百年文庫46 宵
「美しい文語の名篇を総ルビで味わう一冊」という説明の通り、三篇とも総ルビの文語で少し毛色の違った一冊。個人的に総ルビの作品は泉鏡花みたいでなんとなく雰囲気が感じられて好き。こういう個性を持たせた巻があるのも、編者の遊び心が垣間見えて楽しい。文語は言葉の響きも気持ちいいので、手元に置いて読み返したくなる。
十三夜/樋口一葉
家柄の違う家に嫁いだ女が夫の冷たさに耐えかね実家にもどった。すべてを胸にしまい夜の家路につく娘の健気さ、哀しみを分け持とうとする庶民の生き方が胸を打つ。
問題自体はどこにでもある問題で、解決もどこにでもある解決になる。前半はありそうな話で、後半はちょっとなさそうなファンタジーを混ぜる展開の仕方が作品に入りやすい。ちょっと最近の映画みたいな感覚も受ける。樋口一葉の描く登場人物の語りはちょっと今の感覚からすると仰々しいところもあるけど台詞として美しいし読みたくなる、そういうところは舞台のような感じもする。
置土産/国木田独歩
いつか小さな店をかまえることを願って働く吉次は茶店の若い娘に想いを残して戦地へ赴く。
カタカナがちょこちょこ入る文語はちょっとはすっぱな感じがして好き。お絹お常とともに海に行くシーンが印象的。終始店の中で進み、明るい話題も少ない中の余白のようにぱっと明るい場面で、作品がとたんに華やぐ。こういう思い出があるからこそ、最後の展開に作中の人物と一緒になって寂しさを味わうことができるのだと思う。
うたかたの記/森鴎外
若き芸術家が集うミュンヘンのカフェで出会ったマリイ。降りしきる雨の中を疾駆する青春のロマンス。
逆に自分でも驚くけれど、タイミングを逃して未読だったので機会があって良かった。
なぜかレマルクの「凱旋門」のイメージでずっと読んでいた。
実在のルートヴィヒ2世の死が作中の事件としても取り入れられていて、現代の私たちからは「有名な事件」というモチーフだけど、鴎外の当時としては話題の事件を取り入れている状態なのだと思うし、そういう感覚的な齟齬が面白かった。
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