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人事評価システム: 学校と企業(企業でのルーブリック活用)

教育の世界では、評価と育成を繰り返すパフォーマンス・マネジメントのサイクルのなかで、結果よりも育成支援の側面を重視します。

企業におけるパフォーマンス・マネジメントの視点が、評価から育成支援に移動しつつあるとすれば、教育現場における評価の試行錯誤の蓄積から、学ぶべきことが多くありそうだとおもったのです。

近年、教育の現場では、以下のようなキーワードが注目されているようです。
「基準づくり」
「ピア評価」
「自己評価」
「振り返り」
「レイティングによらないフィードバック」
 
たとえば「Assessment for Learning」(2003)のなかでPaul Black他は、教育現場における効果的な学習評価について、示唆に富む提案をしています。

同書は、効果的な学習評価として、以下の4つをあげます。
 
【質問すること】
クラスを5分程度のQ&Aセッションかはじめ、前回学習したキーワードについて問いかける。質問したら少なくとも1秒の間(wait time)をおき、考える時間を設ける。

【レイティングのないフィードバック】
レイティングする、コメントする、レイティングとコメントをあわせてする3つのフィードバックのうち、効果があるのはコメントだけの場合。他の二つの方法でフィードバックをしても効果はない。レイティングをしてしまうと、エゴや他人との比較に気を取られ、自分自身の課題として考えられなくなる。

【ピア評価後の自己評価】
評価基準をあらかじめ共有したうえで、まずpeerに評価してもらい、その上で自己評価することで、自己評価がより効果的なものになる。

【正式なテスト形式でない振り返り】
合否が何かに大きく影響するテストは、学習にとって良い効果がない。一方で、よりソフトなテストには意味がある。たとえば、自分自身が質問を考えて、それに対してpeerが答えるようなエクササイズが、学習にとって効果がある。
 
育成支援の観点からは、結果よりもプロセスを問う方が効果があがることが、長年の研究の蓄積から繰り返し主張されています。報酬決定の材料として評価が使われる企業と異なり、教育においては、報酬は評価と本質的に無関係です。評価が報酬には結び付かないので、企業と比べたら、育成支援の観点からの評価が行われやすいです。



 
とはいえ、教育の世界は教育の世界で、事情があります。

そもそも現代の学校形態はナポレオンがプロイセン王国を破った1608年に起源があるそうです(マッド・リドレー、2016)。若者を戦争中に逃亡しない従順な兵士に育成するのが目的でした。教育とは、生徒のためではなく国家のためのものでした。その後も、目的が戦争で勝つことから経済競争に勝つことに変わりましたが、その本質はかわっていません。国営教育です。しかし、国営教育には、イノベーションを期待できません。学校の在り方は大きく変化しませんでした。教育の世界には人材育成や評価について長年の蓄積があると書きましたが、実は、教育が純粋に人材育成のためのものとして深く探求されるようになったのは、つい最近のことのようです。

そうは言っても、企業がその評価をレイティングとして本人に伝えるようになる前に、レイティングを伝えていたのは学校教育の現場でした。本人に対して競争を促すためのツールとしてでした。

深井 龍之介さんの「歴史思考」を読んだばかりでもあるので、学習評価の歴史を振り返ろうとおもいます。




学習評価は、試験からはじまります。試験の歴史そのものは、6世紀頃中国で始まった科挙の制度からとされます。 日本では人の能力を評価する制度は7世紀から存在したそうです。12階冠位の制度、養老令などがそれにあたります。江戸時代にも評価はありました。吉宗の「足高の制」が一例です。能力や素質があるが家柄が低いために要職に就けないといった旧来の不都合を解消し、良質の人材を登用することをその目的とした制度です。評価は、身分に関係なく立身出世するための手段だったのです。戦国時代から江戸時代にかけては、評価は多くの場合、禄と結びついていました。

「功には禄を、能には職を」という言葉がしめすとおり、能力評価と業績評価が分かれていたことも面白いです。江戸時代まで、学校は身分によって分かれていました。たとえば士農工商によって、藩校、郷校、寺子屋といった具合です。武士が学ぶ藩校では四書五経などの儒学の体系が、寺子屋では読み書き算が教えられました。「国民形成」を目的に近代学校が発足したのは1872年。平等社会と引き換えに国民皆学の方針が出されます。学習評価は、私塾や寺子屋では普及せず、藩校で普及したとされています。人事評価システムは、組織として統制をとるためのツールだからです。それでも、江戸時代には、試験が日本において文化として定着するには至りませんでした。江戸時代の評価は、褒賞によるものが主体だったといいます。褒賞の一環として特定の役職への任用、昇進はありましたが、幕府も各藩も、評価を賞罰という枠組みで反映させていたことが興味深いところです。

それでは、文化として定着する前の試験評価は、どのようなものだったでしょうか?たとえば『日本教育史資料』のなかに天保4年、1833年の学試之節心得があります。筆跡から受験者名がわからないようにした上で、答案を読み上げ、それを採点者たちが9段階で評価したといいます。読み上げ式の品評なので、維新後の当事者の回顧録でも、
「弁書の試験は読み上げる人に関係しますな
運良く上手な人に読まれると、その人はしあわせです」
と振り返っています。
いまでもありそうな光景が目に浮かびます。

世界の他の国々同様、試験制度は教育制度と同期して、近代化の一環として普及していきます。明治初期になると、欧米の慣習を取り入れて学校現場では試験が頻繁に取り入れられます。競争が制度化されたことが背景にあります。当時の試験は人材育成ではなく、競争サイクルの一部でした。
その後、教育現場に国の統制が入り込み、学校教育は知育から徳育へ、重点を移しました。「人物第一・学力第二」の性格がつよくなり、学力だけでなく行動が評価されます。
明治以降、教育現場を語る時に登場してきたのが、企業です。企業が従業員の採用基準として学歴を重視しだした背景には、官庁制度があります。小熊英二は、「キャリア」「ノンキャリア」「地方職員」と序列化し、職務ではなく学歴や勤続年数によって俸給を決定する明治期の公務員の採用や人事処遇制度が、学歴主義を形作ったといいます(小熊、2019)。
もう1つの背景としては、教育現場における試験制度の定着があります。試験制度が定着したのは明治30-40年代。教育現場の試験制度が定着すると、企業は学歴をそのまま採用や給与を決める際の基準として採用します。個々人の職務が不明確ななかでは、専門性、すなわち大学でなにを学んだかよりも、どんな大学にはいったかがそのまま採用基準になり、入社後は勤続年数が昇格基準にならざるを得ません。その結果、企業への就職を目指す人たちは、より有利な学歴をもとめて学校にはいるための競争をするようになります。公務員から始まった学歴重視の慣行が、教育現場における試験偏重と企業の学歴重視を誘発し、それを企業の採用活動が補強することで、社会的な慣行になっていきました。
教育課程の全体構造が確立したのは1891年の小学校教則大綱。成績の評価については、点数による評価ではなく、「適当なる語」を用いることが要請されています。試験と評価は、知的能力よりも、道徳的行状に重点が移されていたからです。点数法による成績表記は「細密ノ学業ノ優劣ヲ評スルニ適スル」が、弊害も多いから、「成績ヲ評スルニハ成ルヘク適当ナル語ヲ用ヒ」るよう提案、「点数若クハ上中下等比較的ノ意味ヲ有スルモノ」を使ってはならないと注意しています。これを機に、成績表記は点数法の代りに、甲乙丙という三段階となります。しかし、甲乙丙という3段階表記は、1938年に姿を消します。この年の学籍簿改訂によって、操行(優良可の3段階でつける)以外の教科目を10点法でつけることに替えたからです。もっとも、この10点法による表記はわずか3年でおわります。小学校が国民学校に衣替えすると同時に、成績はまた、優良可の3段階で表記するように替えられます。
学校で、通信簿が取り入れられたのは1948年。評価の客観性を担保するため、正規分布による相対評価が導入されました。5は7%、4は24%、3は38%、2は24%、2は7%だったいいます。
その後1971年の指導要録改訂では 「絶対評価を加味した相対評価」となり、相対評価としての5段階評価の配分比率を正規分布ではなくてもよいとする方針が打ち出されました。さらに、1980年には、相対評価をしないよう変更が加えられます。1991年には観点別学習評価を評定より前に示すよう指導がはいります。 さらに2001年には「目標に準拠した評価(いわゆる絶対評価)」となります。その力点は、評価から育成支援へ移っていきます。
 2016年に中央教育審議会から文科大臣に対して出された答申(幼稚園、小学校、中学校、高等学校および特別支援学校の学習指導要領等の改善および必要な方策等について)には以下のようなキーワードが並びます。
•指導と評価の一体
•多面的・多角的な評価
•振り返り
•自己評価
•目標に準拠した評価
 
キーワードを見るだけでも、教育と試験は、企業における人材育成や人事評価システムのトレンドと、多かれ少なかれ同期しあいながら(でも微妙に交わらずに)動いてるように見えます。




2020年新学習指導要領にあたっては、教科ごとに数値評価する「評定」をなくすべきかどうかが議論されました。学習評価の新しい規準が示され、「知識・技能」「思考・判断・表現」、なかなか測りがたい人間性や感性の評価に替えて「主体的に学習に取り組む態度」が、「3観点」として示されました。3観点について「ABC」といった形で評価する「観点別評価」だけにすべきという意見のほか、「評価は一方的なものではなく、児童生徒と教員双方のコミュニケーションということを再確認する」「単元計画に面談やフィードバックする時間をあらかじめ組み込む」「値踏みするのではなく、教員が児童生徒を知ろうとする姿勢を持つ」といった議論もされたようです。
指導要領の改訂は、2014年11月の中央教育審議会に対する文部科学相の諮問文にあるとおり、「教育目標・内容と学習・指導方法、学習評価の在り方を一体として捉え」ることを求めていました。資質・能力を育成するには、教育目標や内容を見直すだけでなく、アクティブ・ラーニング(AL)をはじめとする学習・指導方法の改善はもとより、学習評価の見直しも、同時に行わなければいけないという考え方です。従来の改訂では、まず教育目標・内容が中心の指導要領を告示してから、学習評価は別途、通知表のもととなる「指導要録」を検討する会議を立ち上げ、学習・指導方法は各学校や教員の創意工夫に任せていました。ところが、新学習指導要領では「指導と評価の一体化」の方針が明確になりました。さらに、国立大学附属学校や「国際バカロレア(IB)学校」などの取組みに学びながら、子どもによる自己評価活動を重視して、子ども自身に自己評価力を身に付けさせることを提言しています。
 



2020年には大学入試改革も実行されました。2021年1月入試から「センター試験」に代わって「大学入学共通テスト」が導入されました。知識や技能を単独で評価するのではなく、知識や技能を活用する「思考力・判断力・表現力」を評価する趣旨のテストです。
センター試験の廃止と新共通テストの導入は、いわゆる「高大接続改革」という教育改革政策パッケージの一環でした。2014年12月に公表された中教審答申(高大接続答申)で提唱されたもので、「高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の改革を一体的に進める」ことが眼目とされました。
 
これにより入試は、知識を問うものから、思考力などの、よりソフトなものを問うようになります。これに呼応して、高校教育もかわってきています。知識から適性へ。高校入試もすでに変化しはじめています。

ひとつは、公立中高一貫校が実施している「適性検査」型を導入する私立が増えています。宝仙学園理数インター(東京都中野区)は2009年に開始。今年は三田国際と同様に共学化・校名変更で人気を集めた開智日本橋学園(東京都中央区)など30校以上が実施しているそうです。
中学にも広がっていて、2018年の首都圏中学入試で行われた私立中の「適性検査(思考力・総合・自己アピール・PISA)型入試」の実施校数は、順調に増えています。2017年は120校、2018年は136校、2019年には147校に上ったそうです。2021年に適性検査型入試を実施した首都圏の私立校は152校。その数は5年間で約1.8倍になっており、首都圏に約300ある私立校のほぼ半数で適性検査が実施されていることになります。
そもそも、適性検査による入試は、医学部などでは80年代から一部行われていました。MCAT=Medical College Admission Testという海外で開発されたメソッドを活用して、 読解力、論理的思考などをとう適性検査を、各校が開発しています。
企業の採用プロセスでとりいれている適性検査が、企業よりも真剣に使われ始めていると、捉えることもできます。

2つ目。上記の宝仙学園理数では、ワークサンプル形式の入試も始めました。ワークサンプルとは、企業などで、実際の仕事をサンプルで(試しに)させることで、採否の判断をするものです。インターンシップも同じ効果があります。ほかにも、国際基督教大ICUが2015年入試で導入した「講義型入試」があります。15分程度の講義を聞かせて、設問に答えさせるというものです。話の要旨を的確にまとめる力を問うのが目的で、まずは適性検査型入試を行い、その後オプションとして講義型を一部取り入れた入試を導入したといいます。
一方の企業のほうは、いま面接至上主義から、ワークサンプル方式(インターン含む)や採用基準を明確にしたうえでの適性検査方式に移行しつつあります。逆に学校は、従来の知識試験方式から、ワークサンプル方式や適性検査方式、面接方式に広がりを見せています。何十年もバラバラだった学校と企業の評価制度が、ようやく歩み寄りつつある?ように見えます。

教育現場と採用を含む企業の人事評価システムの一貫性を持たせることが、人材育成のためには重要だろうと思うのです。




教育現場において、標準テストにかわる評価方法として生まれた手法のひとつが行動評価「ルーブリック」です。

ルーブリックはscoring guideともassessment criterionとも呼ばれます。学習する生徒に期待する基準を明示し、課題やゴールを明確にします。ルーブリックとは、スタンダードを明確にして言語化したものです。それは評価ツールというよりも、スタンダードを設定し、期待される行動を言語化したものです。本当に大切なことを特定し、それを確認するためのツールです。
 「客観的な評価をめざすルーブリックの研究開発」(河合他、2003)によれば、良いルーブリックには以下の特徴があるとされます。
 ・関連する内容や達成目的をすべて扱っている
・標準を明らかにして、児童生徒が自らの仕事を評価できるような判定基準を提供することにより、彼らがその標準を達成できるようにしている
・わかりやすく、使いやすい
・すべての児童生徒にあるレベルでの成功の機会を与える
・異なる採点者が採点しても一貫した結果がえられる

 ルーブリックの基準は、少なければ少ないだけ汎用性が増し、利用者がおおくなります。またそれぞれの基準は評価される技能の「重要な特性」を表さないといけません。
 
 ルーブリックをつかうことで、期待される行動や、評価の基準が明文化され、自己評価も可能になります。ピアによる評価も可能になります。一方でルーブリックづくりには多大な時間を要することも課題として指摘されています。また、このルーブリックには絶対の正解がありません。つねに人の目にさらし、updateしていくことこそが、ルーブリックを生きたものにするためには必要なことです。教育現場では、国際バカロレアプログラム等が中心になって、ルーブリックの普及を進めています。
 



ルーブリックを活用した人材育成に取り組んでいるのが国際バカロレアプログラム(IB)です。IBは、もともと国際機関や外交官の子どもたちが、母国での大学進学に困らないよう、さまざまな国の大学制度に順応できるために開発されたプログラムです。1968年に作られました。

IBは発足当初、インターナショナルスクールを中心に広がります。インターナショナルスクールでは、大学進学に際し進学先の大学入学資格取得のための教育を個別に行っていました。このような教育は、インターナショナルスクールの理念に反し、また、学校経営上も負担が多いものでした。そのため、インターナショナルスクールで共通の中等教育を修了させ、各国の大学に円滑に入学させうる国際的共通カリキュラムと、世界的に認証される大学入学資格が必要と考えられるようになったのです。

日本で最初にIBを採用したのも、インターナショナルスクールでした。その後、主に私立学校で、学習指導要領を尊重する工夫をしつつ、IBを導入する学校が出てきます。 IBが、近年注目されるようになったのは、政府が中心となり、日本の高校へのIB導入を推進しているからです。2013年のことです。 IBの射程は小学校~高校です。

たとえば、小学生のプログラムの特徴は、「よき学習者」となって、生涯学習を効果的に行える人材になるための基礎を育てる点にあります。研究能力、自己マネジメント能力、コミュニケーション能力、思考能力、社会性の5つの能力で構成されます。

 「IBの学習者像」は、「IBの使命」を具体化したもので、「国際的な視野をもつとはどういうことか」という問いに対するIBの答えの中核を担っています。具体的には、IB認定校が価値を置く人間性を、以下10の人物像で表しています。
 
•            探究する人
•            知識のある人
•            考える人
•            コミュニケーションができる人
•            信念をもつ人
•            心を開く人
•            思いやりのある人
•            挑戦する人
•            バランスのとれた人
•            振り返りができる人
 
評価制度はIBの大きな特徴のひとつで、ここでつかわれるのがルーブリックです。
ルーブリックの前提には「本質的な問い」があります。それがないとルーブリックはつくれません。単元ごとまたは包括的に、「本質的な問い」を問うことで、重点目標が明確になります。
ルーブリックをつかうことで、重点目標が明確になるばかりでなく、具体的なフィードバックが可能になります。また、ルーブリックにより、上からの評価だけでなく、自分自身による振り返りや、周囲からの評価が可能になります。 ルーブリックの重要な特徴は自分でも評価ができることです。ピア同士で評価もおこない、これをカリブレーションと呼びます。
上記のLearner プロファイル10という求められる人材像自体には、ルーブリックはありません。具体的な行動のなかに、この10のプロファイルが埋め込まれています。 
評価は絶対評価ですが、重要なことは、これらの点について「自分はどれだけ能力が身についたか」を自己評価する欄があり、それに対して先生がフィードバックを与える仕組みになっていることです。振り返りの習慣をつけさせることと、評価というエクササイズを双方向で行うことがポイントです。
評価基準はルーブリック表という、具体的な行動が書かれた表をもとにされます。それぞれの評価規準について4、3、2、1と、それぞれの評価に値する基準が書かれています。ここに書いてあることが出来ていれば、このランクの評価が得られるということです。
基本は、先生が生徒の学習活動を見ていて(観察して)、この表の基準に従って、ひとり一人評価するのですが、30人も40人もいるクラスの生徒を同時に見て評価するのは難しく、そこで、いくつかの工夫が必要になります。
まず1クラスを25名以下としています。仮にそれより大きい場合は、複数の先生が見るという方法をとります。1人の先生が授業を進めている間に、別の先生が生徒ひとり一人を観察して評価します。
もう1つは、生徒の自己評価及び生徒同士の相互評価を活用する方法です。毎回の授業の最後に、生徒がアンケートに答えるような形で自己評価をします。もしくは、生徒がお互いに評価できるような内容であれば相互評価をします。例えば、生徒が全員の前でプレゼンテーションするような授業だった場合、発表した生徒のことを、聞いていた生徒が評価することができます。
そのほかにも様々なシーンで生徒が自己評価したり相互評価する場面が考えられます。そのような評価をためておいて、先生の観察と合わせて総合的に評価するのです。
自己評価なんて出来るの?いう疑問はあります、しかし、評価には常に、客観性や妥当性の問題がつきまといます。先生が評価したとしても、妥当性は完璧には担保されません。
この点、ルーブリックは他の評価に比べて客観性が保てるような仕組みをとっています。というのも、先に見たように、行動としての基準が明確に設定されているからです。何が出来ているとその評価なのかが明確なので客観性が高くなっています。
ルーブリック評価で大事なことは、授業や単元が始まる前に、生徒にもルーブリックを確認させることです。つまり、これから行う授業で何が出来るようになったら評価が高くなるのかをあらかじめ意識しておけるのです。授業におけるインフォームド・コンセントとでも言いましょうか、説明責任を果たしているのです。このことで、生徒はルーブリックで示されている項目(評価規準)を意識しながら学習することになります。
アウトプット志向の教育に重点をおき普及活動をしているIBの研究者である御手洗明佳さんが、IBの評価基準表の分析を行っています。それによれば、IBは「常に質の高い作品を生み出す」または「新たな知を生み出す」能力、つまり生産性、創造性に重きを置いて評価を行なっていることが判明しています。
さらに、IBの教師は、「外部評価制度」により自身が行う評価の仕方についても機構から厳しく審査されます。
たとえば、11-16歳を対象としたMYPのプログラムでは、提出物で約60%、試験(主に論文)で約40%の計100%で評価がされます。 あるテーマに沿って生徒が研究成果をレポートの形で提出し、さらに論文試験も行います。そこでは、「研究を始める前にしっていた知識とくらべ、終わった時点で最も新鮮だったことは何か」について論述します。つまり振り返りのエクササイズをします。教師は、課題レポートと論文を見比べながら、生徒の成長の度合いを読み取り評価します。シラバスには、提出するレポートのクライテリアをあらかじめ記載されています。たとえば「内容の理解度、構成、言語表現」といった具合です。どの教師が採点しても同じ評価になることが原則です。外部評価にあたっては、生徒が提出したレポートのサンプルを機構に送り、機構がそれを採点の上、学校に送り返してくる仕組みです。この仕組みは、教師が「評価する力」をチェックすることにもつながります。
相対評価は行わず、あくまでも生徒ひとり一人の探求の過程とその成果を見ていきます。 
例えばカナダのWestwood Collegiateという高校はIBを採用しているのですが、そこでの通信簿をみると、評価はC, U, S, Rという区分で行われます。CはConsistently – almost all or all the time、UはUsually – more than half of the time、SはSometimes – less than half of the time、RはRarely – almost never or neverというように、頻度で表現されていることがわかります。
 



IBが日本でこれまで普及してこなかった理由は少なくとも5つありそうです。

一つは制度。学習指導要領にそった授業をおこなわざるをえない学校としては、学習指導要領に沿わないIBを使うわけにはいきませんでした。しかしこの障壁は、2015年からに学校教育法施行規則が改正され、学習指導要領とIBの高校の両方を無理なく履修できるようになり、IBでの学習が学習指導要綱にそった単位と認められるようになったことで、小さくなりました。大学入試共通テストの導入によりマークシートから記述式が中心になることをはじめとして、IBの考えかたに沿った変革がすすめられています。
二つ目は金銭的負担。1つ目の背景から、インターナショナルスクールでの運用が中心となっていたことでした。インターナショナルスクールにはお金がかかります。しかしいまでは公立高校にもIBは導入され、金銭時な負担は障壁でなくなりつつあります。
三つ目は、地域。これまでインターナショナルスクールをはじめ、IBを適用する学校は首都圏に集中していました。しかしいまでは北は北海道、南は沖縄までIBは広まっています。
四つ目は心理的なもの。残る課題は、ここだけです。これまでの教育と、IBが目指す教育のあいだには、いまだ大きな心理的な壁があります。
最後に、IBは小学校から高校を射程にしており、大学はスコープ外です。大学やビジネスとの関係が薄いので、広がらないのではないかとおもいます。
 



 「最近の大学生はよく勉強している」

新卒採用の面接官がよくいう言葉です。
実態はどうでしょうか? 

90年半ばから始まった大学改革にも関わらず、大学生の学びと成長のデータから、その改革の成果は上がっていないと溝上慎一さんはいいます。2007年から3年ごとに実施している「大学生のキャリア意識調査」(電通育英会、2018)によると、社会人になってからの活躍の是非を決定づける「プロアクティブ行動」に注目した時、ほとんどの大学生は、高校を卒業したから大学4年間で成長が見て取れません。さらに、この10年間で、学生は進歩していないことがわかっています。つまり、「最近の大学生はよく勉強している」は面接官の勘違いか、学生が面接を受けるのが上手になったに過ぎないと考えられます。
例えば日本の学生は平均すると授業時間以外に週5時間足らずしか勉強をしていません。やらなければならい授業以外に、能動的に学習している学生はまだまだ少数派です。キャリア意識やボランティアへの参加意識もあがっていません。
溝上さんらの研究によると、就職後の組織適応にポジティブな効果を与えるためには、
・大学時代に将来への見通しを持つこと
・周りの大学生だけでなく、異質な他者との関わりを持つこと
・豊かな人間関係を重視した大学時代を過ごすこと
が重要とされます。
より具体的には、1)アクティブラーニング(参加型授業)への参加による影響度が高い学生ほど,大学生活の充実度が高まり,就職後においてもプロアクティブ行動を積極的に行うこと、2)授業外コミュニティに参加している学生は,大学生活の充実が高まり、就職後においてプ ロアクティブ行動を積極的に行うことがわかっています。後者については、より具体的には「インターンシ ップ」「市民活動,社会活動,NPO」等の主体的・能動的な活動は意味があるものの、「アルバイト」のような活動にはあまり意味がないといいます。
2008年に  中央教育審議会が発表した「学士課程教育の構築に向けて (答申)」は、大学改革の総仕上げと位置付けられました。さらに、2012年8月に中教審に取りまとめられた「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ~(答申)」は、「従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業」から、「学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(アクティブ・ラーニング)への転換が必要である」と提言しました。それによって、学生が自分で学び、考える姿勢を高めようという趣旨だったにかかわらず、実際には学生の主体性は生まれませんでした。




その原因の一つに企業の採用行動の怠慢があるかも知れないと思うのです。

高校受験にしても、大学受験にしても基準がクリアでした。何点以上取れば合格、何点以下なら不合格といった具体です。ですから高校生までは目標がぶれることなく、皆必死に勉強する。ところが就活においては、採用・不採用の基準がよくわからない。ゲームのルールが突如なくなる。急に優劣の基準がファジーになり、学生は愕然とし、途方にくれ、ゴールを見失います。企業は学生の主体性を測るために何十年も同じ面接という手法を使い続けるなかで、学生は対策をとります。学生は2004年からのロングセラーで就活生のバイブルとされる「面接の達人」(中谷、2016)等を徹底的に読み込み、30分程度の面接に耐えうるよう、経験に脚色を加え、面接に臨んでいます。そこでは、本質的な能力は測りようもありません。
面接の達人の帯には、「面接で言うべきことはたった2つだけ」とあります。このバイブルは、「たいがいの面接本は、こんな質問をされたらこんなふうに答える、ということが書かれている。いやそれしか書かれていない。100の質問に対して、100の答えが書かれている。つまり、就職志望者は、100の質問と100の答えを「暗記して」いなければならない」とし、自己紹介と志望動機さえ言えたら受かると繰り返し主張します。「面接には具体的な企画を持って行こう」「面接官が見るのは答えの内容より堂々とした態度である」「表現はわかりやすく。視点のユニークさで勝負しよう」といった面接のコツが解説されています。何より大切なことは、「①今まで自分がしてきたことのなかで②一番新しい③自分のクライマックス」であるといいます。
「面接の達人」が変わらず売れ続ける背景は、大抵の企業ではまだ昔ながらのフィーリング面接を続けていることがあります。フィーリング面接では、学生が一夜漬けで準備した「①今まで自分がしてきたことのなかで②一番新しい③自分のクライマックス」に容易に騙されます。見方によれば大学生活の集大成ともいえる就活において、このような薄っぺらな評価方法がとられることが不思議です。とはいえ、これは新卒採用のシーンだけでなく、経験者採用でも同じです。私の経験では、外資企業の外国人の人事エグゼクティブは、フィーリング面接ではなく、しっかりと構造化されたコンピテンシー面接を行います。



 
産学連携は、もともと研究開発分野で進みました。基礎研究と応用研究に境界をなくし、大学と企業がひとつ屋根の下で研究成果を分かち合うものです。戦後、産学連携により日本企業の研究開発は飛躍的に成長しました。近年のノーベル物理学賞やノーベル生理学・医学賞の受賞の裏には、産学連携が欠かせませんでした。 しかしながら、人材育成や選抜そのものの産学連携は、できていませんでした。

高校では大学受験を目指す教育をして大学に入ります。その後多くの大学生が4年間をモラトリアム期間と位置づけ、就職後にまた新たな「社会人生活」をはじめます。結果的に社会で必要とされる能力と、学校で必要とされる能力とにギャップがあり、両者にはおおきな乖離があります。研究開発領域での産学連携も、その恩恵を受けているのは教授であり、学生の育成にまでは及んでいません。

こんな日本の現状から脱するために、私を含む企業の人事担当者は、採用のためだけではなく、本当の意味の「産学連携」をし、互いに学び合う姿勢を持つのがよいのではないかとおもうのです。

その鍵となるのが、主体的な学びであり、学びを支援する人事評価システム。ルーブリックの活用がヒントになるとおもうのです。ジョブ型が流行る中、企業ではコンピテンシーという呼び名のルーブリックがあちこちでつくっていますが、全く運用できていない実態があります。人事評価システムの前提となる組織の在り方そのものを見直さないと、ルーブリック(コンピテンシー運用)は機能しさそうです。

 
(引用文献)
Paul Black他「Assessment for Learning」Open University Press、2003
舘野秦一他「大学での学び・生活が就職後のプロアクティブ行動に与える影響」日本教育工学会論文誌Vol40 2016
御手洗明佳「後期中等教育における評価管理教育の実践」早稲田大学大学院教育研究科紀要 2013.9
御手洗明佳「国際バカロレア の評価方法にみる能力観」早稲田大学大学院教育研究科紀要 2011.3
溝上慎一『大学生白書2018 いまの大学教育では学生は変えられない』(記者会見)、2018.9.25  https://www.youtube.com/watch?v=ms6QmahtBS0
マッド・リドレー「進化は万能である──人類・テクノロジー・宇宙の未来」早川書房、2016
参考文献 斉藤利彦「試験と競争の学校史」講談社学術文庫、2011
河合 久他「 客観的な評価をめざすルーブリックの研究開発」2003
https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&ved=2ahUKEwim5eyyh4TiAhVMHKYKHflCCIcQFjAAegQIBRAC&url=https%3A%2F%2Fnier.repo.nii.ac.jp%2F%3Faction%3Drepository_action_common_download%26item_id%3D1313%26item_no%3D1%26attribute_id%3D22%26file_no%3D1&usg=AOvVaw12fPlEvVHt16-swj2lm-7C
電通育英会『大学生のキャリア意識調査2016』 2018
https://www.dentsu-ikueikai.or.jp/wp-content/uploads/2018/06/college_career_repo2016.pdf
中谷彰宏「面接の達人 2018 バイブル版」 ダイヤモンド社、2016
https://next.rikunabi.com/journal/20170222_M1/
小熊英二『日本社会のしくみ』 講談社現代新書、2019

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