背負った選手たち(阪神タイガース篇)

岩田稔は1型糖尿病でありながら、現在も現役でマウンドに上がるピッチャーです。
1型糖尿病とは、膵臓の病気です。膵臓がインスリンを出さなくなり高血糖状態が続き生命の危険を犯す病気です。
2型糖尿病は、運動不足や食事の不摂生によりインスリンが発生しなくなる病気です。
岩田稔は、大阪桐蔭高校時代、2年生の秋からエースとして活躍するも、その冬に風邪を引いた際のウイルス感染が元で1型糖尿病を発症。3年時にもエースナンバーを背負っていたが、腰の故障により夏の大阪府大会での登板機会はなかった。高校の同期には西武のおかわり君、中村剛也、1年後輩には後に阪神でもチームメイトとなる西岡剛がいた。
高校卒業後に社会人野球チームでプレーを続ける予定だったが、1型糖尿病の影響で白紙に戻ったこと[2]から、関西大学に推薦入試で進学。
1型糖尿病のため1日4回のインスリン注射は欠かせないが、アマチュア時代に糖尿病を発症しつつもプロで活躍したビル・ガリクソンや、8歳で1型糖尿病を発症しながらエアロビックの世界チャンピオンになった大村詠一に勇気づけられたことから「自分が頑張ることで、同じように糖尿病と戦っている人たちを勇気づけていきたい」と話している。2013年には、糖尿病患者に対する慈善活動が評価されたことによって、阪神球団から若林忠志賞を授与されています。
 
2人目は大腸癌を患いアフラックのTVCMも出ている原口文仁。今も現役で活躍するキャッチャーで、今は代打の切り札として使われることが多いです。2010年に阪神に入団するも、2012年に腰の怪我の影響で育成契約に。育成になると一軍の試合に出れないため、選手としては土壇場の契約と言えます。そこから毎年、自由契約、育成再契約とギリギリのプロ生活を送りながら2016年に支配者選手契約を勝ち取ります。同年5月には野手月間MVPを取り、阪神のキャッチャーとしては田淵幸一以来41年ぶりの快挙。年俸も480万円から2,200万円にアップ、昇給率358%は当時の球団最高アップ率。
そして、2019年1月24日に自身のTwitterで大腸癌であることを発表。手術を行い、2月上旬に退院。懸命なリハビリを経て、セ・パ交流戦が開幕した6月4日にシーズン初の出場選手登録を果たす。当日の対ロッテ戦、9回表一死三塁で代打で出場。ロッテファンからも大歓声があがり、結果、左翼フェンスを直撃する適時二塁打を打った。ヒットしたボールを、左翼手の菅野剛士から一塁手の鈴木大地へ渡った。鈴木はボールを阪神ベンチへ転がし、矢野監督が受け取った。プロ入り初安打を記録した選手への対応と同様の気遣いに、原口は自身のツイッターで、贈られた記念ボールの写真とともに「忘れられない一日になった」とコメントした。
 
横田慎太郎は2013年にドラフト二位になり2016年には開幕スタメンを勝ち取り、走攻守揃った選手として将来を有望されていましたが、2017年に脳腫瘍を患い(当時22歳)、育成契約になり、そこから懸命なリハビリを開始する。ただ視力が戻らずファームの試合にも出れずにいました。
2020年には阪神としても育成選手契約を締結する方針が示されていたが、担当スカウトの田中が9月中旬にその旨を横田へ伝えたところ、「来シーズン(2020年)は苦しい」との表現で引退の意向を田中に吐露。9月22日に現役引退を正式を発表する。
同月26日に阪神鳴尾浜球場で行われたウエスタン・リーグにおけるチームのシーズン最終戦の8回表二死二塁の局面で、中堅の守備に就いた。公式戦への出場は2016年9月25日の同カード以来1096日ぶりで、守備に就くなり市川友也が自身の頭上(左中間)に打った適時二塁打の処理に追われたものの、次打者・塚田正義が打ったゴロ(記録は中前安打)を捕球すると、本塁へのノーバウンド送球で二塁走者の水谷瞬(市川の代走)を補殺するファインプレーで現役生活を締めくくった。視力が定まらない中、綺麗なバックホームができたことに対し、横田も試合後の引退セレモニーで「神様は見てくれていたと思いました。本当に、本当に今までありがとうございました」。
その後、阪神球団から「阪神タイガースアカデミー ベースボールスクール」コーチへの就任を要請されたが、「今は(脳腫瘍の影響で)視力に不安が残るので、小中学生に野球を教える仕事に就くことは厳しい」という理由で要請を固辞。育成選手契約期間の満了を機に阪神を退団したうえで、出身地の鹿児島県へ帰郷した。
帰郷後は、「誰の手も借りずに1人で生活することに一度挑戦したい」との意向から、鹿児島県内で単身生活を送りながら講演やコラム執筆などの活動を展開。2020年の8月下旬からは、阪神OB会長(元・外野手)の川藤幸三がYouTube上に開設している「川藤部屋」というチャンネルへ「プロデューサー」という肩書で参画するとともに、自身(または川藤と共同)の動画を定期的に配信している。2021年5月12日には、阪神入団までの道のりや、脳腫瘍を発症してからの苦悩などを綴った自身初の著書『奇跡のバックホーム』が幻冬舎から発売された。
その一方で、2020年の7月頃からは、足や腰の強い痛みに見舞われていた。鹿児島県内の整形外科で検査を受けたところ、脊髄に腫瘍が生じていることが判明したため、関西地方の病院へ6か月間にわたって入院。抗がん剤の投与や放射線治療によって腫瘍が完全に消滅したことから、退院後の2021年4月26日に「川藤部屋」から配信された動画で、退院までの経緯を初めて公表した。
24歳の若さで現役を引退した横田慎太郎は病気に苦しんでいますが、心からの敬意と応援をしたいと思います。

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