしても、ケンカしないでいること。不安でも、心配をかけないように笑顔でいること。相手の顔色を見て、ちゃんと相手を思いやること。
(……本当に、すごい)
クルミはわかってない。
「自分はのろまで、パワーがなくて、何もできない」と、彼女は思っている。
でも、それは違うのだ。
誠実に、地道に、彼女はちゃんと関係を作っている。
クルミが静かになった。タイミングを見計らって、私はアイスのスプーンを渡す。
すっと受け取ったクルミは、「あ、……み、みんなの、アホーーーーーー!!!!」と、噛みながらイイ感じのシャウトをした。
「ナイスシャウト、おめでとう」
そう言ってもう一度、乾杯をすれば、「……ありがと」と、クルミは少し、笑顔になってみせた。
やっぱりたくましい。
油断して、ノンアルビールのせいで顔をぐしゃっとさせてしまった私を見て、クルミは声をあげて笑った。私も笑った。
***
結局、クルミの髪色は金色から離脱することにした。
そのまんま黒染めするのもナンなので、秋っぽい、マロンブラウンに。
色は私チョイスだ。この色は絶対、クルミによく似合う。
私の方はしばらく、金色を維持しようと思っている。
さらっと大胆にやっちゃえば案外大丈夫だよ、って、ちょっとがんばってるところ、クルミにも見せたかったし、やっぱり金髪は止めておいて、最初からマロンブラウンをオススメしておけばよかったのに、という自分への反省の意味も込めて、しばらくは。
どんなタイミングで思ったのかは知らないけれど、クルミからは「アカネちゃんも彼氏いるしねぇ」なんてことを確認される。
私の彼氏には、クルミも何度か、会ったことがある。
私がまだ学校に通っていた時の個別指導塾の先生で、あんまり恋愛に興味が持てなかった私に、なぜかクリーンヒットしてしまって。
今から思えば随分困った生徒だったのだろうけれど、授業の度に、
時にはそれとなく、時には大胆に、つまり、愛をささやきまくってみたのだ。
塾とは言え、先生と生徒だし。
大学生とは言えさすがに相手は大人なだけあって、最初っから全然、相手にされていなかったのだけれど、私が塾をやめる、つまりラストチャンスの時に、どうしてだかうまくいってしまったのだった。
付き合っているにもかかわらず、けれどやっぱり一向に手を出してきてはくれない「ひーちゃん」と呼ばれていた先生は、やがてじーちゃんと呼ばれるようになり、私は親しみをこめて、じいさんと呼んでいる。
(でも、どうして突然じいさんの話?)
もしかしてクルミ、学校に好きな人でもできたのだろうか。
あぁ、突然の高校デビューももしかしたら、その影響なのかもしれない。
わからない。
当たり前のことだけど、「私の知らないクルミ」を感じると、いつも少し、寂しくなる。
クルミとはずっと、一生つき合える友だちでいたい。
だからつまり、この寂しいキモチとだって、一生つき合っていかなきゃいけないのだろう。
それは面倒だけど、仕方がない。
お風呂からあがると、クルミが麦茶を入れてくれた。
残念なビールもどきなんかより、こっちのほうが断然おいしい。
もう、秋だ。
ビールが主役の季節はもう、終わった。
「じゃ、マロンブラウン戦に、乾杯!」
私が言うと、秋色の髪になったクルミがやっぱり笑顔で、がちゃん、とグラスをぶつけてきた。
勝負の秋は、これからだ。
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