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夫婦で謳うその日を待ちわびて

昨夜、いつものようにウミウシの3Dモデルをいじっている夫の背中に、思い切って打ち明けました。

「ホーミーをやってみようと思う」

わたしがホーミーをマスターしようと思うに至った経緯については、まだ説明していません。
簡単にひけらかすようなことでもないと思ったからです。
夫はゲーミングチェアに座ったままくるりんと後ろを向き、わたしの顔を真剣な眼差しで見つめ、力強く頷きました。

「いいと思う。モンゴルのアレでしょ?」
「そう、モンゴルの、アレ」

「いいね」と言いながら、夫はもう一度大きく頷きます。

「おれ、ホーミーできるよ」

なんということでしょう。
こんなに身近なところにホーミーの民がいたなんて。
高校時代からの仲ですので、もうかれこれ20年の付き合いになります。
わたしにそんな大事なことを黙っていたということに、なんだかモヤモヤを感じないと言えば嘘になります。
しかし、今はそんな些細なことには目を瞑りましょう。
教えてもらおうと思えば、すぐに教えてもらえる環境が既にあったということに加え、有事の際に集められるホーミーパワーが増えたということなのですから。
地球の平和に比べたら、わたしのみみっちいモヤなど考慮するに値しません。
すぐ側にいる人が、思いもよらぬ武器を隠し持っている。
人生とはそんな驚きの連続なのかもしれません。

「練習すればできるよ。結構できる人いると思う」

おれも、子供の頃になんか面白そうって思ってウェーウェー言ってたら、急に喉の奥からビヨヨンってちがう声出てきたから。

なんでもないことだよ、とでも言いたげな口調です。

わたしも週末の決心から、密かに研鑽を積んでいるのです。
しかし、「やばいよやばいよ」と言っている時の出川哲朗のような声が出るだけで、一向に喉の奥から「ビヨヨン」が飛び出してくる気配はありません。
道のりはまだ遠い。

「やってみて」とわたしがお願いすると、夫は「わかった」と言ってゲーミングチェアから立ち上がりました。
なるほど、まずは姿勢を整えることが大切なのですね。
んん、と咳払いをして、夫は大きく息を吸い込みました。
わたしもつられて深呼吸します。

「ウェー……ウェーーーーーウィーーーーー……あれ、おかしいな」

夫はその後も出川哲郎のようなウェーウィーを何度かくり出しましたが、「ビヨヨン」が顔を出す気配はありませんでした。
昔はできたんだけど、と苦しい言い訳をしています。
わたしの期待は一瞬でしぼんで消えました。

「ティコの方がすぐにできるようになりそう」

そう言いながら、夫は机の上に置いてある雑多な小物をまとめてある箱から、ムックリを取り出しました。

「そしたら、このムックリで伴奏するよ」
「なんでよ。ムックリはアイヌでしょ。いまわたしが感じたいのはモンゴルなのに」
「大丈夫だよ。ビヨヨン、って似てるからさ。相性いいはずだよ」

夫はそう言ってムックリを口元まで持っていき、ビヨーン、ビヨーン、ビョンビョンビョンと奏ではじめました。

わたしは知っています。
ムックリの演奏には相当に高度な技術が要求されるということを。
生まれも育ちも北海道の生粋の道民として、触れる機会はそれなりにはありましたが、未だかつてまともに音が鳴ったことはありません。

中国地方山間部出身の彼がなぜ、ムックリの演奏ができるのか、わたしは知りません。
知らないけれど、ムックリ奏者が身近にいるっていいな、と思いました。

愛犬が呼応するようにふんふんと鼻を鳴らし、夜が静かに更けていきます。



なんのはなしですか


参加しています。35日め。

実は今日誕生日なんですけど、1年間の振り返りとか今後の目標とか、そんなことよりもホーミーの話を書くことの方が大切だと思ったんだ。