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百年文庫53 街


三篇を通して、あまり街という印象は受けなかったように思う。でも思えば街の中で進む話というのもそんなには無いし、どこにでもある題材の割には選び辛いテーマのような気もする。

感傷の靴/谷譲次

「ああ、日本人、ヘンリイも日本人、俺も日本人」ー。カナダ兵として戦勝パレードに参加した同期の雄姿を、「私」は感慨深く見つめた。

わたしはナショナリズム的な感情は薄いほうだと思うけれど、それでも海外で出会う同郷人は無条件に好意から入ってしまう。単純に言葉が通じる安心感もあるけれど、それだけでもない気がする。
海外で給仕として勤めながら富豪のように振る舞うことで自尊心を満たす主人公と、日頃の振る舞いは感じ良くはないものの実のある評価がなされているヘンリイとの対比が一見ありそうで自分からは出てこない発想だなと思う
谷譲次という主人公と同じ筆名が気になったけれど、10年の作家人生の中で3つのペンネームを使い分けた人物だそう。存じ上げなかったのだけれど当時は爆発的な人気を博した作家だったらしく、名を残すことの難しさも考えてしまった。

チコのはなし/子母澤寛

一人息子を戦争で亡くしたおときさんと捨て犬のチコ。心寄せ合うふたりの親子愛。

こういう動物が出てくる悲しい話は自分が犬猫を可愛がりすぎているので悲しくて苦手。文章が上手な作家が書くとより身に染みてしまうのでさらに苦手。

一夜の宿・恋の傍杖/富士正晴

「木ノ花さん、助けてよ。わたし今日、ほんとに困ってんの」。大柄な女性作家に絡まれ、強引に家に連れ込まれた小柄な男性編集者。一晩の駆け引きの顛末は…

あらすじだけ聞くとちょっとあだっぽい感じがするけれど、話はどちらかといえばコメディタッチ。ハァちゃん、ミィちゃんという呼び名も編集者、作家、その恋人という関係の距離感らしからぬ雰囲気が出ていて面白い。不思議な魅力のあるハァちゃんが独特のキャラクターで印象に残る。

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