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ノー•レイティングで困ることってあるの?(労働法の観点)

近年、外資企業を中心に一気に広まったノー・レイティングによる人事評価の仕組みがあります。

個人的には、このレイティングなしが好みです(組織特性による考え方を否定はしないですが)。そもそも人を同じ物差しで評価することなんてできっこないなかで、無理やりレイティングで評価しても、評価する方もされる方もしんどいとおもうのです。

ところがノー•レイティングについて、労働法の観点から懸念の声が上がることがよくあります。懸念の声におされて、ノー•レイティングから、レイティングの世界に戻す企業も、ちらほらあります。

実務的には大きく2つの課題が想定されます。

1.ローパフォーマーの管理がしづらくなるのではないか?
2.昇格・降格、昇給・減給、定年後再雇用規程などの人事諸制度の運用において、これまでレーティングそのものを判断基準としている場合、どうするのか? 

そもそも、どのようにしてレイティングが誕生したのか?背景のひとつに米国のタイトルセブン(差別禁止規定)があります。解雇が比較的容易に行われる一方、訴訟文化のなかでビジネスを営む米国企業は、評価を絶対評価であるか相対評価であるかに関係なくレイティングという形で記録に残すことによって、将来おこりうる訴訟に備えてきました。日本でも、社内外における個別労働紛争の場 ---例えば、評価に関する不満を社内のEthics hotlineに通告するようなケースや、能力不足による解雇の有効性を裁判で争うようなケース---において、レイティングは一定の役割を果たしてきました。

1998年には日本で初めて、大阪地裁にて査定結果の記入された人事査定表を証拠として提出するよう企業に命令する決定がなされました(商工中金昇格・差別賃金請求事件)。 

ところで、労働者の適格性の欠如を理由とする解雇が有効とされたケースの例として、G事件(1998年12月25日、東京地裁)があります。「勤務成績または勤務状況が不良でかつ改善の見込みが乏しいかもしくは他人の就業に支障を及ぼす等現職または他の職務に適さない場合」という就業規則上の解雇事由に該当するとしてなされた人物の解雇につき、解雇権濫用に当たらないとして解雇が有効とされた事例です。判決では、「原告の勤務成績、勤務状況は不良であったといわざるを得ない」。その上で「アニュアル・パフォーマンス・エバリュエーションで、職責に求められている水準に達していると評価されたことは、その後の勤務成績、勤務状況についての判断の妨げとはならない」としています。つまり、レイティングは決して悪くなかっということです。そして、「(上司が)度々指摘・注意したが、改善しないことから、書面で警告した上で観察期間を設けて改善の機会を与え、それでも改善しないことから退職を促し、その後に解雇したものです。「このような経緯に照らすと、解雇もやむを得ないといわざるを得ず、解雇権の濫用であるということはできない」と結論づけています。 

裁判の現場では、年次評価のレイティングよりも、書面での警告や、改善の機会を与えることが重要だという判断です。

背景には、そもそもレイティングそのものがフェアなものであるとは限らないということと、仮に5段階評価の最低である1をつけるようなことは、余程の覚悟がない限り現場判断としては難しいことがあります。  

1をつけること=つけた上司はその部下に対して今後仕事を頼めなくなるということは、残念ながらよくあることです。なんだかんだいっても、チームとして仕事を進めていなければいけない以上、最低限の関係性を保つ必要はあるからです。

そこで実際には、2や、3-のような中途半端なレイティングをつけることになります。結果、裁判の現場では「なぜ解雇するほどパフォーマンスが悪いのに、1でなく2をつけたのか?パフォーマンスは悪くなかったのではないか?」と、原告から反論を受ける材料にはなりえます。対して、被告である企業の側は、評価分布なども示しながら、パフォーマンスが悪いことを説明することになります。裁判等の場ではなんともギクシャクとしたやり取りが続くのですが、結局のところレイティングが決定打になることは、私の経験ではまずありません。 

上述の判例のもう一つのポイントは、書面による警告の大切さです。「フィールドバック」ではなく、警告である必要があります。  

期待を伝える表現、たとえば「もっと周囲とコミュニケーションを取った方が良いと思います」とか、「ぜひミスを無くしてください」という「フィードバック」は、悪い評価とはみなされません。改善に向けた期待ではなく、いまのままではダメですよという警告の形にすることが、法的にも、本人が改善に向けて真剣に行動することを促すためにも有効です。たとえば「今のように周囲とコミュニケーションを取らない状態が今後も続くようであれば、現在の職務の遂行は難しい」「今後3ヶ月のうちにミスをなくさない限り、就業規則に従い、処分の対象となることもありえます」と言った文章にすることが、どんなレイティングよりも意味があります。
 近年では、パワーハラスメントを恐れて、厳しいフィードバックを躊躇する傾向もあります。たしかに当時者同士でのコミュニケーションは、ハラスメントの問題に発展するリスクがあります。そもそもパワーハラスメントというのは、厚労省が「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいいます」と定義するように、業務指導との境界線が曖昧なものです。このような場合、「当事者同士のコミュニケーション」ではなく、HRなどの第三者を介入させ、会社としての粛々とした「手続き」にすることが望ましいかもです。

ノー・レイティングになると、パフォーマンスを理由にした解雇をしづらくなるのではないか?という疑問に対して、ここまでが前提です。

次に、改めて解雇について整理します

厚労省のモデル就業規則 (平成31年3月)は、解雇を以下のように定めています。 

(解雇)
第51条 労働者が次のいずれかに該当するときは、解雇することがある。
1 勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、労働者としての職責を果たし 得ないとき。
2 勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき。
3 業務上の負傷又は疾病による療養の開始後3年を経過しても当該負傷又は疾病 が治らない場合であって、労働者が傷病補償年金を受けているとき又は受けるこ ととなったとき(会社が打ち切り補償を支払ったときを含む。)。
4 精神又は身体の障害により業務に耐えられないとき。
5 試用期間における作業能率又は勤務態度が著しく不良で、労働者として不適格
であると認められたとき。
(以下略) 

第2項で、勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務にも転 換できない等就業に適さないときと定めていることは、「向上の見込み」がないことを証明するための機会をあたえ、また「他の職務にも転換できない等」が説明できれば、解雇の可能性がないわけではないことを示していますが、具体的な手続きは書かれていません。

一方、少し古いですが人事院は2006年に国家公務員の分限処分(一般企業における懲戒処分)の指針を示しました。それまで明確ではなかった分限処分に関する取扱いをオープンにし、あわせて省庁毎にバラバラの運用のないようにすることを目的に公表されたものです。

※最近の分限処分については、https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/11_bungen/1102000_H21jinki536.html

ここには一般企業においても参考にできる内容がたくさん織り込まれています。同指針では、具体的に、勤務実績不良及び適格性欠如による分限処分について、以下のような手続きを推奨しています。

(ア) 注意・指導、担当職務の見直し等
人事当局及び職場の管理監督者は、勤務実績不良の職員(勤務実績不 良の徴表と評価することができる事実が認められる職員)又は官職への 適格性に疑いを抱かせるような問題行動を起こしている職員(適格性欠 如の徴表と評価することができる事実が認められる職員)に対し、勤務 実績の改善を図るため又は問題行動を是正させるための注意・指導を繰 り返し行うほか、必要に応じて、担当職務の見直し、配置換又は研修を 行うなどして、勤務実績不良の状態又は適格性に疑いを抱かせる状態が 改善されるように努める。

(イ) 警告書の交付
(ア)の措置を一定期間継続して行っても勤務実績不良の状態又は適格性欠如の徴表と評価することができる行為が頻繁に見受けられるなど適格性に疑いを抱かせる状態が続いている場合には、任命権者は、当該職 員に対して、次の内容の記載がある文書(以下「警告書」という)を交付する。
1 勤務実績不良又は適格性欠如の徴表と評価することができる具体的 事実
2 勤務実績不良又は適格性欠如の徴表と評価することができる状態の 改善を求める旨の文言
3 今後、これらの状態が改善されない場合には、法第78条第1号又 は第3号に基づいて分限処分が行われる可能性がある旨の文言
(ウ) 弁明の機会の付与
任命権者が職員に(イ)の警告書を交付した場合には、当該職員に弁明 の機会を与える。
(エ) 警告書交付後の観察
人事当局及び職場の管理監督者は、警告書交付後も、一定期間注意・ 指導等を行いつつ、勤務実績不良の状態又は適格性に疑いを抱かせる状 態が改善されているかどうか、注意深く観察・確認を行う。
(オ) 分限処分
任命権者は、(ア)から(エ)までの措置を講じたにもかかわらず、職員の 勤務実績不良の状態又は適格性に疑いを抱かせる状態が改善されていな いことにより当該職員が法第78条第1号又は第3号に該当すると判断 した場合は、分限処分を行う。

この指針がでたあとの2007年1月、当時の人事局ご担当からお話を伺う機会を得ました。そこで聞いた話はこうでした。

「医師の受診命令や勤怠不良及び適格性欠如の場合の警告は、繰り返し4回程度行うというのが目安です。口頭での通知も含みます。勤怠不良及び適格性欠如の警告は、「指針」では「一定期間」行うものとしているが、原案では1年でした。勤務評価の期間が1年単位であるから、1年は必要との判断でした。但し、最終的に「指針」で1年とかかなかったのは、悪質なケース等においては1年を待たずに免職させるということもあることから、1年というのが制約にならないよう、あえて「一定期間」としました」

同指針には警告書のモデルが掲載されています。そこには「あなたには、下記の通り、勤務実績不良又は適格性欠如の微表と評価することができる事実が認められますので、その改善を求めます。今後、これらの状態が改善されない場合は、国家公務員法第78条第1号又は第3号に基づいて分限処分(免職・降任)が行われる可能性があります。」と書かれています。

解雇のようなケースにおいても、レイティングは実はそんなに大切ではなく、より重要なのは書面での注意です。人事院の指針を踏まえて対応することが原則になるとおもいます。もっといえば、日々のコミュニケーションのなかで、本人とともにパフォーマンス向上のために上司が並走し、話し合いを重ねることで、お互いに納得のうえでキャリアを決める努力が重要であって、そうした努力なしには、書面で警告をあたえられる関係性にはなりません。


次に、昇格・降格、昇給・減給、定年後再雇用規程などの人事諸制度の運用において、これまでレイティングそのものを判断基準としている場合、どうするの?の疑問についてなのですが、これに対しては、「楽せずに工夫しましょう」としか言いようがありません。レイティングは、HRが楽をするためのツールではないのです。

最後に、人事評価のレイティングがなくなると、個別紛争等の場面で会社が困ったりしないの?に答えたいと思います。

その前に、ここまで見てきたことをまとめると、こんな感じだとおもいます。

・ノー・レイティングでは、評価のフィードバックやコミュニケーション、その前提となる評価の物差しを言語化することが大切。
・レイティングがなくなることで、評価の誤魔化しが効かなくなる。
・訴訟の場でもレイティングそのものはあまり重視されない。
・レイティングがないから困るのではなく、言語化ができていないから困る。

評価の言語化は、個別紛争回避にも役立ちますが、大切なのは個別紛争そのものをいかに減らすかという視点です。

もちろん、個別紛争はなくなるものではありません。それでも、年 1 回の突然の評価に従業員が驚くよりは、上司と部下が日常的に仕事の進め方などについて対話し、改善していくほうが評価の意外性は格段に少なくなります。結果として「サプライズ」は格段に減ります。これこそがノー・レイティングの本質です。

あるかないかもわからない訴訟に備えて全体の制度づくりをするよりも、日常的な対話の質をいかに向上させるかを考えて対策を取るほうが生産的です。記録という点でも、上司と部下の日常的な生のコミュニケーションが記録されたら、それに勝る証拠はないはずです。

そもそもパフォーマンスマネジメントは訴訟回避対策でも、ローパフォーマーを切り捨てるためのツールでもありません。ましてや会社が制度運用を楽にするためのものでもありません。

ところが、いつの間にかレイティングがローパフォーマーを特定する役割を果たすようになりました。ノー・レイティングの世界でも、ローパフォーマーはもちろん存在しますが、評価基準を言語化し、共通化し、それに基づいてより適切にフィードバックを行うことで、ローパフォーマーそのものが少なくなっていくと信じています。ローパフォーマーとは、ある評価基準において劣ることを意味します。ところが、その評価基準が明確でないのであれば、改善のしようがありません。評価基準の言語化が、みながパフォームできる組織づくりの第一歩です。

冒頭に書いた通り、私自身はノー•レイティングが好みですが、絶対にそれでなけれいけないともおもいません。人事評価に完璧はありません。それぞれの組織にあった評価の仕組みが一番です。でも、ノー•レイティングを正しく運用したら、とても効果的な仕組みになると思うのです。

※法的な点で間違いなどあったらお教えいただきたいです。(信頼している労働法の弁護士には一度見ていただきましたが)

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