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遊び狂った時間は。


やろうやろうと思っていたnote。

急に始めます。



最近よく考えさせられるのは、
遊びについてかなと思う。

よく師匠には
「ちこは、遊んできたからなぁ〜」
とよくいじられる。

何を持って遊んできたというのか?
人それぞれの価値観が絡みますよね。
わたしが遊んでいた光景を見た人なんて
師匠を含めても
今周りにいる人にはほとんどいないけど
師匠の前への初登場の服装は今でも覚えてる。

16歳の春。

ギリギリまであげた
プリーツスカートの制服
(高校の指定のものではないもの)と
ハイソックス、
ぐるぐるのスパイラルパーマ。
教科書なんて入らない薄さの
トミーヒルフィガーのリュック。
人と被らない
アンティークのローファー風の靴。
がりがりに痩せていた体にフルメイク。
そんな出立(いでたち)で現れたものだから
師匠が塾長をしていた塾に受験をしにきている人たちは、もはや人生で関わってこなかった人種という扱いだったかもしれない。

話を少し戻して。
昨日インスタライブして

「子どもの頃に、暇だったのがよかった」

という言葉が思わず出た。

習い事もそこそこに、
中学に行くまでは塾にも行かなかったし、
受験という選択肢も友達の影響で
一度は考えたけど結局公立に行った。

塾にも行かないので
塾の宿題にも追われない。
暇すぎて、お小遣いはすぐに底が尽きる。
面白いことを生み出すしかなかった。

そうしないと耐えられない。
溢れる若さのエネルギーが
消耗し切らないのだ。

学校生活のあの暇さに対して
いかに充実させるか?
を常に自分に問い続けていたから
ものすごくクリエイティブだったなぁ
と思い出した。

365日、違う髪型をして
好きな洋服、買いたい洋服が買えないから
自分でアレンジして作っていたし、
雑誌はジャンル問わず読み漁ったけど、
zipperなんて穴が開くほど読んだ。

一度で語り尽くせぬ日々。

いつもその過去・エネルギーに
自分に対して負けたくないというのが
あるのだろう。
今が一番、
と感じられる自分でありたいと思い
選択してきたと思う。

でも他者にとってみれば
そんなことも大したことではない
どうでもういいことだろうと
思ってきた。美談でもないし
なんならこの記憶を恨んだ時もある。

でも、
その遊び狂った時間でさえ全てが、

こうして大人になり
目の前の人を全力で愛したり、
人が人を想うためだったな

と気づかせてもらっています。

そしてまだまだこれから、と。

梅おむすびと夏野菜の具沢山スープ

とまぁ、今日はこの辺で。






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