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人事評価システム: ノー•レイティングに関する本(日本語)まとめ

いわゆる成果主義以前の日本の会社の人事部門は、閻魔帳のように人事評価を裏で管理していました。表舞台に出さないことで人間関係を維持し、従業員の士気を下げない努力をしてきました。1990年代半ば以降、それが成果主義の導入によって一変します。成果主義のなかでは、すくなくとも理屈上は「頑張り」は評価されません。上司にはレイティングを本人に伝えることが義務付けられました。このコミュニケーションは当たり障りのない人間関係を壊しました。上司は、教えてくれる人から評価者に変わりました。本来の意味での育てる文化が失われていきました。

近年、成果主義の弊害を減らすために注目されているのがノー・レイティングという人事評価システムです。

ノー・レイティングに関する先行研究について総括してみたいとおもいます。ノー・レイティングについて包括的に書かれた書籍は、日本ではまだ多くありません。

数少ない書籍のなかから、以下の4つを紹介します。



1つ目は、「ハーバード・ビジネス・レビュー」に掲載された2つの有名な論文です(カッペリ、2017およびゴーラー、2017)。 2017年4月号のハーバード・ビジネス・レビューにおいて、ペニンシルバニア大学のピーター・カッペリらによる「年度末の人事査定はもういらない」が掲載されました。さらに、それへの反論として、フェイスブックの人事統括のロリ・ゴーラーらの「年度末の人事査定はいまだ有効だ」が紹介されました。

カッペリらは、「人材育成への回帰」「機敏さの必要性」「チームワークの重要性」という3つの理由から、米国企業はノー・レイティングに移行していると言います。そして、これらの変化は事業上の必要性から生じている変化であることを強調します。すなわち、それぞれの企業が置かれた状況によって、業績評価プロセスは異なってきます。たとえば「個人単位の成果責任や金銭的報酬を重視する」営業や金融サービスのような職種や、「強い使命感を持つ組織」では、従来の人事評価が適しているといいます。つまり、ノー・レイティングが必ずしも「正」ではありません。それでも、確実にノー・レイティングが普及してきていることを論じています。

他方、ゴーラーらによれば、評価者の「評価者特異効果」を最小限にし、透明性をもたせ、さらに業績評価を従業員が厳粛に受け止め成長に繋げるために、フェイスブックでは業績評価制度を維持することに決めました。しかしながら、ゴーラーらは、「フェイスブックではまず同僚同士が評価レポート作成する」仕組みや、計算式により評価をそのまま報酬に置き換え、「報酬の決定にマネジャーの裁量が入る余地がない」ようにして、「企業は報酬に関する専門知識に基づいて報酬を管理できる」仕組みなども紹介しながら、最終的にはメリットとデメリットを踏まえて総合的に判断する必要性を説いています。つまり、ノー・レイティングそのものに否定的なわけでなく、ノー・レイティングが必ずしも「正」とは限らないと述べているに過ぎません。

この小さな「論争」は、人事評価がone size fits allではなく、企業のビジネス戦略そのものであることを示唆しています。

2冊目は、人事コンサルタントの松丘啓司さんが2016年に書いた『人事評価はもういらない』です。日本で初めて、書籍としてノー・レイティングを紹介したものだと思います。この本は、GEやマイクロソフトの事例を踏まえて「リアルタイム」「未来志向」「個人起点」「強み重視」「コラボレーション」の5つを基本原則と定義し、またマネジャーの弱体化や1 on 1の重要性などの日本企業の課題にも触れた野心作です。

あえて批判的にコメントをすると、「年次評価を廃止すると言ったとき、どうやって報酬額を決めるか、といった疑問に目が行く人も少なくないが、それは派生的な論点に過ぎない」とし、報酬というテーマをスコープから除外しています。しかし、実際には人事評価と報酬決定の関連を避けて通ることはできません。

とはいえ、日本でノー•レイティングについて体系的に書かれた唯一の本だとおもいます。

3冊目は、リクルートワークス研究所が発行している機関誌「ワークス」です。リクルートワークス研究所の機関誌『Works』(138号)が「人事評価なんてもういらない」を特集したのも2016年でした。ここでは、ノー・レイティングを、米国や日本における人事評価の歴史のなかで位置づけ、さらに企業の人事担当者のインタビューなども掲載し、具体的な運用や人事部門の役割を明確に指摘しているところに、大きな意義があります。ただし、同書の編集長が、『人事評価なんてもういらない』というタイトルは「いささか大仰だったかもしれない」と書くように、タイトルはミスリーティングです。

この中で神戸大学の高橋潔さんは、「評価というものが成熟してきた今、評価の手法が、世界的に1つに収斂しつつあるといえるかもしれません」と言っています。私も、評価基準の精緻化やスキルやリーダーシップを含むところのコンピテンシーが評価基準のメインストリームになっていくという意味で、納得です。

最後は、海外の書籍の和訳ですが、米国のトップコンサルタントの一人であるタムラ・チャンドラーの「時代遅れの人事評価制度を刷新する」(2018)です。ノー・レイティングに絶対解を求めることなく、従来型のパフォーマンス・マネジメントの問題点と、その刷新の必要性、そのためのステップを組織開発の視点から解説します。そして、パフォーマンス・マネジメントには3つの共通のゴールがあると主張します。1つ目が働く人のスキルや能力を高めること(人の成長)、2つ目が全ての従業員に公平に報酬を与えること(報酬の公平性)、3つ目がチームと個人の目標を組織の目標が繁栄したものにすることで、組織全体のパフォーマンスを高めること(組織のパフォーマンス向上)です。 パフォーマンス・マネジメントの目的を報酬や組織のパフォーマンスまで含めて言及していることは重要なポイントですが、肝心な報酬とパフォーマンスについての関係性に関する考察は、やはりありません。

これらの書き物は、日本の人事評価システムに一石を投げかけたという意味で大きな意味を持つとおもいます。

ただ、その割にノー•レイティングはいまだに日本で普及していないです。

(引用文献)

タラム・チャンドラー「時代遅れの人事評価制度を刷新する」ヒューマンバリュー、2018

ピーター・カッペリ「年度末の人事査定はもういらない」(ハーバード・ビジネス・レビュー2017.4)

ロリ・ゴーラー「年度末の人事査定は未だに有効だ」(ハーバード・ビジネス・レビュー2017.4)

松丘啓司「人事評価はもういらない」ファーストプレス、2016

リクルート「Works 人事評価なんてもういらない」2016.10-11

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