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人事評価システムと組織設計とHRの役割の切っても切れない深い関係

パフォーマンス•マネジメントのトレンドの一つに評価しない評価(ノー•レイティング)があります。ところが、日本では全くと言って良いほど進んでいません。きっと、理由があるに違いない!?

レイティング(伝統的な人事評価システム)がイノベーションや心理的安全性を阻害すると言われたりします。それなのに、日本で「じゃあ、レイティングをやめちゃえ!」とならないのは何故?

どうやら、レイティングをもって評価するかどうかという方法論•制度設計の話ではなさそうです。もっと根深い日本社会の構造的な課題に起因するのでは?!

結論から言うと、日本的な組織のあり方と、人事部門のケイパビリティが原因だとおもうのです。




では、実際にノー•レイティングにすると、どんなことが起きるのでしょうか。

私の経験では、レイティングがなくなり、真っ先に不満の声を上げるのは、大きな組織のリーダーと人事部門です。なぜならば、レイティングがなくなることによって、組織のなかで誰が優秀か、誰がそうでないかがわからなくなってしまったからです。人の配置や研修派遣の人選などの時に不都合がでたり、統計データがとれなくなります。報酬をどうやって決めたらいいの?といった"クレーム"もでます。その点において、大きな組織のリーダーと人事部門の利害関係は一致します。

さて、どうしたものか?!

取り組むべき課題は二つです。

ひとつは、「(人事部門ではなく)現場が人事の主体」の原則を改めて徹底した組織をつくること。もう一つは人事部門の体制を見直しHRBPを機能させること。この2つがニコイチです。




まずは「現場が人事の主体」の組織について。

 「日本史で学ぶ経済学」(横山、2018)という本に、日鉱電気製鋼所(現 古河機械金属)が1912年に導入したインセンティブ制度が紹介されていたのが面白かったです。従業員の努力を引き出すためには、努力の成果をきちんと把握することが必要。そのため同社は従業員を正当に査定できるよう、組織設計を見直したといいます。つまり組織をわけて責任を明確にしました。主任は工場内の、部長は部内の、組長は組内の監督責任者と位置づけます。「賃金体系の変更に対する補完的な措置として、組織を再編した」とあります。ノー・レイティング導入にあたって取るべき対応が、見事に描かれています。評価には、人を見ることが必要です。人を見るためには、上司との関係含めた組織のあり方が大切です。だから評価と組織設計とは相互補完関係にあるのです。この事例は、いわゆる伝統的な日本の人事管理が生まれる前の、日本企業の人事評価システムや組織設計を描いてます。実はこれが、昨今ノー•レイティングを導入している米国企業と共通する思想です。

翻って、戦後登場した伝統的な日本型人事管理はどうでしょうか。日鉱電気製鋼所の事例と異なり、そこでは現場ではなく人事部門が重要な役割を果たします。人事部門が昇給やボーナスの計算式を決めます。実際には人事部門がひとり一人のパフォーマンスを見ることはできません。それでも、終身雇用を前提として、会社(人事部門)には、ひとり一人のパフォーマンスを把握して、長期的な視点で人事異動などを遂行していく責任があります。人事部門が自らの役割を果たすためにはレイティングが不可欠でした。ここでの組織は、「本社」が精緻につくり込んだ人事評価システムを忠実に実行する金太郎飴型組織となります。職種などに関係なく、同じ人事評価システムで運用することが必要でした。

必然的に、評価や報酬決定の権限を現場に委ねる米国企業とは、組織設計、人事評価システムや人事部門のありようが異なってきます。

全社共通の人事評価システムとレイティングがあれば、効率的・統計的に人を色分けすることができます。人事 部門にとっては好都合です。しかしノー•レイティングはそうではありません。人となりを知っている人が、いわばアナログにひとり一人の個性を尊重しながら成長を支援する仕組みです。ですから、組織の大きさは、必然的にパフォーマンスをみて丁寧にフィードバックできる範囲の人数になります。

一人のマネジャーがメンバーひとり一人のパフォーマンスを多かれ少なかれでも観察して、コミュニケーションするためには、どう頑張っても50名が限界でしょう。それより大きな組織であれば、組織をより小さく分ける必要があります。  




他方、ティール組織という新たな概念も登場し、組織のあり方を見直す動きもあります。例えばザッポスはアメリカにある靴をメインにしたECサイトを運営しています。2009年にamazonの傘下となりました。同社はティール組織の具体的な手法の一つであるホクラシーを導入し、これまでのピラミッド型の組織を撤廃し、事業の役割毎に500のサークル(チーム)を作りました。また、オランダの非営利の在宅ケア組織であるビュートゾルフは、最大12名のスタッフからなる「チーム」で組織を構成し、チームはビュートゾルフの6つの目標に沿って、自由に行動するといいます。チームはITを駆使して繋がり、介護ケアなどの実務と、採用といったビジネスの両面をこなします。

こうしたティール組織の人事評価は、大きくは「自己申告」と「ピア・フィードバック」の2つのいずれか、もしくは両方によって決められていることが知られています。例えばビュートゾルフには、人事部門が人の評価をするという概念は一切なく、毎年自分たちで決めたコンピテンシー評価に則り相互評価を行います。
https://seleck.cc/1164

つまり、 組織がフラットになると、上司のような特定の人が評価を行うかわりに、相互評価が人事評価の基本となります。

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逆に、ヒエラルキー型で「本社」が強く組織横並びの大きな組織、「本社」がレイティングを元に計算式に当てはめて画一的に報酬決定するような組織では、ノー•レイティングは成立しません。

レイティングを頼りにしなくとも、人となりやパフォーマンスを知っているリーダーが評価をしたり、報酬決定できる組織設計や環境があって、初めてノー•レイティングが機能します。ノー•レイティングのコンセプトは、上司がアサインメント、育成、評価にまで責任をもつというものです。組織に自治•自律を明け渡す必要があります。自治にあたって人事評価システムは肝になります。一つの会社に一つの人事制度システムである必要は必ずしもありません。組織によって、あるいは業務の性質に応じて人事評価システムを切り分けることも検討すべきです。管理する側の都合ではなく、ひとり一人の成長促進という観点から最も相応しい人事評価システムを採用する思想が、ノー•レイティングの人事評価システムの基盤になります。

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ノー・レイティングの運用がしやすい組織の特徴をまとめます。

①50人程度の組織に分けて、その組織の部門長に評価や報酬決定の権限を委譲していること。50人以上の組織のリーダーが、一人一人の仕事ぶりをつぶさに観察し、一人一人に仕事のフィードバックを与えることは、物理的にできません。大きな組織の部門長が、報酬決定という「特権」を手放さないと、ノー・レイティングのなかで報酬を決定し、適切なコミュニケーションをすることができません。適切な組織の大きさに権限委譲することが、ノー・レイティングの前提になります。部門ごと、人ごとに、異なる人事評価システムを適用することもありです。

②組織をフラットにして、適切な相互評価が行われる組織文化があること。ティール組織のように、フラットな組織においては、普段の仕事の中でそもそも上司との関係性は薄く、評価者として必ずしも相応しくありません。逆に、周囲よりも上司との関係性が圧倒的につよい伝統的な階層組織であれば、やはり上司からの評価の信ぴょう性が、周囲からのそれを上回ります。ノー・レイティングは、周囲からのフィードバックに重きをおきます。ノー・レイティングを機能させるためには、組織をフラットにしておく必要があります。

③フラットな組織においても、周囲で目配りができるような仕組みや文化があること。50人規模のフラットな組織にしても、建設的なフィードバックを与え合い、育てあい、学び合う環境がなければ、ノー・レイティングは機能しません。

④ディレクターがディレクターとして機能していること。ノー・レイティングにおいて各人の評価に責任をもち、経営視点も含めて報酬コミュニケーションを行うのは50名程度のメンバーをもつディレクタークラスになります。日本では、ディレクター=部長なるものの役割はなんとなく曖昧ですが、パフォーマンスマネジメントにおいては実は大きな責任をもちます。ノー・レイティング成功のためにはディレクターの復権が不可欠です。脇道ですが、世界的に見て日本の部長(ディレクター)の給与が低いことが知られています(例えば大前、2014)。部長の復権は、自ずと部長の給与増にもつながるでしょう。

繰り返しになりますが、組織設計と人事評価システムは補完関係にあります。日本の社会や組織に自治•自律の発想が根づけば、それが、ノー•レイティング、あるいは「ノー•レイティング的な評価」が運用できる土壌となります。



もう一つの、人事部門の体制見直しについてです。

その昔よく取り上げられた象徴的なエピソードがあります。ヒューレットパッカードの創業者の一人、デイブ・パッカード氏は「人事部は不要、人事はすべての人の責任であるべき」とし、1938年の創業から社員が1000人を超えるまでのおおよそ20年間、人事部門は作らず、採用、教育、社員の配置など人事部の行う業務を経営者とラインマネージャーで行っていたと言います。人事部門は、本来的に不要な機能なのです。人事はマネジメントの基本です。だから理想はリーダーが全ての人事マターをマネジメントする。でも組織が大きくなったら色々あるので、人事部門がリーダーをサポートする。研修も、採用も、日々のマネジメントも、人事部門はリーダーの裏方に徹して、ラインリーダーを前面に出すことが重要だという「現場が人事の主体」の原則を意識的に徹底する。自律的な組織です。そうした組織のなかで、人事部門がどう立ち振る舞うかがテーマです。

すこし脇道に逸れますが、コミュニティデザイナーの山崎亮さん。もともの建築デザイナーですが、デザインを一生懸命やればやるほど、クライアントが「お客様」になってしまうことに嫌気がさし、設計するのをやめようとおもったそうです。「お客様」になるとは、なにかできた途端に、さむいとか、暑いとか、使いづらいとか文句ばかりいうからです。それだったら自分たちでデザインしてくれと。じゃあどうしたら自分たちでデザインできるかを考えて、山崎らはデザインする人たちのコミュニティづくりをデザインすることにしました。それでコミュニティデザイナーという仕事をつくりだしました。例えば、ある市から、公園をデザインしてくれといわれたら、全体の20%だけデザインして、残りのデザインは住民に考えてもらう。で、パークレンジャーと銘打って、「あなたたちの」公園デザインに加わりたい希望者を地域で募ったらすごい応募がありました。選ばれた30名はみんなノリノリでやったそうです。10年以上かけてボランティアで木を切って、日用雑貨をして、公園づくりをしている。そうするとその公園は、だれかが作ったものではなくて、自分たちが作ったものになります。大阪の泉佐野丘稜緑地という公園の話です。住民が行政に対して陳情、不満ばかりいっている地域は衰退し、住民が自分でうごいて変化を進めていく地域は繁栄するという話です。

「現場が人事の主体」に通じます。組織開発分野の大御所のエドガー•シャインが唱えたプロセスコンサルテーションモデルも、組織の自律性を損なわないかたちで、主体的な話し合いを促し、プロセスに介入、支援するモデルです。

人事制度も、採用も、研修もおなじで、人事が精緻につくりこめば作りこむほど、従業員は冷めていきます。他人事になって、文句が生まれます。だから、はやく従業員を巻き込む。荒くても従業員に作ってもらうことが人事部門の仕事となります。現場に自治•自律を明け渡す。そのために人事部門の役割や体制も見直さないといけません。




人事部門の組織のなかで組織開発の役割を担うのがHRBPです。HRBPは、リーダーの相談相手になったり、リーダーのやりたいことを具現化したり、時にはNoという。自分の意見を持ちながら、リーダーとプロセスへの介入を通じて組織に対してインフルエンスを与えることが期待されます。

ノー・レイティング導入によって、レイティングによる色分けができない弊害を補うためには、組織の設計や大きさとあわせて、HRBPが現場の情報に精通し、リーダーと同程度の現場情報を掴み、その上でリーダーと同じ視座で判断を行う必要があります。これにより、レイティングがなくても、組織として優秀な人がどこにいてどんなキャリアを目指しているか、ローパフォーマーは誰かということを会社として掴み、アクションすることができます。組織の自治•自律と、HRBPとは、補完関係にあります。

ポイントは、組織を自律化すると、「本社」とHRBPとのいわば主従関係が入れ替わることです。

日本の企業がノー・レイティング導入するとした際に一番のネックとなるのは、HRBPの育成と、その前提となる人事の役割の転換です。

組織を十把一絡げでとらえないこと。ビジネスや組織、業務の性質により人事制度をかえていくこと。現場のリーダーに人事の主導権を思い切って渡し、組織レベルの自律を醸成すること。現場のキーになる人材を会社として把握し、戦略的に配置すること。そのためには、HRBPの養成が不可欠です。自律的な組織設計とHRBPの養成とは、切っても切り離せない自転車の両輪です。両輪が揃ってはじめて、その組織にいる人は自転車に乗るように自走していきます。HRBPの養成なしに、ノー•レイティング的な人事制度システムを運用ができる自律型の組織文化はうまれません(人事評価システムとしてノー•レイティングが唯一の解ではなく、ノー•レイティングが運用できるような組織であることが大切です)。そうした組織のあり方をなしには、イノベーションは生まれません。だからこそ、HRBPの養成は急務です。

片や、HRBPを育成しよう!というアクションもちらほら取られています。素晴らしいです。ただし、組織設計と切り離してHRBPの育成だけをしても、それは自転車の片輪でしかありません。HRBPが育ち活躍するような自律的な組織、それを引っ張るリーダーがないと、HRBPが育つ土壌にはなりません。「本社」に言われたオペレーションをこなすだけの人事部門は、部門サポート人事ではありますが、HRBPとは言えません。


ノー•レイティングを切り口に日本の組織や人事部門について書いてみました。でも、人事評価システムとは無関係にしても、自律的な組織設計や、HRBPのケイパビリティ向上は、私たちの課題なんだろうと思います。




「自律」が流行り言葉になっていますが、そこでの自律は個人の(キャリアの)自律を指すことが多いようです。でも、個人がいくら自律していていても、個人を取り巻く組織やリーダーのほうががんじがらめであっては、個人の自律が実現される環境とは言えません。組織の自律と、それを機能させるための人事部門担当者の能力アップ。それが実現できたら、本当の意味の自律自走型組織ができるのではないかとおもうのです。組織のあり方と人事部門が変わらない限り、ノー•レイティング的な人事評価システムは機能しません。逆に言うと、組織と人事部門が変わったら、イノベーションや心理的安全性も、生まれやすくなる?!

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