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【桜のある景色③ -葉桜を抜ける毒リンゴの風-】

「町野先輩。大学にはこれだけたくさんの女子がいるのに
 いったいぜんたいどうして僕には、彼女ができないんでしょう?」

入学式の桜の下。
明るく晴れやかな大学1年生の行列に向かって大声を張り上げテニスサークルへの勧誘プラカードを持った後輩が振り向いて私に言う。彼は大学2年生、私は3年生に進級した。意表を突いた質問と彼の言い方がおかしくて思わず

「残念だけど・・・お前の顔と性格だと一生彼女はできないだろうな」
「なんで・・・・・なんでそんなこと言うんです?」
「悪いことは言わん・・・・・もう、あきらめたほうがいい」

周りで聞いていた仲間たちがゲラゲラ笑う。突然の笑いに驚きながら、満開の桜の下を正装の新入生たちが僕たちを怪訝そうに見て歩いていく。

「あのさぁ。デッカイ声で手当たり次第に勧誘するんじゃなくて、
 オマエ好みの女子にだけ必死に声をかけてみろよ。
 その方が、気持ちの入り方違うから」

友人のアドバイスにより、勧誘という行為が一転ナンパに変わる。ただ、それは他のサークルも同じようなものだったろう。受験が終わって桜咲くお祭り騒ぎの中、後輩君は必死に声をかけて3勝7敗。

「10回打席に立てば、3本くらいはヒットになるものなんですね」

満足そうだった。

・・・・・・・・・・・・・・
そこから話は変な方へ進み、後輩君が連絡先を教えてもらった女子学生と電話で連絡を取るうちに

「違うサークルに入るのでテニスサークルには入れませんけど、
 合コンだったらしてもいいです」

という流れになって話はトントン拍子。2年生の男4人がその合コンに参加することになった。

「よかったじゃないか。頑張ってね」
「ええ、頑張ります」

言って後輩は照れ臭そうに微笑んだ。
しかしその当日。夕方私に電話がかかってきて

「〇〇がっ!ビビッて合コン欠席するって連絡が入りまして!」
「合コンを・・・ビビッて欠席??」
「町野先輩、代わりに来れませんか!」

セッティングされた店の場所は近かったから大慌てで行ってみると、そこにいた全員、合コンにどういうイメージを持っているのか知らないが、男子女子ともにチンプンカンプンを絵にかいたような状態で、女子は全員「結婚式帰り」みたいな恰好をしていて、大学2年生の男子は全員「しまむら」の格好で困惑しながら神妙に見合っている。席に着くなり電話をかけてきた後輩に小声で

「お前なんでもっと良い服着てこないんだよ!」
「俺、これしか持ってなくて」
「無けりゃ買えばいいじゃないか!」
「服は大体母ちゃんに買ってもらってたからよくわかんないんです」
「・・・ダメだ・・・お前、本当に彼女とか諦めたほうがいい」
「なんで・・・・・なんでそんなこと言うんです?」
「いや、お前に【彼女】とか三百年早い!」

小声で後輩と揉め、パッと女性のほうへ目をやると
女性4人は向かって左から「かぐや姫、シンデレラ、魔女、ヤワラちゃん」
そして男性4人は「のび太君(後輩)、大仏、稲葉浩志、私」の布陣だった。

「なんで合コンに稲葉浩志連れてくる?人気はそこに集中するだろ?」
「カッコいいから女子が喜ぶかなと思って」
「お前はどこまでお人よしなんだ?
 幹事のお前より見劣りする男で揃えるのが合コンの暗黙ルールなんだよ!」

当日の現場で指摘する合コンのイロハ。ただそれでも、お酒が入って場が和み始めるとみんな楽しくなってきて盛り上がり最後、女性全員がトイレに行ったタイミングで
「で、お前らはだれが好みなんだ?」
聞くと、シンデレラ、かぐや姫、ヤワラちゃんと全員が割れて、私は「魔女」が好みだと伝えた。するとのび太が笑いながら

「やっぱりね」

言い出す。

「町野先輩、この前サークルのみんなで話題になったんですけど
 町野先輩の好みって・・・・・かなり、変わってますよね?」
「・・・・・誰がそんなこと言ってんの?」
「いや、サークルのみんな全員ですって。サークル全員の総意として、
 町野先輩の好みは

 【家で毒リンゴ煮てそうな女】

 になってます。」
「い・・・・家で毒リンゴ煮てそうな女?」
「そうですよ。
 町野さんが付き合う人ってみんな家で毒リンゴ作ってそうなんですって。
 だから俺、今日の女性メンバー見てすぐ、町野先輩呼んだんです。
 『あっ!家で毒リンゴ煮てる魔女が来てる!』
 そう思ったんです」

のび太くんが、なんの悪気もなく笑顔で語る私の好み。
先輩思いの後輩を持って幸せだったが、私は自分でも知らなかった自分の好み

【家で毒リンゴ煮てそうな女】

を突きつけられていささか立ちくらみになりそうな気がしたが、やがてトイレから戻ってきた【魔女】を見ると、「確かにこの娘だったら家で毒リンゴ煮てる」と思ってさらに目まいがした。その横で大仏君が会計を取りまとめ、赤ら顔の稲葉浩志が

「じゃあ、まだ時間もあるし、カラオケにでも行きますか?」

誘ったが、かぐや姫が「私は家が遠いのでそろそろ帰らなければなりません」そしてそれを聞いたシンデレラが「私は門限が厳しいの」言うのでお開きとなった。
居酒屋の前で女性陣と別れ男同士トボトボと帰ったが気分は晴れない。

「やっぱり僕らに魅力がなかったから帰ったんですかねぇ」
「そんなことはないよ。
 大学生になり立ての女子だったら、21時お開きは普通だよ」

シケたツラした後輩は全員下宿暮らしで、今から帰っても手持無沙汰は間違いなかったから

「じゃあ、俺の家で反省会でもやるか?」

誘うと二つ返事。大学近くのコンビニで安い酒とポテトチップスを大量に買い、川沿いの土手に植えられた桜並木を歩いて帰る。夜だったが、大学にはたくさんの明かりがついていて、その光で新緑の葉桜が若々しく照らし出されていた。

「葉桜の頃の風って、気持ちいいっすよね」
「うん。ちょっと生温かいけどちょうどいい感じだよな」
「でも、カラオケ行きたかったなぁ」
「実は俺、会計の時にヤワラちゃんの電話番号ゲットしたんです」
「お前、いつの間に???」

葉桜の下で思わぬことを言い出した笑顔の大仏君をみんなでひっぱたき、後輩たちと今日の合コンの思い思いの感想を言い合いながら僕たちは若葉の下を歩いた。

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