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百年文庫45 地

三作ともきちんと「地」のイメージがあるけれど、そのイメージもかなり広く取られていて違う土地を感じられるセレクトだったところがよかった。なんとなく世界旅行をするような気持ちになれる一冊。

羊飼イェーリ/ヴェルガ

馬を追い野宿しながら暮らす孤独な少年イェーリにとって、幼なじみのマーラと交わした結婚の約束が何より心の支えだった---。純朴な若者がたどった過酷な運命の物語。

「言葉を持たないこと」について考えさせられた。一見我が身の不幸を受け入れられているように見えて、イェーリはマーラの裏切りを見ないことにしているだけで受け止められてはいない。でも、学のなさゆえにその出来事をみずからのうちに処理する術を知らない。唐突な暴力に訴える以外に事態の処理の仕方がわからず起きる犯罪は昨今でも見かける気がするけど、それらと同じように感じる。イェーリの人柄に好意を持つように描かれているだけにより彼の運命が切なく胸に迫る。

流されて/キロガ

毒ヘビに噛まれた男の一日を描いて鮮やかな印象を残す。

見開き五ページの短い作品。文体も簡潔なので、男の思考がクリアに感じられる。
こういう文章も時間の尺も短い作品を読むと、すぐれた文章を書く人間の手によればどんな場面でも作品になるのだなぁと思う。

動物/武田泰淳

動物園の小熊に子どもが指を噛まれたー。小さな「熊騒動」が大人たちの憎悪を呼び起こしていく。体面を繕いながら敵愾心を燃やす者たちの顛末。

「人と作品」で作者が武田百合子の夫と知る。武田百合子は「犬が星見たロシア旅行」が面白かったので好きな文筆家。
淡々と進む割に中身はドロドロしていて、読んでいくと厭世的な気持ちになってくる。しかしだからこそ、最後の熊たちの描写でそこまでの気持ちが昇華されるような、「いいぞ、やってしまえ」とつい言いたくなるような気持ちにさせられた。今いち雰囲気を捉えきれなかったので、もう少し長い作品も読んでみたくなった作家。

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