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人事評価システム: ノー•レイティングの誕生

ノー・レイティングとは、1年間の成果を「A」「B」「C」「D」「E」といったかたちで分類(レイティング)しない人事評価システムです。「分類」(レイティング)ではなく「言葉」(対話)で人事評価を行うというということであって、人事評価そのものを行わないわけではありません。

1年間一生懸命働いた成果を総括して「あなたの評価は「B」ですよ」というかわりに、上司と部下のタイムリーな対話を通じて課題設定→実行→振り返り→評価のサイクルを繰り返し、成果や成長、課題と現状とのギャップを「言葉」のかたちで言語化して評価します。米系を中心とした外資系企業が従来の人事評価制度を廃止し、ノー・レイティングの人事評価制度に移行していることもあり、日系企業もノー・レイティングに関心を示しつつあります。

ノー・レイティングの「誕生」は、いささかセンセーショナルに伝えられています。

Adobeのグローバルの人事責任者Donna Morrisは、訪問先のインドでのジャーナリストの取材に対して、「年度単位のパフォーマンスレビューをやめようと考えています」と話しました。それがThe Times of India誌の1面を「Adobe Set to Junk Annual Appraisals (Adobeは年次評価を捨て去る)」という見出しで飾ります。想定外の展開だったとDonna Morrisは振り返っています。社内の承認を取る前段階だったそうです。

これを機にAdobeは2012年、年次評価をやめ、Check inと呼ばれる2 wayのフィードバックの仕組みを取り入れました。これにより100,000時間以上のマネジャーの時間が削減され、また従業員のエンゲージメントが高まったといいます。

Adobeは、Check-inを体系化し、普及させる役割を果たしました。Adobeに習って、GE、ゴールドマンサックス、マイクロソフト、DellEMC、アクセンチュア、フェデックス、モルガン・ スタンレー、アマゾン、GAP、イーライ・リリーといった名だたるグローバル企業が同様の仕組みを取り入れ、この流れは一気に加速されました。いまでは米国企業の1/3以上がノー・レイティングの手法を採用しているといいます。

日本でもこの流れは、一定程度進行することが予想されます。一つの大きな理由として、外資系企業が日本の人材マーケットのなかで無視できない存在になっていることがあります。

ワンキャリアが毎年行う調査「東大京大・就職ランキング」によれば近年、プロフェッショナル・ファームを中心に、外資系企業が人気企業の上位を独占しています。今時の大学生、なかでも優秀層は、組織の安定よりも、スキル・経験の有無が自身の安定につながると信じています。その結果、とりあえずメガバンクに就職するという道よりも、プロフェッショナル・ファームで着実にスキルを身につける道を選択します。また、転職先としても、メリハリのある人事評価をして、報酬水準も良い外資系が人気です。

追い打ちをかけるように、経団連が2018年10月に、2021年春入社以降の新卒学生を対象に「採用選考に関する指針」を廃止することを正式に発表しました。その背景には外資や日系ITベンチャー系企業の台頭があります。日系企業が日系企業だけの論理で人事政策を展開していたら生存できないと、危機感をもち始めたのです。今後、人事評価の世界でも、外資系企業の影響力がますます増していくことは、容易に想像できます。なお、就職活動の新ルールは、現在、経団連に代わって政府が、そのルールづくりを進めています。

さらに、報酬に関する日本企業の「不文律」にも変化が見られます。日本企業の多くは、新卒には一律の給与額を適用し、入社後も新任の主任はいくら、新任の課長はいくらというように、給与を個々人ではなく等級・ランクと紐づけてきました。ところが、初任給40万円をだすファーウェイのような外資企業の出現などをうけて、日本企業による新卒の一律初任給の慣行は過去のものとなりつつあります。能力に応じた金額を提示して優秀な人を呼び込むために、ひとり一人の初任給に差をつける企業も出始めています(服部、2018)。

従来は、出身大学や個々人の力にかからず、横ならびでヨーイドンの発想で給与は決められていました。給与は一律なのが公平であるという不文律がありました。新卒だけではありません。私がかつて勤めていた日系大企業では、マネジャーになるとある日突然、それまでの積み上げを度返しして、全員一律で月額xx万円といった運用をしていました。新卒採用同様、全体として十把一絡げの集団的人事管理が主流でした。近年、少しずつではありますが、給与はひとり一人異なってよいという外資系企業の発想が影響力をもつようになってきています。新卒一括採用がなくなると、給与のあり方も、人事評価のあり方も、研修のあり方も大きく変容します。

ノー・レイティングも同様です。それは、レイティングというツールを使って一つの基準で集団管理を行う発想から抜け出し、ひとり一人の強みや改善点を丁寧に見てみて、評価をするというものです。このトレンドは、ゆっくりながら、日本企業にも浸透していくことが想定(期待)されます。

私は、ノー・レイティングが従来の評価方法と比べて必ずしも優れているとは考えていません。自社の組織規模や文化、戦略等を踏まえたうえで、評価方法の選択肢の一つとして考えるべきものです。実際に、メルカリのように、一度はノー・レイティングを導入したものの、現場のマネジャーの成熟状況等も踏まえてたよる明確なフィードバックの必要性や、人事データの活用等を目的として、レイティングを使った人事評価に逆移行した企業もあらわれています。

その理由についてメルカリは「報酬の上げ下げはマネジャーの主観ではないか」などの不満が出たことや、「企業規模が大きくなると、ノーレイティングは難しいと思います」と説明しています。

とはいえ、ノー・レイティングが一時の流行だとも考えていません。「人事は流行に従う」。これは神戸大学の平野光俊さんの言葉ですが、人事は経営そのものでもあり、さらには社会問題を解決することが使命のひとつとした時に、流行=社会トレンドに敏感にならないといけないとおもうのです。

流行に従いたくても組織が重たくて従えないというケースが大半であり、流行に従うことは実は大変なことだったりします。

その意味で、ノー・レイティングは、「わが社にはあわない」と一蹴するのではなく、一度は検討するに値する仕組みだとおもいます。



(引用文献)

メルカリ記事 
https://mercan.mercari.com/articles/2018-10-12-163000/?rich 

https://jinjibu.jp/article/detl/eventreport/2807/?utm_medium=email&utm_source=mailmag_220405

アドビ株式会社のホームページ https://www.adobe.com/check-in.html

服部良祐「サイバーエージェントにDMMも 大手ITが新卒の一律初任給を止める理由」2018

http://www.itmedia.co.jp/business/spv/1811/08/news033.html

ワンキャリア「【永久保存版:東大京大就活ランキング】今、本当に「受ける価値のある企業」はベイン、伊藤忠、サイバー…そして意外な企業が。」2019、https://www.onecareer.jp/articles/1809

近藤大介「「初任給40万」中国企業が日本の学生をかっさらう」2018、https://shuchi.php.co.jp/voice/detail/5572

リンクトイン 「【LinkedIn独自調査】データが語る「今、入りたい会社」トップ25」2019、https://www.linkedin.com/pulse/linkedin%E7%8B%AC%E8%87%AA%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%81%8C%E8%AA%9E%E3%82%8B%E4%BB%8A%E5%85%A5%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%84%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%9725-satoshi-ebitani/

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